「データドリブン」「データドリブンマーケティング」という言葉を近年、よく耳にするという人も多いのではないでしょうか。
データドリブンとは英語表記すると「Data Driven」、つまり「データによって駆動する」という意味です。 データに基づいた施策、ということもできるでしょう。
今でもじゅうぶん利益を上げている、と考えている企業であっても、今後データドリブン経営は必須になっていきます。 今回はその事例と理由などについて、詳しく見ていきましょう。
「ワークマン」快進撃を支えた「脱・勘ピュータ」
作業服・作業着の専門店として生まれた「ワークマン」が、ここ10年快進撃を続けていることをご存じでしょうか。
作業服専門という、時に地味なイメージに思われることもあるワークマンですが、今やアウトドア用品店としても認知度を向上させています。 さらにコロナ禍にあっても純利益は右肩上がりを続け(図1)、2022年3月期は11期連続の過去最高益達成を目指すとしています。
こうしたワークマンの快進撃を生み出したのが、2012年の会長交代を機にした「デジタルワークマン」へのシフトです。
「売上還元法の決算は原始的」
2012年に会長に就任し、ワークマン改革のきっかけとなった土屋哲雄氏は、当時をこのように振り返っています*1。
前職でコンサルティング事業をゼロから立ち上げた経験があるだけに、心底驚いたのが、ワークマンにはデータがないという事実だった。 「そもそもどれだけ在庫があるのかという数量データがなかった。決算も売価還元法という原始的な手法を使っていて、期末と期首の販売額の差を在庫にするという簡易的な在庫管理をやっていた。ワークマンというのは、とにかく余計なことをやらない会社だから」(土屋氏)。
もちろんこの手法で売上の確認はできますし「余計なこと」をやらずに済むため、人手不足の企業の場合は、とりあえず利益をあげていればそれでよし、としてしまうかもしれません。
ただしこの手法は大きなリスクを孕んでいます。 売上の減少が続いたとき、「なぜか」を把握することができないという点です。
売れているときは良いかもしれませんが、思わぬ事態が発生したときはまず原因を探る、というのは全てのことにおいて当たり前のプロセスです。 しかしデータ不在の状況では何の検証もできず、正しい解決方法を見つけることができなくなってしまうのです。 もちろん、チャンスも見逃してしまいます。
データドリブンは「考える能力」を養う
そこで土屋氏が取り入れたのが、全社員を対象にしたExcel講習です。このような意図がありました*2。
「日々の販売データを見て異常値を発見したり、次にどんな手を打てばいいのか考えたりする力が身に付けばいい。だから、うちにはデータサイエンティストは必要ない」(土屋氏)。
データを活用することで、各店舗で解決方法を考えることができるシステム作りです。
また、近年しきりに「DX人材が足りない」と言う論調を耳にしますが、ワークマンはその点もうまく解決しています。 まず全社員にExcel講習を実施した後、数字やデータに強い社員を見つけ出し、データ分析の講習を実施するのです。 その中から精鋭を、各部署に配置していくという手法です。
こうした取り組みが新商品の開発にあたっても功を奏し、アウトドア用品店としてのシェアを徐々に広げていったのです*3。
作業服業界では2位以下を大きく引き離す独走状態。「勘ピュータ」でも、安定して増収増益を続けてきた。しかし、未知なる業態への進出となれば、丼勘定では通用しない。在庫の数量が分からなければ、店に何をどれだけ並べたらいいのかさえも分からないからだ。
データ分析で覆った「固定観念」
データドリブンマーケティングによって社内の固定観念が覆り、成約数を大幅に伸ばした企業もあります。
JTBがその例です。 2018年に「データサイエンスセントラル」という組織を立ち上げ、会員データや店舗からの情報、売上実績、ネット上の外部データなどすべてを集約して分析するという体制を取ったところ、このような発見があったといいます。
「かつて『出張するならJTB』という広告を出していました。今思えば、男性目線の企画であり広告でした。出張するのは男性社員という暗黙の前提があったのです。これを『出張女子』という切り口にしたらどうかと考えて調べてみたら、平均単価が男性より約10%も高いことがわかりました」
これまでは「出張=男性」という暗黙の了解がありましたが、よく考えてみればこれには何の根拠もないのです。 女性の方が宿泊場所に快適性を求め、その分単価も上がるという発見が、意識改革に繋がった事例と言えます。
「データドリブン」の威力
これらの事例を見ると、データドリブンが他社との差別化につながることがわかります。
マッキンゼー・アンド・カンパニーは、データドリブンへの経営革命の潜在価値はグローバルで1000兆円から1500兆円にのぼると試算しています。日本のGDPの2~3倍程度の規模です*4。
同時に、データドリブンのフロントランナーは2030年までにデータ活用によってキャッシュフローを倍増させるとみられる一方で、データ活用に乗り遅れた企業は、現状の収益・コスト構造を維持した場合、キャッシュフローが20%減少するとの可能性も示唆しています*5。
データ活用によってもたらされるメリットは顧客体験の向上、マーケティングコストの削減など多岐にわたります。データ活用に乗り遅れ「勘ピュータ」に頼り続けると、大きな機会損失を生む可能性も出てくるでしょう。 長い目で見たコスト構造変革のためにも、データドリブンが欠かせないのです。
データ活用に関する日米の意識の違い
また、2021年に公表された「DX白書」では、このような興味深い調査結果が紹介されています(図2)。
よく、業務改善には「PDCAサイクルを回すことが必要」と言われますが、その対象と速度が日米では大きく違うということです。 見直しの頻度どころか、日本企業の多くが経営上の様々な指標を評価や見直しの「対象外」としているのです。
これは、データ不足によって「対象外にしている」というよりも「対象にすることが不可能」といった方が的確でしょう。 グローバル化するビジネスの世界で、この状況がいかに危うい意識であるかがわかることでしょう。
求められるものを、求められる方法で売るということ
データドリブンが必要とされる背景には、顧客や買い物方法の多様化ということもあります。
顧客が店舗を訪れ、かつ濃いコミュニケーションを取れた時代であれば、まだ顧客が「どんなものを欲しいのか」を知ることができたかもしれません。
しかし、ものを買うという行為はいまや、店舗だけでなくネットなどでの通販という手段も広がっています。また、どのようなものが欲しいか、何をきっかけにものを買うのかということも、企業からは見えにくくなっています。
データこそが唯一事実を知っている、とも見ることができるのが今の多様化の時代です。同時に技術の進歩で、データから事実を観察することができるようになった時代でもあります。
もちろん、数字を眺めているだけで何かが生まれてくるわけではありません。 それらを分析し、「考える」力を持ってはじめて「データドリブン」の完成と言えるでしょう。
現状のコスト体質のまま機会損失を指をくわえて見ているだけの将来なのか、データ活用によって攻めの経営に転じるのか、選ぶべき道は明白です。