「既に起こった未来」を見つけよう ボディニュートラルの流れとマーケティングとは

これまでSNSやマスメディアでは、スリムな体型がもてはやされ、ダイエット文化が助長されてきました。

一方、最近ではそうした風潮に対して、ありのままの自分の体を愛すという「ボディポジティブ」のムーブメントが始まり、一般女性をモデルに起用するアパレルメーカーもあります。
しかし、そうした動きについていけず、自分自身のボディイメージをポジティブに捉えられないことがストレスになってしまう人たちもいます。
最近は、そういう人たちに向けて「ポジティブになれなくても大丈夫」という考え方を提唱する「ボディ・ニュートラル」が注目を集めています。

このように価値観が目まぐるしく変わる時代にあって、マーケティングは何を軸とし何をターゲットにしていけばいいのでしょうか。

ボディイメージを作るのはマーケティング?

ここでは、ボディポジティブやボディニュートラルが生まれた欧米にフォーカスし、そこに至る流れを概観し、マーケティングの在り方を考えていきます。

ボディポジティブ以前の状況

ボディイメージは既に幼年期から始まっている可能性があることが指摘されています。*1:pp.101-102

アメリカ人女性の理想的な体型のイメージは、バービー人形の影響を受けている可能性があるという指摘です。
バービー人形は1959年にニューヨークの国際玩具見本市に出品され、それ以来のロングセラー。

しかし、そのボディサイズは、標準的なアメリカ人女性の体型とは大きくかけ離れています(表1)。

表1:アメリカ女性・バービー人形・ミスアメリカの平均サイズ

<出典:Jeannn B.Martin,PhD,RD,FADA,LD (2010)“The Development of Ideal Body Image In the United States”(Nutrition Today, Volume45-Number3)p.101>

一方、男の子が遊ぶ男性人形では実際のアメリカ男性より筋肉質な体型になっています。
小さい頃から子どもたちの身近にあるこうした人形がボディイメージに影響を与えている可能性があるのです。

では、日本はどうでしょうか。
日本で人気のリカちゃん人形のプロフィールには、「小学5年生、142cm、34kg」とあります。*2 アメリカのバービー人形とは違い、子どもを想定しているのです。
これは、日本人の10歳の女性の平均値「140.6cm、33.7kg」に近く、小学5年生の女子児童の等身大といえるでしょう。*3

やせた女性が理想的なボディイメージなのは、モデル業界の影響も大きいといわれます。
ところが、2006年、悲劇が起こりました。マスメディアでも報じられたので、ご存知の方も多いと思いますが、ファッションモデルの死が相次いだのです。
BMI(=体重(kg)÷身長(m)÷身長(m))18.5~25未満が「普通体重」のところ、亡くなったモデルは14.5、13.4という数値でした。

そうした状況を受けて、2006年以降、スペインやイタリアでは、BMIが18以下のモデルはファッションショーに出ることを禁止しています。
イタリアではさらにBMIが一定以下のモデルは新聞やテレビに出ることも禁止。
2007年、アメリカのファッションデザイナー協議会は、モデルに対するガイドラインを発表し、摂食障害に対する啓蒙と教育も行っています。

一方で、メディアの影響も無視できません。
ファッション雑誌を読んでいる少女の69%が自分の理想の体型は雑誌に載っている写真に影響を受けていると答え、その写真を見て痩せたいと思ったことのある少女は49%に上り、それがダイエットのきっかけになることが多いと指摘されています。

メディアによる影響が深刻であることを示す別の調査結果もあります。*4
2019年3月にメンタルヘルス財団などがイギリス人を対象に行ったオンライン調査によると、広告に使われている画像を見て自分のボディイメージに不安を感じた成人は21%、SNS上の画像によって不安になったのは成人の22%、10代では40%に上っています。

ファッション業界だけでなく、さまざまなメーカーが広告のために起用するモデルが、雑誌やSNSに載り、テレビで放送され、それが消費者の目に触れることで、「痩せ願望」が膨れ上がっていく様子が窺えます。

こうした「痩せ願望」は巨大なマーケットを産み出しました。
ダイエット業界ではさまざまな商品やサービスが開発され、スリムな女性をモデルに起用して、あるいは「使用前・使用後」的な画像を提示して、消費者の痩せ願望に訴える広告が打たれています。
その画像が消費者の痩せ願望をさらに増幅させ、マーケットもさらに拡大するという連鎖です。

もちろん、ダイエットによって適性体重が保てれば、健康維持・増進につながるという本来の目的や効果は大変重要です。
問題は、間違ったボディイメージのために、ダイエットの必要がない人までダイエットに飛びつき、ときには不適切な方法で極端なダイエットに取り組んでしまうことです。

ダイエットの負の側面

日本でも深刻な問題が生じています。
女性の健康問題です。
厚生労働省は次のように警鐘を鳴らしています。*5

厚生労働省が全国レベルで実施している「国民健康・栄養調査」の結果によると、2017年にBMIが18.5未満の「やせ(低体重)」は20歳代女性では21.7%、30歳代では13.4%、40歳代では10.6%でした。

20歳以上の女性全体でみた「やせ」の割合には、ここ10年ほど大きな変化はありません。
この問題が改善しない背景には、適切な体形にバイアスがかかっていることや「やせている方がいい」という価値観、さまざまなダイエット法が氾濫していることなどが複合的に影響していると考えられています。

こうした「やせ願望」が深刻化すると、摂食障害を招くおそれがあり、それが慢性化すると、多くの健康障害が生じることが懸念されます。

さらに、日本では2,500g未満の低出生体重児の割合が増えていますが、その背景の一つに若い女性の「やせ」 や妊娠中の体重増加不足があると指摘されています。
小さく生まれてきた子どもは、エネルギーを溜めこみやすい体質で、成人後に生活習慣病にかかりやすいため、妊娠する前からの適切な食生活が大変重要なのです。

ボディポジティブへの急速な流れ

これまでみてきたように、スリムなボディイメージがもてはやされることによって、状況は次第に深刻化していきました。

しかし、そうした流れをせき止め、逆方向へ向かわせる行動を起こす人たちが出てきます。*6:pp.1-4

2011年、プラスサイズモデルの1人がモデルエイジェンシーにプラスサイズ部門を設立しました。
2013年にはレディ・ガガが “A Body Revolution 2013” と題して「ありのままの自分の姿を愛そう」というメッセージを発信しました。
同年、日本でも「ぽっちゃり女子」のための本格ファッション誌が創刊。

2014年にはアメリカのブランドが一般女性をモデルに起用し、タレントの渡辺直美プロデュースのファッションブランドも立ち上がりました。

こうした流れは加速度を増していきます。
注目すべきは、ボディポジティブのムーブメントが、ジェンダに関わる他のムーブメント、例えば「#Me too」や「#KuToo(女性にハイヒールを強いる社内規定や風潮に反対する運動)」、あるいはインクルーシブな社会を目指すムーブメントと連動するかのような動きをみせていることです。

2016年にはプラスサイズのバービー人形が発売。
2017年になると、フランスで痩せすぎのモデルの活動を禁じる法律が施行されました。

2019年には、多様なモデルの起用に消極的だった下着ブランドがプラスサイズモデルの起用を開始し、日本の下着メーカーもSNSでリアルサイズモデルを一般募集。
車椅子に乗ったバービー人形も発売されています。

2020年はGUCCIがダウン症のモデルを、資生堂は義足のモデルを起用。フランスではボディポジティブがテーマのファッションショーが開催されました。

ボディポジティブのムーブメントはこうして急速に広まり、体型の多様性を肯定するコンセプトが社会に浸透し始めました。
そうした流れと歩を合わせるように、2021年には老舗女性ファッション誌が相次いで休刊しています。

そして、ボディニュートラルへ

ただし、しみついた価値観はそう簡単に変わるものではありません。
多様な体型を受け入れようといっても、スリムな女性は美しいというイメージが完全に払拭されたわけではなく、ボディポジティブへの急速な流れについていけない人たちもいます。
いくら「太っている私はきれいだ」と思おうとしても、心の底からはそう思えない人もいるのです。
また、ボディポジティブは肯定しても、自分自身は痩せたいと思っている女性もいます。

2021年になると、こうしたボディポジティブの負の側面にも目を向けたコンセプトが現れます。
それが、ボディニュートラル。
自分の容貌に対するコンプレックスやネガティブな感情も否定せずに、ありのままの自分を受け入れようというコンセプトです。

次の展開を予測するマーケティング

既に起こっている未来

スリムなボディイメージをよしとする考えからさまざまな問題が生じ、ボディポジティブのムーブメントが急速に拡大すると、次はボディニュートラルというコンセプトが生まれる。
極から対極への動き、そして、その揺り返し。

こうした激しい動きに連動して、マーケットも大きく変化しています。
いえ、ある意味では先端のマーケティングがこうした流れを加速させたともいえるでしょう。

筆者はボディニュートラルに至る個々の動きは報道によって随時キャッチしてはいましたが、一連の流れを把握し、さらに深く調べてみたいと思ったきっかけは、美容院で雑誌の特集記事を読んだことでした。 それは美容院以外では見かけない、あまり一般的ではない雑誌です。

考えてみれば、美容に深く関わる場所に置いてある物は、その場所を職場とする人々にも、さらにはそこを訪れる顧客にも影響を与えます。

ドラッカーは次のように述べています。*7:pp.316-317

重要なことは、「すでに起こった未来」を確認することである。すでに起こってしまい、もはやもとに戻ることのない変化、しかも重大な影響力をもつことになる変化でありながら、まだ一般には認識されていない変化を知覚し、かつ分析することである。

マーケティングとは、そうした変化をいち早くキャッチし、それに基づいた戦略を策定することだといっていいのではないでしょうか。

キーワードは「インクルーシブ」

では、前述のボディイメージに関する目まぐるしい価値観の変化を予測することはできたのでしょうか。

ボディイメージの悩みは幼少期から晩年までついてまわるもので、女性にも男性にも影響するという報告書があります。
また、誤ったボディイメージが生活の質を低下させ、精神的な苦痛を感じさせ、不健康な食行動や摂食障害に陥るリスクを高めることに対しても警鐘が鳴らされていました。*4
逆に、自分の身体に満足し感謝することが、ウェルビーイングにつながり、不健康なダイエットを減少させるということもわかっていました。

もし、「まだ主流とはいえないけれど、その萌芽があり、それが人間の本質にコミットしているもの」をみつけることができれば、それこそが新たなマーケティングの核となるのではないでしょうか。
そして、そのための現在のキーワードは、ありのままのボディイメージを受容する流れにみられるように、多様性を認めて尊重し合おうとするコンセプト―間違いなく、「インクルーシブ」なのです。

この記事を書いた人

横内美保子

博士。元大学教授。総合政策学部などで准教授、教授を歴任。専門は日本語学、日本語教育。
Webライターとしては、各種資料の分析やインタビューなどに基づき、主にエコロジー、ビジネス、社会問題に関連したテーマで執筆、関連企業に寄稿している。

*1:Jeannn B.Martin,PhD,RD,FADA,LD (2010)“The Development of Ideal Body Image In the United States”(Nutrition Today, Volume45-Number3)

*2:タカラトミー「りかちゃんプロフィール

*3:e-Stad 統計でみる日本「国民健康・栄養調査(2018年): 身長・体重の平均値及び標準偏差 - 年齢階級、身長・体重別、人数、平均値、標準偏差 - 男性・女性、1歳以上〔体重は妊婦除外〕

*4:The Mental Health Foundation “Body image report-Executive Summary

*5:厚生労働省 eヘルスネット「若い女性の『やせ』や無理なダイエットが引き起こす栄養問題

*6:Beautrec(2021)「特集1 ボディポジティブからボディニュートラルへ」デジタル版

*7:P・F・ドラッカー著 上田惇生・佐々木実智男・林正・田代正美(2019)『すでに起こった未来―変化を読む眼』ダイヤモンド社