マーケティング上のKPIとして「CLTV」が重要視されるようになりました。CLTVという言葉はブームになりつつあるとも言えます。
「CLTV」は「Customer LifeTime Value」の略で、直訳すると「顧客生涯生産価値」つまり特定の顧客が長期間でみたときにどのくらいの利益をもたらすかという考え方ですが、「顧客と長い付き合いを構築できれば良い」というだけではないようです。
ノースウエスタン大学のマーク・ジェフリー氏は「マイナスの価値の顧客」の存在を指摘しています。いったいどういうことでしょうか。
CLTVはそう単純なものではない
SaaSなどの台頭で商品販売が「売り切り」から「サブスクリプション」に変化するにつれ、重要視されるようになったのがCLTV(=顧客生涯価値)です。
ある顧客がその生涯の中で自社にどれだけの利益をもたらしてくれるか、ということであり、4つの要素が関係しています。
<CLTV(LTV)を左右する指標>
- 購買価格
- 購買頻度
- 契約継続期間
- 顧客獲得と維持にかかる費用
これら4要素のどれかを上げる(④の場合は下げる)ことでCLTVは向上していきますが、問題は「どの指標を上げるか(下げるか)」ということです。
しかし、ことはそう単純ではありません。
価格を上げれば顧客数が減りかねません。では、購買頻度と継続期間を上げようとする場合、それはそれで顧客へのDMやサポート体制などのアフターフォローに費用がかかります。
どの要因を改善するのが良いのかと安易に考えてしまうと、あちらを立てればこちらが立たず、となってしまうのです。
では、CLTVを上げるには物事をどう考えれば良いのでしょうか。
データの徹底分析から始まるCLTV向上施策
CLTVを向上させるためには、マーケティングの基本である「パレートの法則」を念頭に置く必要があります。
「2割のリソースが全体の8割を生み出している」というものです。
この「2割」「8割」は必ずしも厳密な数字ではなく、少数が全体の傾向を左右しているということです。
よって、まず自社にとっての「2割のソース」は何かを知らなければCLTV向上施策は始まりません。そこで欠かせないのがデータ分析なのです。
顧客層の徹底解析で売上高・利益率をアップ
まず、顧客データの徹底的な洗い出しから利益率を向上させた事例をご紹介します*1。
イギリス最大の食品スーパーであるセインズベリー社は400以上の店舗を構えています。その取引データは膨大なものですが、セインズベリー社はまず、顧客を支出額や商品選択に基づいて10のセグメントに分類しました。
その結果、最も大きな顧客セグメントとして「品質重視層(美食家)」と「低所得層」に分かれていることがわかりました。
食品スーパーで顧客層がこのように分かれるのは、珍しいことではありません。
またセインズベリー社の場合「美食家」層は人数構成比で21%、購入額構成比で24%であり、そう極端な傾向があるわけでもありません。
ただセインズベリー社はそこで分析をやめませんでした。すると、このような事実も発覚しました。
7万5000のSKU(=Stock Keeping Unit、小売業での在庫管理単位)のうち、3万品目は合わせても全体の売上の1%しか構成していないことがわかったのです。
しかし、ここでさらなる解析を実施しています。このような事情があるからです。
たとえばある買い物客が、ウォッカ・マティーニを作るときはオリーブを添えるのを好むとする。もしオリーブの取り扱いを中止してしまったら、この人はウォッカ・マティーニのための買い物をする際にこの店を利用しなくなってしまい、店としては利益率の高いウォッカの販売機会も失ってしまうことになる。
CLTVの「あちらを立てればこちらが立たず」にもしっかりと目を向けています。「マーケット・バスケット分析」や「クラスター分析」を活用しています。
その結果、総売上高を12%上昇させただけでなく、1万4000のSKUを品目削除することでベストセラー商品の仕入れを強化することができました。
CLTVが「マイナス」になる顧客の存在も
また、ノースウエスタン大学のマーク・ジェフリー氏は、「マイナスのCLTV」についても指摘しています。
世界最大の家電販売店である米ベストバイ社ではこのようなことが起きていたといいます。
ベストバイ社は、自社の顧客行動を分析した結果、一部の顧客がセールで商品を購入した上、返品で通常価格での返金を受けることを繰り返している事実を発見した。さらに、この顧客層はしばらくすると店を訪れ、「開封済み」として20%割引で売られている、自分が返品した商品を再購入していた。
また、コンチネンタル航空(2010年にユナイテッド航空と経営統合)ではこのようなことがありました。 同社は家族の不幸に対して急いで割安の航空便を手配するサービスを実施していましたが、1回の不幸で44件もこのサービスを受けていたユーザーがいたことがわかったのです*2。
他には、IT大手のインテュイットの事例です。1社のユーザーが年間に800回もカスタマーセンターへ問い合わせをしていたことを発見しました*3。
顧客の利用継続を向上させたり、解約率を減らしたりすることを考えればこれらのサービスは魅力を持ちますが、一方でアフターサービスはコストですから、顧客の数だけ出費してしまうと利益率のアップには繋がりません。
この場合、アフターサービスの提供方法を変更したり、コールセンターを顧客ランク別ごとに設置したりするなどの対策が必要です。
「正しく知る」ことから真のCLTV施策は始まる
CLTVを向上させよ、という言葉はあちこちで見られます。しかし、何から手を着けて良いのかわからないという方も多いかと思います。
ここまで紹介してきたように、CLTVはそう単純なものではなく、小手先の施策では大幅な改善はできないからです。
なお、顧客獲得と維持にかかる費用として、ジェフリー氏はDM戦略を下のように解説しています。
DM送付ひとつをとっても、戦略的に考えていかなければならないということです。
そのためにも、顧客情報のデータ化は欠かせない時代になっています。
ドラッカーは「強みに集中せよ」と発信していますが、何が本当に「強み」になっているかはデータを通じてでしかわかりませんし、「強み」だと思っているものが知らぬところでマイナスを生じさせていてはよくありません。
定量的・定性的に自社を分析し、正しく強みを発揮する施策にお役立て下さい。
*1:マーク・ジェフリー「データ・ドリブン・マーケティング」ダイヤモンド社 p190-191、p188
*2:マーク・ジェフリー「データ・ドリブン・マーケティング」ダイヤモンド社 p190-191、p188
*3:マーク・ジェフリー「データ・ドリブン・マーケティング」ダイヤモンド社 p190-191、p188