アマゾンが12億ドル払って買収したザッポス 「採用辞退ボーナス」は何のため?

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「今ホテルにいるんですが、ピザが食べたくて仕方ないんです。ルームサービスも終わってしまって困っているんですが、なんとかならないでしょうか」
深夜、コールセンターでの仕事中にこんな電話を受けたとしたら、どうするだろう。
そこがピザ屋ではなく、靴や衣料品の通販会社だとしたら?*1

電話口に出たスタッフはというと・・・。
「しばらくお待ちください」と電話を保留にした後、「今からでもそちらにピザを宅配してくれるピザ屋さんを何軒かみつけました」と言い、ピザ屋の名前と電話番号を告げたのだ。
これは実話である。

もちろん、手間暇がかかるだけで売上はゼロ。
それでもいい。とにかく顧客に寄り添い、顧客の期待を超えるサービス、最高の顧客体験を提供する―それがこの企業の経営方針なのだ。*2
しかもマニュアルはなく、どのようなサービスをするかは、そのとき電話を受けたスタッフの対応に委ねられる。

実はこうした在り方は、デジタルマーケティングという観点からみても非常に有益な方法論である。

アマゾンが12億ドルを払っても買収したかった会社。
「たまたま靴を売っているサービス会社」を自認するザッポスの成功はいかにしてもたらされたのか、その秘密に迫ってみよう。

会社の成功は社員にかかっている

ザッポスの柱は2つ。
そのうちのひとつが社員である。顧客サービスを経営戦略にしているザッポスにとって、会社が成功するかどうかは社員にかかっているからだ。
では、ザッポスでは優秀な社員をどうやって採用しているのだろうか。

採用試験

ザッポスでは、採用に時間をかけている。*3
採用基準は、ザッポスが大切にしている企業文化の価値観に合う人かどうかだ。
それを確認するために、履歴書を見るだけでなく、応募者にさまざまな質問をする。

質問のトピックは、優れたカスタマーサービス、変化に対する理解、謙虚であること、チャンスを逃さないこと、リスクを取ること・・・。
それは、応募者がどのような人間なのかを見極めるプロセスである。

最終選考では、丸一日、あるいは数日間、会社で過ごし、会社全体を知ってもらう。

採用を辞退した人へのボーナス「オファー」とは

採用後の新入社員研修は4週間にわたる。*4
その間学ぶのは、ザッポスの歴史や企業文化など。つまり、ザッポスがどのような会社かということだ。

そして、4週間にわたる研修が終わったとき、ザッポスの文化になじまないと判断した新人には、入社を辞退するように伝える。
それはCOO(Chief Operating Officer:最高執行責任者)も例外ではなく、研修中に成績が悪ければ、採用を取り消すことも辞さないという。

また、新人が研修中に、自分は企業文化になじまないと感じたら、何も気にせず、働くのを辞めてもらってもいいことになっている。

それは、ザッポスで働こうと考えている人々に、本当に自分がやりたい仕事なのか、この会社を選んだことが正しかったのか、ザッポスで働くと自分は幸せになれるのか―それらをもう一度、考えてもらい、その上でザッポスで働くかどうかを決めてもらうためだ。

どうしても好きになれないまま、惰性で数か月、あるいは1年と働き続けた挙句に辞められてしまっては、また採用をやり直さなければならないことになり、会社にとっても損失だ。

そういうミスマッチを防ぐために、ザッポスには新入社員が研修を終了する前に入社を辞退できる制度がある。
その場合にはボーナスとして給料1か月分を支給するが、その費用対効果は高いとザッポスは考えている。

実際に辞退する人は1~2%だけ。*5
ボーナスは最初は100ドルだったが、次第に金額を上げてきた。
辞退率は、ザッポスがなによりも大切にしている企業文化の健全性を測る指標でもあるのだ。

すべてに優先するコア・バリュー

ザッポスのもう1つの柱はコア・バリューである。

顧客サービスへの投資

ザッポスのカスタマー・サービスにはマニュアルがない。
すべての顧客に対して、人としてふさわしい形で接し、心をこめて最善を尽くし、やるべきことをやる。そして、顧客に本当の幸せを届け、その幸せを広めたいと思っているのだ。*6

こうした経営方針はデジタル・マーケティングという観点からも有益だ。
マーケティング学の権威、フリップ・コトラー博士は、デジタル時代のマーケターはハイタッチ(人間的なふれあい)による顧客エンゲージメントを重要視すべきであると説く。*7

また、顧客間のカンバセーション(口コミなどの他者の影響)が好意的なとき、それはブランドのエクイティ(資産的価値)を増幅させるとも述べている。
本物の差別化を図っているブランドは好意的なカンバセーションの対象になる公算が高い。
顧客間のカンバセーションを産み出すことができれば、企業は広告投入量を減らすことができ、その結果、マーケティングの生産性が向上する。

実際に、顧客サービスはザッポスにとって最も効果的なマーケティングだという。*8 顧客の期待を超えるサービスが提供できれば、満足した顧客は帰ってくる。 ザッポスのリピート顧客率は75%で、彼らは年に2.5回以上ザッポスで買い物をし、1回あたりの購入金額は初回顧客の1.3倍に上る。

また、ザッポスでは、初回客の43%が「友人や知人にすすめられて」サイトを訪れる。期待以上のサービスが受けられれば、満足した顧客は知人や友人にその体験を話すのだ。
ちなみに44%がキーワード広告やアフィリエイトなどのインターネット上の広告からで、テレビや印刷媒体による従来型広告からの顧客は残りの13%のうちの一部に過ぎない。

ザッポスはアマゾンに12億ドルで買収された後も、こうした経営戦略と企業文化を維持し、急激に変化する環境の中で成長し続けてきた。

その基盤となる、いわばザッポスの憲法が「コア・バリュー」である。

コア・バリューとは

ここで、そのコア・バリュー(中核となる価値観)についてみていこう。

ザッポスにとってコア・バリューは単なる言葉ではなく、生き方そのものだ。*9

2005年1月、ザッポスは社員に対して、会社のコア・バリューはどうあるべきかというアンケートを行った。
すると、何百もの意見が寄せられ、その結果、37の基本的なテーマが生まれた。それをさらに絞り込み、2006年2月14日に「コア・バリュー」が発表された。

コア・バリューは以下のような10項目からなる(図1)。

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図1:ザッポスのコア・バリュー

出典:Zappos “What We Live By Our Core Values

<ザッポスのコア・バリュー>*10

  1. サービスを通して「 ワオ!」 という驚きの体験を届ける
  2. 変化を受け入れ、変化を推進する
  3. 楽しさとちょっと変なものを創造する
  4. 冒険好きで、創造的で、オープン・マインドであれ
  5. 成長と学びを追求する
  6. コミュニケーションにより、オープンで誠実な人間関係を築く
  7. ポジティブなチームとファミリー精神を築く
  8. より少ないものからより多くの成果を
  9. 情熱と強い意志を持て
  10. 謙虚であれ

こうしたコア・バリューの項目毎に、解説とポイントが示されている。
例えば、「1. サービス を通して「 ワオ!」 という驚きの体験を届ける」に関するポイントは以下のようなものである。

  • 自分の仕事ではないと思っても力を貸す。ガバナンス・ミーティングで問題点を共有するまでは、個々の行動で対応してかまわない。
  • すべての人に、あらゆる所に、「 ワオ!」を届ける。
  • 誰かに「 ワオ!」と声に出して言わせる。
  • ザッポスにとって最善の利益は何かということを常に考えながら、顧客にとって最もポジティブな結果を引き出すためのやりとりを組み立てる。顧客=ザッポスのサイトで買い物をする人、取引業者、同僚、就職希望者、とにかくすべての人。

もう1つ、「4. 冒険好きで、創造的で、オープン・マインドであれ」のポイントもみてみよう。

  • リスクを取ることを恐れない。
  • より大きく考える。
  • 失敗することを歓迎する(そして失敗から学ぶ)。
  • 起業家のように振る舞う。
  • ロール(役割)や仕事について、最善の決断を下す。金銭的なことは考えるべきではなく、決定的な要因でもない。

上記のようなポイントをみると、一見、過剰とも思える冒頭のピザのエピソードも頷けるのではないだろうか。

これらのコア・バリューは、社員との関わり方、顧客やコミュニティとの関わり方、ベンダーやビジネスパートナーとの関わり方など、すべての行動の指針となっている。

ナイキとの協働を呼び込んだもの

最後にもう1つ、ザッポスらしいエピソードをご紹介したい。

ことのはじまりは、新入社員研修中にコールセンターで、ある研修生が受けた1本の電話だった。*11
顧客の元に届いたスニーカーのサイズが間違っていたのだ。

それは、靴ひもの代わりに、面ファスナーがついた大人サイズのスニーカーだった。
注文主は自閉症の孫のために注文したという。

しかし、ザッポスにはそのサイズの在庫がなかった。子ども向けには多くのメーカーが同じようなスニーカーを製造しているが、大人サイズのものはなかなかみつからないのだ。

電話を受けた社員は丁寧に謝罪した後、「今回のことは社内にメモを残して、私たちにできることがあるか少し考えてみます。どこかで靴をみつけたら、別の店のものでも、とにかくご連絡します」と伝え、靴を返品する必要がないことを付け加えて、返金処理もすませた。

その上で、他の小売店やメーカーに問い合わせてみたが、すべて空振りに終わった。
ファッション性があって機能的な靴というジャンルは、ニーズがあるのにもかかわらず空白だったのだ。

そこで彼はザッポスの中に「アダプティブ」のカテゴリーを作りたいと考えた。アダプティブとは、障がいがある人のために環境を調整すれば、平等に社会参加ができるという考え方や工夫、補助具のことだ。

このアイディアが社内で受け入れられ、彼のビジョンに賛同する社員たちで小さなチームが結成される。 社内での資金調達ができたため、「ザッポス・アダプティブ」というサイトを開設した。 そのラインに加えたのは、既にザッポスで取り扱っていた商品だった。 アダプティブという言葉を広めるために草の根のマーケティングにも力を入れた。

すると、それがナイキの目にとまった。 きっかけは、自閉症の甥がいるナイキの社員が、ザッポスのフェイスブックに投稿された記事に共感したことだった。

ナイキには「フライイーズ」という画期的な靴がある。足を入れるだけで歩き出すことができ、靴紐もいらない靴だ。あらゆるレベルのアスリートのためにナイキが開発したこの商品をアダプティブのラインに加えることができたら・・・。

しかし、障壁があった。当時、フライイーズの製品を買うことができるのはナイキの公式サイトだけだったのだ。
それにもかかわらず、ナイキはザッポスのミッションを信頼し、ザッポス・アダプティブのサイトでフライイーズの製品が買えるように、それまでの方針を転換した。

ナイキから届いたメールには、「アダプティブのサイトが流通を変えるきっかけになって、私たちも喜んでいます」と書かれていた。

おわりに

顧客に真摯に向き合い、最高の顧客体験を提供しようとするザッポスは、そのことによってナイキとの協働まで引き寄せた。それが顧客エンゲージメントをさらに強固にし、ブランド力の向上にもつながっている。

「採用辞退ボーナス」は当初、センセーショナルに報道されたということだ。
しかし、それほどまでにしてコア・バリューを守り、その価値観を基盤として「サービスを売る」―変化の激しいこの時代に成長し続けるザッポスのマーケティングから学ぶべきことは多いのではないだろうか。

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この記事を書いた人

横内美保子

博士。元大学教授。総合政策学部などで准教授、教授を歴任。専門は日本語学、日本語教育。
Webライターとしては、各種資料の分析やインタビューなどに基づき、主にエコロジー、ビジネス、社会問題に関連したテーマで執筆、関連企業に寄稿している。

*1:石塚しのぶ(2010)『ザッポスの奇跡 ~アマゾンが屈した史上最強の新経営戦略~ 改訂版』廣済堂出版(電子書籍版)pp.57-58

*2:トニー・シェイ、ザッポスファミリー、マーク・ダゴスティーノ 著 本庄修二 監訳、矢羽野薫 訳(2020)『ザッポス伝説 2.0 ハビネス・ドブリン・カンパニー』ダイヤモンド社(電子書籍版)p.53、pp.55-56

*3:トニー・シェイ、ザッポスファミリー、マーク・ダゴスティーノ 著 本庄修二 監訳、矢羽野薫 訳(2020)『ザッポス伝説 2.0 ハビネス・ドブリン・カンパニー』ダイヤモンド社(電子書籍版)pp.64-65

*4:トニー・シェイ、ザッポスファミリー、マーク・ダゴスティーノ 著 本庄修二 監訳、矢羽野薫 訳(2020)『ザッポス伝説 2.0 ハビネス・ドブリン・カンパニー』ダイヤモンド社(電子書籍版)pp.64-65

*5:フレデリック・ラル―著、鈴木立哉 訳(2018)『ティール組織 マネジメントの常識を覆す 次世代型組織の出現』英治出版社(電子書籍版)No.5041-5050

*6:トニー・シェイ、ザッポスファミリー、マーク・ダゴスティーノ 著 本庄修二 監訳、矢羽野薫 訳(2020)『ザッポス伝説 2.0 ハビネス・ドブリン・カンパニー』ダイヤモンド社(電子書籍版)pp.353-354

*7:フィリップ ・コトラー+ヘルマワン・カルタジャヤ+イワン・セティアワン 著 恩藏直人 監訳 藤井清美 訳(2017)『コトラーのマーケティング4.0 スマートフォン時代の究極法則』 朝日新聞出版(電子書籍版)No.1460-1475、No.1299-1310

*8:石塚しのぶ(2010)『ザッポスの奇跡 ~アマゾンが屈した史上最強の新経営戦略~ 改訂版』廣済堂出版(電子書籍版)p.126、pp.44-46

*9:Zappos “What We Live By Our Core Values

*10:トニー・シェイ、ザッポスファミリー、マーク・ダゴスティーノ 著 本庄修二 監訳、矢羽野薫 訳(2020)『ザッポス伝説 2.0 ハビネス・ドブリン・カンパニー』ダイヤモンド社(電子書籍版)pp.56-58

*11:トニー・シェイ、ザッポスファミリー、マーク・ダゴスティーノ 著 本庄修二 監訳、矢羽野薫 訳(2020)『ザッポス伝説 2.0 ハビネス・ドブリン・カンパニー』ダイヤモンド社(電子書籍版)p.358、pp.332-339