「キャストを3日で現場に」自主性を育むディズニー流人材育成術とは

ディズニーランド・ディズニーシーでは、多くの「キャスト」と呼ばれる主婦や学生が働いています。

「夢の国」での接客業となると、さぞ多くのマニュアルや研修があるのではないかと思われているかもしれません。
しかしオリエンタルランドのキャストはたった3日の研修で現場に立つどころか、じつはキャストには接客マニュアルさえ存在しないのです。

一方でキャストの接客は、時にネット上では「神対応」とも評されています。
ごく短期間の研修で、マニュアルもなくこのような対応力を持たせるディズニーの育成術とはどのようなものなのでしょうか。

キャストが自主的に取った「神対応」

オリエンタルランドで10万人のキャストを育成してきた櫻井恵理子氏は、著書「3日で変わるディズニー流の育て方」の中で、ディズニーのキャストについて様々な裏話を綴っています。

その中に、このような話が紹介されています。

以前、パーク内のレストランのキャストが、男性ゲストからこんな相談を受けたことがありました。
「サプライズでプロポーズをしたいから、婚約指輪を料理に隠してくれませんか」
キャストが、基本的にゲストからの物を預からないということは、共通認識になっています。万が一なくしたり、壊したりしたら大変だからです。しかしそのキャストは、自らの判断で婚約指輪を預かり、ディナーコースの締めくくりであるデザートの中に忍ばせました。
そして結果的に、プロポーズは大成功。後日、その男性ゲストからキャスト宛に一通の手紙が届きました。
「あなたのおかげで、私たち夫婦にとって一生忘れられない思い出になりました。もしよければ、結婚式に出席してもらえませんか」

<引用:櫻井恵理子「3日で変わるディズニー流の育て方」p25-26>

「キャスト」とは、ディズニーではいわゆるアルバイトやパートの従業員を指します。
そのキャストの一人が、訪問客の婚約指輪という貴重品を「自らの判断で」預かるという行動に出たのです。

本来であれば、「自分には決定権がないので・・・」という話になってしまうかもしれません。後になって「なぜ相談しなかったんだ」と、怒る上司も出てくる可能性もあるでしょう。
しかし後日、キャストのリーダーはこの行動を、大いに賞賛したのです。

キャストとリーダーの間にあるのは「共通の価値観」

リーダーが掛け値無しにこのキャストを賞賛したのは、「重んずべき理念」をキャストがきっちりと守り理念に基づいた判断をした、その一点につきます。 最優先すべきことが全キャストの間では明確になっているのです。
それは、「ゲストにハピネスを提供する」という企業理念です。

このキャストは、「基本的にゲストからの物を預からないという共通認識」よりも、「お客様にハピネスを提供する」という企業理念を優先したのです。

キャストは何を学んで現場へ向かうのか

ごく短い研修でここまでの自主性を発揮できるキャストは、何を教えられて現場に立つのでしょうか。

実は、ディズニーのキャストには「接客マニュアル」は存在しません。
その代わり、「4つの行動基準」と「企業理念」を徹底してから現場に出るのです。

「SCSE」と呼ばれる「4つの行動基準」とは以下です。

・安全(Safety)・礼儀(Courtesy)・ショー(Show)・効率(Efficiency)

これは、テーマパークであればごく基本事項でしょう。
そして「企業理念」とは、先ほどご紹介した「ゲストにハピネスを提供する」というものです。あとはアトラクションに関する基本的な知識程度です。

以下のような理由があるからです。

いくら仕事のできる人でも、一度に10も20もの「守るべきこと」を与えれば、それをインプットするだけで一苦労。処理能力の限界を超えて注意力が散漫になります。

<引用:櫻井恵理子「3日で変わるディズニー流の育て方」p30>

覚えることに追われ、心は「失敗したらどうしよう」ということに囚われ、「マニュアル通りに動くこと」が働く上での至上命題になっている。

それでは自主性が育たないのはいうまでもありません。

新人が3日も持たない飲食店

一方で、何ヶ月にもわたって新入社員やアルバイトが根付かない、ある飲食店についてご紹介したいと思います。

これまで何人が3日と持たず店を去ったか、覚えきれないほどだから驚きます。それも、多くは連絡もなしに、「突然来なくなる」という形で店を去っていくのです。

聞けば、初日から厳しく叱られることが多いのだそうです。

あるアルバイトの場合。
その店では、今から来店したいという客から電話があっても満席だという時には、系列店を紹介するという決まりがありました。

しかし、初日のアルバイトが、「系列店の電話番号をすぐに言えなかった」ことを厳しく叱責されたといいます。

他では、店長の許しのもとで裏で食事を取っていたところを経営者に見られ、「なぜ店長より先に食事をするのか」と指摘された例もあるそうです。
営業中の店で、しかも店長ができる仕事とアルバイトができる仕事は大きく異なります。時間のあるうちに先に食事を済ませておいてほしいという店長と、経営者が違うことを言い出してしまっては、アルバイトはただ混乱するだけです。

「普通はこうするだろう」「普通はこれくらい覚えておくだろう」という経営側の「一般常識」の押し付けは、さすがに新入社員やアルバイトの理解の域を超えています。

そして店はいまも人手不足に頭を抱えています。

仕事の「意味」を考えているか

飲食店に限らず、確かにOJTで新入社員やアルバイトを育成しなければならないということが人手不足の今は増えていることでしょう。

しかし、疑うべきことがひとつあると筆者は考えます。教える方は「順序立てて」物事を教えることができているでしょうか?

その場で発生したことを場当たり的に教えていることになっていないでしょうか。

これでは、先のディズニーの事例とは真逆で、覚えることがあまりにも多すぎて注意散漫になってしまいます。また、場当たり的な指導を繰り返していると、ひとつの出来事についても「例外」がたくさん生まれてしまいます。

「なぜその手順を踏むのですか」「この作業は仕事全体のどこに関係するのですか」
そう聞かれた時に、教える側は即答できるでしょうか?

ここで、「習慣だから」「自分がそう教わってきたから」というのは、答えになっていません。「背中を見て育て」世代ではそれは屁理屈だ、と切り捨ててしまうでしょうが、早期に戦力になってほしいと考える時、逆効果なのです。

「上司もわかっていないことをなぜ自分が覚えなければならないのか」。
合理性が求められる現代で、こう考える若者は少なくないのです。

優先順位を与えなければ自主性は芽生えない

上記の飲食店の新入社員やアルバイトに対する接し方は、さすがに酷なものでしょう。

その結果人手不足に悩んでいるのですから、手の差し伸べようがないというのが率直な思いです。

一方で新人だからといって甘く接するわけにはいかないというのもまた事実ではあるのでしょうが、問題は明確な優先順位を示さないことにあります。

意味を飲み込めない仕事を山ほど覚えさせられる、それは教える人間が逆の立場になった時、やはり嫌気がさすのではないでしょうか。

「最近の若者は自主性がない」。 そう決めつけてしまう前に、自分の教え方で自分は納得するだろうか?「なんとなく」で済ませていないだろうか?

よく、習うより教えるほうが難しい、といいます。それは自分のしていることに自分で説明をつけられないからです。
仕事の意味を考えなおし、人に説明できるように頭を整理することは、教える側にとっても重要なことなのです。

この記事を書いた人

清水 沙矢香

2002年京都大学理学部卒業後、TBSに主に報道記者として勤務。社会部記者として事件・事故、テクノロジー、経済部記者として各種市場・産業など幅広く取材、その後フリー。
取材経験や各種統計の分析を元に多数メディアに寄稿中。