「いまここで」欲しい情報で売上げアップ ジオマーケティングの世界とは

マーケティングを考えるとき、顧客の属性をどのように分類しているでしょうか。

年齢、性別、収入、職業、ホームページへの流入経路…など、顧客は様々なカテゴリに分けられます。

その分類のひとつとして、「場所」から顧客分析をする手法があります。「ジオマーケティング」もしくは「位置情報マーケティング」と呼ばれるもので、各所で実用化が進んでいます。

スマートフォンやIoTが可能にしたジオマーケティングは「その時」「その場所」にいる顧客にピンポイントかつリアルタイムでアプローチできるという特徴があり、海外では保険商品にも使われています。

ビール売り場に立つとキャンペーン情報が飛び込んでくる?

アサヒビールが2019年に、スマートフォンの位置情報を利用してこのような実証を行っています*1

実験はライフや西友など110チェーン2万7000店を対象に実施したキャンペーンの中で、一部店舗に「ビーコン」と呼ばれる小型の通信機器を設置して行われました。

これはスマートフォンアプリ「LINE」の機能を利用したもので、スマホでBluetoothと「LINE Beacon」の受信機能をオンにしている顧客がビーコンの通信範囲に入るとLINEにキャンペーン情報やクーポンが送られる、という仕組みになっています。

そしてビーコンを設置した店舗とPOPのみを設置した店舗を比べると、設置した店ではキャンペーンへの参加を登録した人の数が、設置していない店に比べ約3倍にのぼったという結果になりました。

確かに、スーパーの中には様々なPOPが掲示されています。
例えば店舗の入り口にPOPを設置したとしましょう。 しかし、様々な売り場を回っているうちにキャンペーンの存在を忘れてしまったり、キャンペーン参加に必要なレシートも、わざわざ保管するのに手間を感じてしまうので、劇的な効果を見込めるものではありません。

一方でLINEからキャンペーンに参加できるとなると、例えば会計後、袋に商品を詰め終わった後にでも、「いまここで登録しておこう」と思う人が増えるでしょう。
そのため、これほどまでの差が出たと考えられます。

「その場所」「その時」だから有効なプロモーション

また、USJは、場所と時間の両方にマッチした情報をテーマパーク内で送信しています*2
来場者の1日の移動経路をリアルタイムで把握し、来場客の動きに合わせてレストランや物販店舗の混雑状態を伝えています。
また、朝、入り口付近にいる来場者にカチューシャなどを「いま」買っておくよう勧めるなどの情報も発信しています。開園してしまうと、遊んでいるうちにこうしたグッズは「買いそびれる」ことがありますが、来場者は開園を待つ時間を有効に活用でき、USJとしてもグッズの売り上げアップを狙える仕組みです。

その他、エクスプレスパス利用者のアトラクションの利用傾向を把握し、絶叫アトラクションを良く利用するクラスタ、鑑賞系のアトラクションだけを利用するクラスタ、などに顧客を分類し、分類に応じて内容の違う顧客コミュニケーションを取っています。

海外では保険商品にも応用

さらに海外には、位置情報を利用したこのようなサービスもあります。

ドイツ・ベルリンに拠点を置くベンチャー企業のWefoxは、IoTを利用して必要なときにリアルタイムで保険商品を提案する、というシステムを構築しています*3

例えばTeickeというサービスの場合、顧客が自転車に乗っていることをセンサーが認識すると、自動的に自転車保険の商品例を示します。
また、短期旅行保険サービスのTravel Lightは、位置情報をきっかけにサービスが稼働します。顧客が外国にいる間だけ商品提案や保険適用がオンになり、帰国すると自動的にオフになるという仕組みです。

まさに「いまここ」というピンポイントでサービスをレコメンドするシステムです。契約はスマートフォンで完結します。

ビッグデータでコロナ「3密」回避

ところで、新型コロナの流行で、「3密」の回避が呼びかけられています。

第一生命経済研究所のレポートによると、特に「密集」に対する意識は高くなっています(図1)。

図1 :「3密」回避の実施状況

そのような中、ユーザーの位置情報を把握する技術を密の回避に応用している例もあります。「人流」をビッグデータ化し、ユーザーに有用な情報を届けるというサービスです。

全国約2万8000店の混雑傾向情報

東京の株式会社ウネリーは、スーパーやドラッグストアなど店舗周辺の曜日・時間帯ごとの混雑具合を確認できるWebページを公開しています(図2)。

図2:周辺の店舗近辺の混雑状況がわかる「お買い物混雑マップ Powered by Beacon Bank」

東京を中心とした2.8万店舗の周辺について過去1週間の1時間ごとの混雑具合を調べることができ、3密への意識や、混雑した道を避けて歩きたい、空いている時間にゆっくり買い物をしたい、といったニーズに応えることができるものです。

欠かせないのはユーザーからの信頼獲得

ここまでいくつかジオマーケティングの事例をご紹介してきましたが、いずれもサービスに必要な大前提は、ユーザーからの信頼を得ることです。

位置情報データは高いプライバシー項目のひとつであり、むやみに配信すると「うっとうしい」場合によっては「気持ち悪い」とすら思われてしまいます。

一時的な利便性で企業公式のアプリやアカウント登録をしたものの、「時々いい情報が流れてくるから消せない」という心理に持ち込むことが必要です。

また、ジオマーケティングは「監視されている」といったイメージを強く受けさせてしまうこともあります。

事前にユーザーの承諾を得るのはもちろんのこと、情報の有用性や頻度を検討してから設計に乗り出す必要があるでしょう。

この記事を書いた人

清水沙矢香

2002年京都大学理学部卒業後、TBSに主に報道記者として勤務。社会部記者として事件・事故、テクノロジー、経済部記者として各種市場・産業など幅広く取材、その後フリー。取材経験や各種統計の分析を元に関連メディアに寄稿。