管理職が一切存在しないのに急成長 オランダのビュートゾルフはなにが凄い?

従来型の組織では、規模が大きくなるにつれて必要な管理職もその階層も増え、それぞれのマネジャーが誠実に働けば働くほど、従業員は管理に縛られ、やる気と自主性、前向きな気持ちを失っていく。
スタッフ機能を担う人々は、現場から離れたところに権限と意思決定権を集中させるようになると指摘する人もいる*1

一方、オランダには、管理職は一切存在せず、スタッフ機能は最小限でありながら、目覚ましい発展をとげている先駆的な組織もある。しかも、大幅な経費削減を達成しつつも、顧客満足度は業界中で最も高く、従業員満足度も最高レベルだ。離職率も低い。
その組織はどのように運営されているのだろうか。

上からの管理がなくても、というより管理がないからこそ各メンバーが能力を発揮できる組織の仕組みについてみていこう。

先駆的組織の誕生

オランダの在宅ケアサービス組織「ビュートゾルフ」には、管理職は一切存在しないが、2006年の設立時4名のメンバーが現在15,000名へと急成長した。
さらに、大幅な経費削減を達成するとともに、顧客満足度は医療機関中で最も高く、従業員満足度も最高レベルで「Best Employer」賞を何度も受賞している*2,*3,*4

同組織のスタッフ機能は最小限で、15,000名のメンバーに対して、コーチは10数名、本部のスタッフはわずか4、50名である。

ここでは、ビュートゾルフが誕生するまでの経緯をみていこう。

現場業務の細分化とその弊害

ビュートゾルフの設立者ヨス・デ・ブロック氏は、自身の看護師やマネジャーとしての経験から、現場業務の細分化が悪い影響を及ぼすことを痛感していた*5

その背景は次のようなものだ*6。 オランダでは19世紀以降、どの地域にも在宅ケアサービスを提供する地元の看護師がいる。1990年代に、オランダの健康保険制度に、自営業である看護師を組織化するというアイディアが組み込まれた。

こうした看護師の組織は合併しながら次第に規模を大きくしていった。
それにつれて、仕事は専門化し、プランナーが看護師たちの日々のスケジュールを管理し、患者から患者への移動を最適化するようになった。

効率向上を監視するために、患者の自宅玄関ドアにはバーコードのついたステッカーが貼られ、看護師は訪問が終わるたびにバーコードをスキャンする。そのデータを中央のシステムに記録し、遠隔地から監視し、分析する仕組みができ上がった。

看護師たちは急いで処置を終えると、すぐ次の患者の家へと飛び出していく。一晩で19人の患者の元を訪れた看護師もいた。

毎日違う看護師が訪れるため、患者と看護師との個人的な信頼関係が失われ、医療水準も低下した。 看護師は患者のケアに責任がもてなくなって不満を抱え、同僚とのいさかいが絶えなくなった。 ケアを求めている人々を看護するためにこの仕事を選んだのに、そうなっていないことにジレンマを抱え、自分たちのしていることは看護師の職を愚弄していると考えるようになった人さえいた。

一方、組織の規模が大きくなるにつれ、本部には管理職の階層が増え、どの階層のマネジャーも誠実に任務を遂行して、部下への管理を強めていった。
こうして、看護師たちのやる気と前向きな姿勢が損なわれていったのである。

新しい組織の誕生

ブロック氏は、こうした状況の中、看護師として10年間の経験を積み、ある看護機関でマネジャー兼スタッフになった*7
そして、社内の改革は無理だと悟ったとき、自分の組織を設立することにした。
それが「ビュートゾルフ」である。

ビュートゾルフ

彼は、こう考えた*9

「現場の看護師こそ、その業務に精通している。仕事に対する責任を彼ら彼女らの手に戻さなければならない。そのためには、業務を細分化せず、現場の人々に作業をまるごと委ねるべきだ」

それと同時に、彼はトップとしての自分の責任を次のように考えた。

  • 現場の人々が仕事をこなすために必要な前提条件が満たされるようにする
  • 仕事に必要なリソースが入手可能であることを保証する
  • 組織の財政的な健全性が確実に維持されるために必要な対策を講じる

以上のような考えから、ブロック氏は従来型組織とは全く異なるパラダイムを導入し、ケアのあり方と組織の構造を根本から変えた。
それはどのようなものだろうか。

支配されない自主経営チームの実践

ビュートゾルフは「自主経営(セルフ・マネジメント)チーム」と呼ばれるチーム単位で活動する。1チームは12人で構成され、リーダーはいない。重要な決定はすべてチームで下し、その決定には1人ひとりのメンバーが責任をもつ*10,*11
その実践方法をみていこう。

チームの権限

1チームは担当地域の患者を50名ほど担当するが、どの患者を何人受け持つかは自分たちで決める*12

ケア・サービスを提供するだけではなく、ケアプランの作成、新しい患者の受け入れ、仕事や責任の分担、業務管理、研修計画、休日や休暇のスケジューリング、問題の分析、メンバーの評価、採用も自分たちで行う。

自分たちのオフィスを見つけ、開業医やセラピスト、その他の専門家と連携をとり、地域コミュニティに溶け込み、口コミや紹介によってケースロード(取り扱い件数)を積み上げていく。

チームは自分たち以上の意思決定権をもつ階層に支配されないがゆえに、真の権限をもっているのだ。

実践を支えるサポート

もちろん、こうした実践が何の仕掛けもなく、自然にうまくいくはずがない。
ビュートゾルフは、自主経営が機能するために必要な教育訓練や指導、ツールを提供し、サポートしている*13

新メンバーは全員、研修を受け、健全で効率的な意思決定を集団で行うためのスキルとテクニックを学び、人と人とが協力するための基礎的な知識を得る。
例えば、傾聴や意思の伝え方、ミーティングの進め方、メンバー間でのコーチングなどの実践的なスキルである。

ミーティングは集団的知性こそが優れた意思決定につながることを全員が理解した上で開かれる。
誰もが進行を妨げず、自分の個人的な好みを押しつけないなど、円滑に進行できるように十分配慮する。

ミーティングで打開策が見出せないときには、外部の助けをいつでも求めることができる。他のチームが同じような問題に直面した可能性もあるため、ビュートゾルフ内のSNSを使って、他のチームにアドバイスを求めることもある。

もちろん、こうした働き方に疑念を抱いたりフラストレーションを溜めこんだり、混乱したりすることもあるだろう。しかしそうした状況は、個人が自ら成長し、本当のプロフェッショナルになるプロセスだ―そう肯定的に捉えるのが、自主経営組織のマインドセットなのだ。

ビュートゾルフのスタッフたち

階層がないわけではない

チームは自分たち以上の意思決定権をもつ階層に支配されないし、チーム内にも上司はいない*15。 ただ、だからといってチームのメンバー全員が「平等」であるというわけではない。
上司と部下というヒエラルキー型の序列はないが、スキルによる流動的な階層が発生する余地はある。

メンバーは、専門知識や関心、意欲などによって得意分野が異なる。チームにはさまざまな人がいるのが自然だ。人間関係の調整や仲裁に長けている人もいれば、知識が豊富な人もいる。計画を立てたり組織をまとめたりするのが得意な人もいる。
中には、チームの境界を越えて評価されたり影響力を及ぼしたりする人もいる。

ヒエラルキー型の階層はないが、スキルや影響力、評価に基づく流動的な階層が自然に発生することはあるのだ。

「地域コーチ」の役割

これまでみてきたように、看護師たちは自分たちの力だけで12人のチームを作り、あらゆる業務をこなし、多様な状況に対応していかなければならない。
それをサポートするのが「地域コーチ」である*16

地域コーチの役割は重要だが、チームに対して意思決定権がなく、チームの成果や収益に対する責任も問われない。
コーチはその専門性や必要な分野における能力に応じて選ばれるが、その大半は、比較的年輩で対人関係スキルに秀でた経験豊富な看護師だ。

地域コーチには決められた職務がない。各コーチは自分の個性や資質に基づいて、どのような役割をどのように果たすのか、自らが見出すよう奨励されている。
とはいえ、以下のような暗黙の決まりがある。

  • チームが悪戦苦闘するのは何の問題もない。難しい局面を乗り越えたチームは回復力と強い連帯感を得ることができるからだ。コーチの役割は予想できる問題を防ぐことではなく、問題解決しようとするチームを支援することである。
  • コーチは仮に自分の方が優れた解決法を知っていると思っていても、チームに自分たちで選択させる。
  • コーチは、考えるヒントになる問いをチームに投げかけ、ビュートゾルフの存在目的と介護に対する包括的なアプローチに照らして、チームが問題を正しく捉え、解決にたどりつけるように支援する。
  • 出発点はチームの情熱と強みと能力を引き出すこと。コーチの仕事は、チームには目の前の問題を解決するのに必要な能力が備わっていると信じてもらうことだ。

地域コーチは、1人当たり40〜50ものチームを担当する。コーチは多くのことを背負うべきではないという創業者の考えからだ。

創業間もないころに集中的に面倒をみたチームは、他のチームに比べると依存性が強く、自立性に欠けてしまったという。
コーチがチームにかかりきりになると、チームの独立性を侵してしまうおそれがある。それを避けるためにも、コーチがサポートするのは、最も重要な課題だけにしているのだ。

人は「管理」をやめると、生き生きと働き成果を出す

上述のような実践を続けるうちに、ビュートゾルフの看護師たちは「自分の使命を果たす」という職業本来の意義を取り戻した。組織の利益より患者の幸福を優先するという使命だ*17

その結果、患者との信頼関係が強固になり、患者もその家族もビュートゾルフの看護師から受けたサービスに心から感動し感謝するようになった。
上述のように、顧客満足度も従業員満足度も最高レベルだ。
さらに、オランダの他の介護組織より40%もの経済的節約を実現した*18
皮肉なことに、効率化を追求しガチガチに管理するやり方より、よほど効率的なのだ。

なぜ管理をやめると、人はいきいきと働き、能力を発揮して、成果を出すのだろうか。

自主経営組織やビュートゾルフに詳しい嘉村賢州氏は、次のように語る*19

チームが12人で話し合って、新しいサービスを作って、それが本当に価値があることだとわかったとき、そのことを社内SNSに投げると、他のチームも「それ、うちの組織でもやろうよ」という感じでやり始める。

従来型組織の多くは、成功事例が1つ生まれると、上が吸い上げて横展開をするが、ビュートゾルフは絶対にそうしない。
なぜなら、横展開は、他のチームからすると上からやらされるという感じになってしまうからだ。

一方、ビュートゾルフは「見える化」することで展開しているので、多くのチームは他のチームの実践をみて、自然にやりたくなっていく。場合によっては、他のチームとは少し違うやり方でやろうという話も出てくる。
自分の意志で自主的にやり始めると、そんなふうに優れた実践が自然に広がっていく。

その結果、「もっとこんなサービスもあるんじゃないか」と、現場チームがさまざまな実験を行い、それが顧客に喜ばれたら、そのやり方がまた伝播して広がっていく。
その繰り返しによって、優れた取り組みが組織全体に浸透し、見直され、刷新されていくのだ。

管理せず現場に任せれば、従業員は仕事に対する使命感を取り戻し、のびのびとその力を発揮して、自然に成果をもたらす。

ビュートゾルフの実践は、多くの学びに満ちている。

この記事を書いた人

横内美保子

博士。元大学教授。総合政策学部などで准教授、教授を歴任。専門は日本語学、日本語教育。
Webライターとしては、各種資料の分析やインタビューなどに基づき、主にエコロジー、ビジネス、社会問題に関連したテーマで執筆、関連企業に寄稿している。

*1:フレデリック・ラル―著、鈴木立哉 訳(2018)『ティール組織 マネジメントの常識を覆す次世代型組織の出現』英治出版社(電子書籍版)No.2004-2007, No.1750-1787, No.1804-1840, No.1868-1880, No.1898-1927,No.1955-1981, No.1931-1942

*2:Buurtzorg “Welcome to Buutzorg>Innovation, About us

*3:Buurtzorg “Our organisation

*4:Buurtzorg Services Japan「自分らしく働ける環境は、私が作れば良いと思う

*5:アストリッド・フェルメール ベン・ウェンティング 著 嘉村賢州 吉原史郎 訳(2020)『自主経営組織のつくり方―現場で決めるチームをつくる』英治出版 (電子書籍版)No.222-232

*6:フレデリック・ラル―著、鈴木立哉 訳(2018)『ティール組織 マネジメントの常識を覆す次世代型組織の出現』英治出版社(電子書籍版)No.2004-2007, No.1750-1787, No.1804-1840, No.1868-1880, No.1898-1927,No.1955-1981, No.1931-1942

*7:フレデリック・ラル―著、鈴木立哉 訳(2018)『ティール組織 マネジメントの常識を覆す次世代型組織の出現』英治出版社(電子書籍版)No.2004-2007, No.1750-1787, No.1804-1840, No.1868-1880, No.1898-1927,No.1955-1981, No.1931-1942

*8:Buurtzorg “Innovation

*9:アストリッド・フェルメール ベン・ウェンティング 著 嘉村賢州 吉原史郎 訳(2020)『自主経営組織のつくり方―現場で決めるチームをつくる』英治出版 (電子書籍版)No.222-232

*10:Buurtzorg “The Buurtzorg Model

*11:フレデリック・ラル―著、鈴木立哉 訳(2018)『ティール組織 マネジメントの常識を覆す次世代型組織の出現』英治出版社(電子書籍版)No.2004-2007, No.1750-1787, No.1804-1840, No.1868-1880, No.1898-1927,No.1955-1981, No.1931-1942

*12:フレデリック・ラル―著、鈴木立哉 訳(2018)『ティール組織 マネジメントの常識を覆す次世代型組織の出現』英治出版社(電子書籍版)No.2004-2007, No.1750-1787, No.1804-1840, No.1868-1880, No.1898-1927,No.1955-1981, No.1931-1942

*13:フレデリック・ラル―著、鈴木立哉 訳(2018)『ティール組織 マネジメントの常識を覆す次世代型組織の出現』英治出版社(電子書籍版)No.2004-2007, No.1750-1787, No.1804-1840, No.1868-1880, No.1898-1927,No.1955-1981, No.1931-1942

*14:Buurtzorg “Innovation

*15:フレデリック・ラル―著、鈴木立哉 訳(2018)『ティール組織 マネジメントの常識を覆す次世代型組織の出現』英治出版社(電子書籍版)No.2004-2007, No.1750-1787, No.1804-1840, No.1868-1880, No.1898-1927,No.1955-1981, No.1931-1942

*16:フレデリック・ラル―著、鈴木立哉 訳(2018)『ティール組織 マネジメントの常識を覆す次世代型組織の出現』英治出版社(電子書籍版)No.2004-2007, No.1750-1787, No.1804-1840, No.1868-1880, No.1898-1927,No.1955-1981, No.1931-1942

*17:フレデリック・ラル―著、鈴木立哉 訳(2018)『ティール組織 マネジメントの常識を覆す次世代型組織の出現』英治出版社(電子書籍版)No.2004-2007, No.1750-1787, No.1804-1840, No.1868-1880, No.1898-1927,No.1955-1981, No.1931-1942

*18:Buurtzorg “About us

*19:World Workers「〈ティール組織×システムコーチング〉組織の中の一人ひとりに火を灯していく」(2022年07月21日)