「ゴルディロックス効果」に陥らないために ランチタイムを有効に活用するという手があった

社内での世代を超えた円滑なコミュニケーションは、多くの企業にとって課題となっていることでしょう。
互いの本音がわからず、腹の探り合い…
そのようなことに神経をすり減らしてしまう人も少なくありません。

しかしそれは、決して有益な労力とは言えません。
では、若手が本音を話しやすい場所をどうすれば作れるか?
筆者が聞いたある経営者の手腕がヒントになりそうですので、ここでご紹介したいと思います。

「言うべきなのに言えなかった」互いの理由

「はっきりと伝えた方が部下のためになるのに」「はっきり上司に伝えた方が良いのはわかっていたのに」…
そう思いながらも、その場の空気や相手の気持ちを慮りすぎるあまりに、言いたいことを言えないまま微妙な空気感が上司と部下の間に続く。

そのようなことは少なくないでしょう。
上司の側からすると、「厳しくものを言ってパワハラだと思われたらどうしよう」という心配もあることでしょう。

そんな事象についてリクルートマネジメントソリューションズが調査したところによると、「上司・部下に言いたかった/言うべきだったのに言えなかった理由」は、一般社員と管理職でこのようになっています(図1)。

図1:上司・部下に言いたかった/言うべきだったことを言えなかった理由

<出所:「上司・部下間のコミュニケーションのすれ違いとテレワークの影響」リクルートマネジメントソリューションズ>

一般社員と管理職の間で大きく違う項目を見ていきましょう。
一般社員で管理職よりも圧倒的に多いのは、「言っても聞いてもらえないから」「反論されるのが嫌だから」「気分を害するから」「上司が忙しそうで気がひけるから」という項目です。

そして、管理職で圧倒的に多いのが「できる限り、部下の判断に任せたいから」「対面で会う機会がなかったから」となっています。

一般社員の訴え通り、部下が正直にものを言った時に「聞かない」「反論する」「気分を害する」上司がいたとすれば、それは管理職失格といえます。 しかし、すべての管理職が本当にこうした態度を取っているとは思えません。
多くは、「部下が空気を読もうとしすぎている」「自己主張することに慣れていない」という背景があり、その結果として「思い込み」により言いたいことを言えない若手も少なからずいると筆者は考えます。いえ、こちらのほうが多いかもしれません。

「ゴルディロックス効果」とランチタイム

だからといって、「では、今日から若手も言いたいことを言うようにしましょう!」と声をかけたところで、そのような土壌が一朝一夕でできるわけではありません。
時間をかけて、若手に「思ったことを正直に伝えていいんだ」と思わせる意識改革はそう簡単ではないでしょう。

しかし、筆者は先日、ある経営者から参考になる話を聞きました。
それはランチタイムを利用したものでした。

さて、みなさんは複数で食事に出た時、どのような選択をするでしょうか。
丼ものや定食の場合、値段で「松竹梅」のようなメニューがあることは少なくありません。

心理学の理論のひとつに「ゴルディロックス効果」というのがあります。「松竹梅の効果」とも呼ばれます。
このようなシチュエーションに出会うと、多くの人は「真ん中」を選ぶというものです。これは「極端性を回避する」という無意識がそのような選択をさせるのです。

では、上司と若手がランチに出たとしましょう。
多くの若手は、上司が選んだものより高価なものを選ぶことに気が引けてしまう、そんなシチュエーションが多々あります。

「昼に何を食べるか」。
これは、仕事とは違いもっと自由で良いはずです。しかし、そのような「空気」を優先してしまう若手は少なくありません。
あるいは、上司の勧めによって、その通りのものを頼んでしまうということもあるでしょう。

先日、筆者はある経営者と久々に顔を合わせ、「組織の風通し」といったことについて話を聞く時間がありました。

彼は、若手の意見を大事にするために、ランチタイムにこのようなことをするのだそうです。

「一番若い人間に、最初にメニューを選ばせる」。

さて、ここで面白い現象がいくつか起きます。
ひとつは、一番若い社員に最初に意見をさせるという、業務では若手が遠慮しがちな環境が生まれます。

そして、上司の側からすれば、「この店に来たらこれを食べるだろう」という固定概念が出来上がってしまっています。しかし、その店に馴染みのない若手はそんなことはお構いなしです。若手の選択を見て、管理職が目から鱗が落ちる、といった具合です。

若手が頼んだメニューを、じつは上司は食べたことがなかった。その店には自分は長く通っているから「通であるように」「偉そうに」連れてきてしまったけれど、実はその店の他のメニューについて知っているわけではなかった、上司はそうなります。

そして、部下を真似て、これまで食べたことのないメニューを頼んでみたら美味しかった。これが、「若手の意見を受け入れ新しい発見をする醍醐味」とも言えるでしょう。

実は管理職に当たる人は、「食事」という日常のことにも、固定概念が出来上がってしまっているのです。しかも、それに付き合う若手にも「上司はこの店のこの料理が好き」という固定概念が生まれてしまいますから、それを突き破る味に誰もが出会えずにいる、これは組織で起きている現象にぴたりと一致します。

最初にメニューを選んでいいと若手に言ってみたところ、一番高いものを選ぶ社員もいたそうです。そこで上司が面食らう、しかしこれもゴルディロックス効果に縛られた上司にとっては良い「初体験」になるのです。

ランチに何を食べるか選ぶ、そういった小さな日常のなかにも、「意見できる若手」を育て、同時に上司も若手から学ぶという土壌を作るチャンスはあるのだなと筆者は感じたものです。

テレワークを良い機会に

その経営者はランチタイムと同じように、会議でも「若手に最初に発言させ、上まで話を聞いたらもう一度その若手に意思を確認する」という手法を取っているとのことでした。

一見、まわりくどい手続きのようにも感じられますが、「うまく表現できなかっただけかもしれない」可能性も考えるのだといいます。

「言いたいことと少し違ったけれど、上がそういうならそれでいいか」。

このような思考に陥ってしまうと、「どうせ自分が何かを言っても・・・」と感じさせることを繰り返す可能性は確かにあります。また、発言する習慣を身につけなければ、いつまでたってもものごとを上手に伝えられるようにはなりません。

チャットを交え、確認しながら話し合いを進められる今のテレワークは、その若手が何を言いたかったのかを聞き出しやすい、確認しやすい環境とも言えます。

発言が得意な部下もいれば、そうでない部下もいることを念頭に置いた「上司のちょっとした気遣い」が、職場の風通しをよくするきっかけになり得ることでしょう。

この記事を書いた人

清水 沙矢香

2002年京都大学理学部卒業後、TBSに主に報道記者として勤務。社会部記者として事件・事故、テクノロジー、経済部記者として各種市場・産業など幅広く取材、その後フリー。
取材経験や各種統計の分析を元に多数メディアに寄稿中。