2006年07月20日
三国志にみる弱者のマーケティング
文責: マーケティングデータアナリスト
皆さんは「三国志大戦」というアーケードゲームをご存じでしょうか?実は社内にこの世界でかなり有名なプレーヤーがいます。ゲームセンターでは対戦を申し込まれたり、サインを求められたりするそうです。
「三国志大戦」はセガによるリアルタイムカードアクションゲームで最近2がでました。オンラインゲームで対戦して勝つとランキングがあがっていく仕組みです。カードの種類は250種類ぐらいあって、まずは最適なデッキを組むことが対戦に勝つ必要条件だそうです。アクションゲームにしては女性比率も高く、台湾や上海にもプレーヤーがいるそうです。
三国志を題材としたゲームは色々ありますが、小説や漫画もたくさんあります。私は昔小説で吉川英治氏や北方譲二氏の三国志を読んだことがありますがとても面白かったです。劉備が関羽・張飛と義兄弟の契りを結ぶ「桃園結義」に始まり、軍師として諸葛亮を迎え、呉の孫権と同盟して曹操を破る「赤壁の戦い」。入蜀し蜀で皇帝につくも関羽・張飛を失い劉備も白帝城で死を迎えます。後半は主役が劉備から諸葛亮に代わり「出師の表」で魏へ何度か出兵し、最後五丈原で司馬懿仲達と対峙中に志半ばで倒れます。
前半までぱっとしなかった劉備は「三顧の礼」にて諸葛亮を迎え入蜀を目指した頃が大きなターニングポイントになります。この時点を弱者のマーケティング視点で見ると中国大陸の上半分は魏の曹操、右下は呉の孫権の勢力範囲で彼らの勢力範囲で旗揚げをするのは極めて困難な状態でした。そこで西の蜀で NO.1になることを目指しました。いわゆる絶対有利の「NO.1の法則」です。また自分たちの有利な土俵で戦いました。
つまり魏や呉から遠く彼らの影響を受けず、一番になれる新しい蜀というカテゴリーを設定したのです。ここであくまで魏の曹操と戦うことにこだわっていれば戦いに負けて滅亡していたでしょう。この戦略によって蜀を得て、ここに「天下三分の計」が成り立ちました。
弱者がいきなりシェアNO.1の魏に挑んでは戦いにならなかったと思いますが、自分が確実にNO.1になれるカテゴリーでしっかりと地位を築き力を蓄えた後NO.2の呉と同盟を結びNO.1を倒しに行く。さすが孔明と言いたくなります。
これは現在のマーケティング戦略だったりブランド戦略に通じるもをの感じます。企業は限られた資源(人・物・金・情報)を有効に活用して、競合他社と戦っていますが、何か得意な分野やサービスなどでNO.1となるものがあれば有利に戦っていけると思います。
また自分自身社内で何かNO.1を目指してみるのは如何でしょうか?
ちなみに諸葛孔明の子孫達は現在も諸葛八卦村という村に生き続けているそうです。
さて話は戻って冒頭の「三国志大戦」の彼ですが、彼より順位が高い人は全国で何人もいる中で非常に注目をされています。それは彼もまたとあるカテゴリーでNO.1だからです。個人でも企業でもNO.1の法則に変わりはないのではないでしょうか。










