広告の本質とは?スターバックスが新聞の全面広告で伝えたかったこと

テレビCMなどマスメディア上の広告を打たないことで知られるスターバックスだが、かつてトロント出店の際には、トロントで最も発行部数の多い新聞の全面を使って「手紙」を載せたことがある。
その行動によってスターバックスの価値観が地域の人々に理解され、ブランド性が保たれたのだが、それは本部からの指示ではなく、現地責任者が自主的に考え行動したことだった。

広告費はほとんど使わず、その分、人材育成に時間と資金を使う。*1
スターバックス コーヒー インターナショナルの元CEO、ハワード・ビーハー氏は、こう語る。*2

「お客様でも、従業員でも、マネジャーでも、ボスでもない。私たちはみんな同じ人間だ」
「人がいなければ、私たちにはなにも残らない」

「人がすべて」というスターバックスの理念は、そのブランド価値とどう繫がっているのだろうか。
そのことからみえてくる広告の本質とは?

優れたマーケティングこそが「広告」である

スターバックスが広告宣伝費をほとんど使わないのは、当初からの意図的な戦略だが、設立当時は広告費が限られていたため、そうせざるを得ない事情もあったという。*3 だが、それが独創性を産み、店内でのエクスペリエンス(体験)がスターバックスのマーケティングの主力となった。

それは不特定多数を対象とするマスマーケティングとは全く違う。
店舗で1杯のドリンクを楽しむ顧客1人ひとりに心のこもったサービスを提供し、永続的な関係を築くことに注力しているのだ。

そして、そうしたマーケティングは全社員の仕事の一部であるという。
それはどういうことだろうか。

決定的な瞬間

スターバックスは最初から今のようなスターバックスだったわけではない。
上述のハワード・ビーハー氏は、書著『スターバックスを世界一にするために守り続けてきた大切な原則』で次のようなエピソードを明かしている。*4

創業当時、スターバックスの経営陣はコーヒーの専門家であることに全力を傾けていた。良い商品を提供すれば一流の企業が築けると思っていたのだ。

ところがある日、3通の手紙が届いた。どれも顧客からの苦情だった。コーヒーに対する苦情ではなく、従業員に関するものだ。

「私はスターバックスのコーヒーが大好きで、毎日お店に通っています。でも、私はモノでなく大事な人として扱われたいのです。御社にとって、顧客は重要ではないようですね」

ビーハー氏はこうした自社の状況に激しく落胆した。そして、心から人を大切にする組織をつくるために何ができるのかと、自らにも店長たちにも問いかけた。

それと同時に、手紙にあった店舗の店長と、手紙を書いた3人の顧客を招き、一緒に話し合うことにした。人間は不完全でときとして間違いを犯すが、そうした問題は顔を合わせて話せば、心が通じ合い、解決できると考えてのことだった。

顧客の話をききながら、それまでのスターバックスはコーヒーや商品に対する知識にこだわりすぎ、自分たちの本来の仕事、つまり人に尽くすということを忘れていたことを痛感した。商品に対する情熱にかまけて、ホスピタリティを疎かにしていたのだ。

それは、スターバックスの歴史上、決定的な瞬間だったと同氏は語る。
この1件を通して、人を思いやることがどれほど大切かを学び、自分たちの価値観の原点に立ち返ったのである。

マーケティングはすべての社員の仕事

2022年3月末現在で、国内に1,704店舗、社員は4,547名。*5 2021年のアルバイト従業員数は約3万6,000人で、1日に訪れる客は全国で約80万人に上る。*6

スターバックスでは、従業員全員がフラットな関係であることを掲げ、すべての従業員を「パートナー」と呼ぶ。
店を訪れた客と直につながるのはバリスタだ。
彼らは客の様子を観察して、1人ひとりに寄り添い、最高のサービス、顧客経験を提供しようと心掛ける。
接客マニュアルはない。パートナーの熱意と創意工夫はマニュアルの枠に収まるようなものではないからだ。
ブランドを作るのはパートナーであり、人がブランドなのだ。

実際に、商品企画や宣伝部門より、パートナーが尊重される社風がある。
社員全員がマーケティングを担っているというのは、このようなことを指す。

だが実は、ごく短期間だが、テレビCMを打ったこともある。1998年の春、フラペチーノを広めようと考えてのことだった。*7
ところが、その効果が実感できず、すぐに引き上げることになった。

テレビCMよりも、店舗で商品のテイスティングを提供した方が、個々の顧客の表情や態度、コメントからその効果がすぐに把握できる。
テレビCMを打ったことによって、逆に、顧客とバリスタとの個々のふれ合いこそが重要であるとの信念をさらに強くしたのだった。

地域とのつながり

これまでみてきたように、スターバックスは顧客体験を重視し、最高の顧客体験を提供するために、社員全員がマーケティングを担う。

しかし、スターバックスが大切にしているのは、個人としての顧客だけではない。1つひとつの地域へのリスペクトも重要視している。*8
地域とのつながりがあればこそ、パートナーを採用することもできるし、地域の人々に足を運んでもらえる。それで、地域が抱える問題を自分たちが解決すべき課題と捉え、地域のために尽くすことも大切にしている。

地域に密着した店づくり

店舗開発は社内のデザイナーがその町の歴史や文化を調べるところからスタートし、各店舗に独自性をもたせている。それは、地域コミュニティ1つひとつへのリスペクトからだ。*9

地域の重要文化財の中に構えている店舗もある(図1)。*10*11*12

図1:重要文化財の中の店舗(左から「神戸北野異人館店」「弘前公園前店」「鹿児島仙巌園店」)

こうした歴史ある地域で古くから愛されてきた場所に店舗を構えるのは、地元への深い敬意と感謝の気持ちに根ざしている。*13 店舗主導のコミュニティ活動を各地で開き、コロナ禍の前には年間約8,000の活動にも取り組んできた。

短期的には非効率に思える出店であっても、長い目でみれば街づくりに寄与でき、地域とのエモーショナルな関係が築けると判断すれば、できるかぎり進出し、現在では47都道府県すべてに出店している。

2021年、日本上陸25周年を記念して行ったキャンペーン「地域・地元とつながる」では、47都道府県の各パートナーが考案した「47 JIMOTO フラペチーノ®」を同時に開発した。このフラペチーノをオーダーした顧客は、発売初日から1週間で延べ約250万人に上ったという。*14

新聞の全面広告で伝えたこと

これほどに地域を大切にするスターバックスにも危機的な状況が訪れたことがあった。
トロントに出店したときのことだ。*15

店舗の場所を探していた担当者は市の中心部に最適な物件を見つけた。物件の所有者によると、現在のテナントの契約が満了間近で、更新しないことになっているということだった。

家主はスターバックスとの交渉に合意し、テナントのカフェにその旨を伝えた。すると、テナントは一転して立ち退きを拒否し、周囲にそのことをふれまわった。
スターバックスのイメージは急落し、地元メディアがこの事件を取り上げるまでになった。

だが、シアトルの本部はそのうち沈静化するだろうと鷹揚に構えていた。
一方、現地の責任者は事態が深刻であると直感し、積極的な問題解決に踏み出した。
彼は、心のこもった手紙を書き、地元で最も発行部数の多い新聞に全面広告として掲載したのだ。

スターバックス自体も数年前には商売を始めたばかりの小さな店であったこと、地域社会の一員として地元の人たちの役に立ちたいと願っていること、現在のテナントであるカフェに立ち退きを求めるつもりはないこと・・・。

広告費には2万5,000ドルかかったが、それが最良の方法だと判断したのだ。
そして、数か月後、同じように2万5,000ドルかけて、再度同じ新聞の全面を使い、別の手紙を公開した。

その手紙には、もともとあったカフェがその場所にとどまることになった経緯が記されていた。

現地責任者の判断と行動によって、スターバックスの価値観が地元の人々に理解され、ブランド価値を損なわずにすんだ。
このことは、規則に縛られることなく、リスクがあろうとも正しい行いをする手本だと、上述のビーハー氏は語る。

この事例が示すように、スターバックスでは、会社の行動規範や理念に沿ったものであれば、社員の提言やチャレンジは認められ、称賛される。*16
それを支えるのは、すべてのパートナーが現場で臨機応変な決定が下せるような、独立性を重視する企業文化である。*17

実際の顧客満足度は?

最後に、少し厳しい現実をご紹介しよう。

公益財団法人 日本生産性本部が総計10万人以上の利用者からの回答をもとに実施する日本最大級の顧客満足度調査がある。*18 この調査の分析に用いられている指標は表1の6つ。*19

表1:JCSI因果モデルの6つの指標

<出典:公益財団法人 日本生産性本部「統計手法(JCSI因果モデルとは)」>

2021年度の同調査結果が2022年5月に公表されたが、それによると、6指標のうち「顧客満足」に関するスターバックスのスコアは、カフェ部門のトップではなかった(図2)。*20

図2:「顧客満足」のスコア

<出典:公益財団法人 日本生産性本部(2022)「JCSI 日本版顧客満足度指数 2021年度年間調査結果 資料② 業種別経年推移」p.30>

次に同調査の全6指標のスコアは表2の通りである。

表2:顧客満足度調査の6指標のスコア

<出典:公益財団法人 日本生産性本部(2022)「JCSI 日本版顧客満足度指数 2021年度年間調査結果 資料② 業種別経年推移」p.31

表2をみると、スターバックスが3位までに挙がっていない指標は「知覚価値」のみだが、高めの価格設定が影響しているのだろうか。

筆者は「顧客満足」でトップのコメダ珈琲店もスターバックスもどちらも利用するが、両店は店舗の雰囲気も商品もサービスも全く異なるため、同伴者や利用目的に合わせて、そのときどきでどちらに行くか決めている。

また、スターバックスに限っても、日常的に利用可能な店舗がいくつかあり、どの店舗を利用するかはそのときの状況によって違う。 さらに、スターバックスは上述のように国内1,704店舗なのに対して、コメダ珈琲店は950店舗(2022年5月末現在)*21 と規模も違うため、一概に比較することは難しいかもしれない。

しかし、統計に裏付けられた数値には重みがある。 このような調査結果をスターバックスの経営陣はどう捉え、どのような対応を考えているのだろうか。

スターバックスは、これまで危機的状況に遭遇する度に自らの原点に立ち戻り、その価値観を確認してきた。また、すべての従業員がマーケターとして最高の顧客体験を提供すべく努力し、ブランド価値の向上に貢献している。それを支えるのは1人ひとりの従業員を大切にし、そのホスピタリティやアイディアを尊重する企業文化だ。

そうした在り方は優れたマーケティングそのものであり、マスメディア上での広告以上に広告として機能してきた。

今後、スターバックスはどのような動きを見せるのだろうか。その動向から目が離せない。

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この記事を書いた人

横内美保子

博士。元大学教授。総合政策学部などで准教授、教授を歴任。専門は日本語学、日本語教育。
Webライターとしては、各種資料の分析やインタビューなどに基づき、主にエコロジー、ビジネス、社会問題に関連したテーマで執筆、関連企業に寄稿している。

*1:水口貴文(2021)「スターバックスはオンリーワンのブランドであり続ける」(DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー論文)ダイヤモンド社  p.15、pp.9-10、p.12

*2:ハワード・ビーハー、ジャネット・ゴールドシュタイン 著、関美和 訳(2017)『スターバックスを世界一にするために守り続けてきた大切な原則』(電子書籍版)日本経済新聞社 p.18、pp.92-93、pp.74-76、p.70

*3:ジョン・ムーア著 花塚恵訳(2015)「スターバックスはなぜ値下げもテレビCMもしないのに強いブランドでいられるのか?」(電子書籍版)ディスカヴァー・トゥエンティワンp.21、p.5、p.22

*4:ハワード・ビーハー、ジャネット・ゴールドシュタイン 著、関美和 訳(2017)『スターバックスを世界一にするために守り続けてきた大切な原則』(電子書籍版)日本経済新聞社 p.18、pp.92-93、pp.74-76、p.70

*5:スターバックスジャパン株式会社「会社概要」(2022年3月末現在)

*6:水口貴文(2021)「スターバックスはオンリーワンのブランドであり続ける」(DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー論文)ダイヤモンド社  p.15、pp.9-10、p.12

*7:ジョン・ムーア著 花塚恵訳(2015)「スターバックスはなぜ値下げもテレビCMもしないのに強いブランドでいられるのか?」(電子書籍版)ディスカヴァー・トゥエンティワンp.21、p.5、p.22

*8:水口貴文(2021)「スターバックスはオンリーワンのブランドであり続ける」(DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー論文)ダイヤモンド社  p.15、pp.9-10、p.12

*9:水口貴文(2021)「スターバックスはオンリーワンのブランドであり続ける」(DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー論文)ダイヤモンド社  p.15、pp.9-10、p.12

*10:スターバックスジャパン株式会社「神戸北野異人館店

*11:スターバックスジャパン株式会社「弘前公園前店

*12:スターバックスジャパン株式会社「鹿児島仙巌園店

*13:水口貴文(2021)「スターバックスはオンリーワンのブランドであり続ける」(DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー論文)ダイヤモンド社  p.15、pp.9-10、p.12

*14:スターバックスジャパン株式会社(2021)「スターバックス日本上陸25周年「地域・地元とつながる」「47 JIMOTO フラペチーノ® THANKS WEEK」2021年7月28日(水)から実施!」(2021/07/26)

*15:ハワード・ビーハー、ジャネット・ゴールドシュタイン 著、関美和 訳(2017)『スターバックスを世界一にするために守り続けてきた大切な原則』(電子書籍版)日本経済新聞社 p.18、pp.92-93、pp.74-76、p.70

*16:水口貴文(2021)「スターバックスはオンリーワンのブランドであり続ける」(DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー論文)ダイヤモンド社  p.15、pp.9-10、p.12

*17:ハワード・ビーハー、ジャネット・ゴールドシュタイン 著、関美和 訳(2017)『スターバックスを世界一にするために守り続けてきた大切な原則』(電子書籍版)日本経済新聞社 p.18、pp.92-93、pp.74-76、p.70

*18:日本生産性本部(2022)「JCSI 日本版顧客満足度指数 2021年度年間調査 年間発表

*19:日本生産性本部「統計手法」(JCSI因果モデルとは)

*20:日本生産性本部(2022)「JCSI 日本版顧客満足度指数 2021年度年間調査結果 資料② 業種別経年推移」(2022.5.10)p.30、p.31

*21:コメダ珈琲店「会社概要」(2022年5月末現在)