北ヨーロッパのバルト海に面する小国、エストニアが世界中から注目されています。
最大の特徴は最先端の「電子国家」であることです。世界から多くの視察団を受け入れているエストニアでは、行政手続きのほとんどがオンラインで完結するだけでなく、政治にもデジタル技術が駆使されています。
想像を超えるエストニア行政の驚くべき実態と、デジタル化の本質について紹介していきます。
エストニアはSkype発祥の国
エストニアはバルト三国のもっとも北に位置しています。
国土は4.5万平方キロメートルと日本の9分の1ほどで、人口は約133万人という小さな国です*1。
エストニアはITスタートアップ企業が好調な国で、Skypeを生んだ国でもあります。
国を挙げたIT化は、日本の生活からは考えられないデジタル行政を可能にしています。
「デジタルでできないことは2つだけ」
エストニア国民は、日本で言う「マイナンバーカード」のようなIDカードを使って様々な行政手続きをオンラインで済ませることが可能です。
2018年の報告によると、国民の87%が行政のe-サービスを利用した経験があるということです*2。
住所変更や証明書の発行、自動車の登録、免許証の更新、税金の申告、土地登記、出生届、死亡届、など、私たち日本人が日常生活で役所に足を運ばなければならないことは多々あります。
一方、エストニアでは「オンラインでできないことは2つだけ」です。
オンラインで不可能なのは、
- 結婚
- 離婚
の2つです。その他の2500を超える行政サービスはオンラインで完結します。
数年前までは「不動産売買」も「オンラインでできないこと」に入っていましたが、今はこの2つだけになりました。
確かにこの2つだけは納得がいきます。
「酔っ払って夫婦げんかをしたからその場でスマホ離婚!」
というのでは困ってしまいます。
公正証書などの作成はもちろんのこと、投票もオンラインで可能ですし、デジタルなので24時間365日利用できるのも大きな特徴です。
また、内閣もデジタル化されているという徹底ぶりです。
リアルタイムで関連情報が更新されるデータベースを核にし、内閣のメンバーはそれに賛成するか反対するかをチェックしておき、反対者がいなければその議題はそのまま通るというシステムです。
国家レベルのDXを実施する狙い
国の意思決定の過程から国民生活の隅々にまでデジタルやオンラインを導入しているエストニアですが、この徹底ぶりにははっきりとした歴史的背景と成長戦略があります。
エストニアが電子国家になった理由
エストニアは1990年代にロシアから独立を果たした国です。
それまでは、度重なる領土侵略の歴史があります。
古くは1550年代、デンマーク、スウェーデン、ロシア、ポーランドによる領土争いの場となり、長く旧ソ連の支配下に置かれました。一時はナチスの支配下に置かれたこともあります。
現在に至る独立の回復は1991年になってからのことですが、独立直後の国家の課題は誰が市民であるかを確認するところから始まります。
また、国内にまばらに居住する市民に対し、過疎地であっても広く平等な行政サービスを提供することは財政的に難しかったという判断があります。
折しも90年代は、インターネット技術の大躍進時代でもありました。
新しい行政システムの構築にあたってこれまでと異なる手法を取ることは、独立したてのしがらみのない国家だからこそ可能であったという事情もあるでしょう。
様々な要素が重なり合い、現在の電子国家計画がスタートしたのです。
限られたリソースで、国民という「ユーザー最優先」を考えたことから始まったと言えるでしょう。
電子住民「e-Residency」の効能
また、エストニアの経済成長は「ユーロ圏の優等生」と評価されています*3。
これを支えている要素のひとつに、「e-Residency」(=電子住民)の存在があると考えられます。
パスポートとクレジットカードがあれば、1万円程度の手数料を支払うことで、国籍や居住地に関係なく誰でもエストニアの「電子住民」になれるというのが「e-Residency」のシステムです。エストニアでは会社設立も税務手続きも全て電子化されているので、どこにいてもエストニア国内に会社を設立できます。
電子住民はEU加盟国であるエストニアに企業を作ることで、海外の人でもEU規制のなかでビジネスができるというメリットを享受できるのです。
エストニアにとっても電子住民にとっても、双方に恩恵がある制度と言えるでしょう。
現在8万人を超えるe-レジデントが存在しています*4。
国土は小さくても、海外の起業家をオンライン上で誘致することで、経済成長につなげようという意図があります。
エストニア政府のCIOはこのように語っています。
国の大きさの問題はデジタルの世界でも重要ですが、興味深いことに現実の世界に比べてはるかに影響が少ないのです。小さな国のインターネット銀行は、超大国のインターネットと比較して大きく異なる機能を持っているわけではありません。
デジタルの世界では「企業規模」の概念も大きく異なるのです。
国家のレジリエンス強化に挑戦
さて、エストニアは2019年に新たな試みに出ました。
「データ大使館」と呼ばれるものです。
エストニアは2019年に、同盟国であるルクセンブルク国内に設けたデータセンターに国の基幹データの送信を始めています*5。
国家間の争いの新しい形とも言えるサイバー攻撃や、思わぬ形での侵略に対するレジリエンスを高める目的があります。
外見上はサーバーでいっぱいなだけの部屋ですが、そこには国家が詰め込まれていると言えるでしょう。国土の形が変化しても国家としての機能を失わず、国民に対する行政サービスは継続して実施できる体制なのです。
エストニアはデジタル行政に関心を持つ世界中の視察団を頻繁に受け入れています。
規模に対する考え方や危機管理のあり方など、最先端の電子国家エストニアから学ぶことは多くありそうです。
*1:「エストニア共和国 基礎データ」外務省
*2:「e-エストニア デジタル・ガバナンスの最前線」p50
*3:「エストニア共和国 基礎データ」外務省
*5:「Data security meets diplomacy: Why Estonia is storing its data in Luxembourg」NBC NEWS,2019年6月26日