優秀な人ほど辞めてしまう理由は?アメフト界の名クォーターバックが語った本音から考える

「優秀な2割から会社を辞めていく」。よく耳にする言葉です。 ただ、企業としては、この現象を「仕方ない」と見過ごし続けるわけにはいきません。

では、優秀な人ほどやめていく背景には何があるのか。どうすれば組織のなかに留まってもらえるのか。

アメフト界で起きた出来事をもとに考えてみたいと思います。

アメフトのスター選手は何を思っていたか

「ほとんどの人には同じルールが適用されるとしても、ごくたまに例外となる選手が現れるものです」。

NFL(全米フットボールリーグ)名門のグリーンベイ・パッカーズで17年もスター選手として活躍しているアーロン・ロジャース選手は、このように語りました。世間で引退やチーム離脱を囁かれていた渦中での出来事です。

ロジャース選手は17年間パッカーズでクォーターバックとして活躍を続けており、NFL史上でも偉大なクォーターバックとして知られています。 2021年シーズンには37タッチダウン、パス成功率68.9%などをマークし*1、また、クォーターバックの成果を見る最も包括的な指標である「キャリアパサー・レーティング」では史上すべてのクォーターバックの中で2位のポジションを占める選手です(2022年6月時点)*2

そのスター選手が現役引退やチーム離脱を噂されるようになった裏には、経営陣とのすれ違いがありました。

スター選手とチームとのすれ違い

ロジャース選手が所属するパッカーズのゼネラルマネジャーであるギュートカンスト氏は、2020年のドラフト会議で、ロジャース選手の攻撃力を強化するようなワイドレシーバーではなく、ロジャース選手の後継者となることを期待されている選手を獲得しました。

この獲得方針が、ロジャース選手とチームとのすれ違いのきっかけになってしまいます。

すれ違いを大きくする出来事はさらに続きます。

この年、パッカーズはワイドレシーバーの新人を一人も獲得せず、スポーツメディアはパッカーズのワイドレシーバー陣が手薄なことについて常にロジャースに質問するようになる。
ロジャースは、2020年9月3日のインタビューで、(彼のパスを受ける)チームメイトのレシーバー4人をほめ称えた。ところがその翌日、ギュートカンストはその4人のうちの一人であるジェイク・クメロウを放出した。

<引用:「ハーバード・ビジネス・レビュー」2022年8月号 p43>

そのクメロウ選手は、すぐさまライバルチームであるバッファロー・ビルズに移ってしまうことになります。

2ヶ月後、この出来事について、ロジャース選手はインタビューでチームへの皮肉ともとれる発言をしています。

「トレード期限内にパッカーズが誰かワイドレシーバーを獲得すると思うか」と質問されたロジャースは、こう答えている。
「私は自分の役割を心得ていますから、誰かを推薦したりはしません。前回、ある選手をほめ称えたら、彼は結果的にバッファロー・ビルズに移ることになりましたから」

<引用:「ハーバード・ビジネス・レビュー」2022年8月号 p43>

さらに悲劇は重なりました。
その後のスーパーボウルをかけた試合での出来事です。
残り時間2分9秒、同点に追いつくタッチダウンが狙えるチャンスが巡ってきたにもかかわらず、パッカーズの監督はロジャース選手にタッチダウンを狙わせなかったのです。

結果としてチームは敗退、ロジャース選手はその後チームの任意活動をすべて欠席、参加が義務付けられているミニキャンプさえも欠席するという行動に出てしまいます。

不満の「本質」は意外なところに

ロジャース選手のこの振る舞いについて、みなさんはどのような印象を受けるでしょうか。

監督の采配に対する当てつけなのか、スポーツ界で時折みられる大スター選手の「悪態」なのか?

じつは、そのどちらでもありません。

口をつぐんでいたロジャース選手がメディアのしつこい質問に対して切り出したのは、このような話でした。

「(バッカーズの)運営組織は、私のことや私の果たす役割について、ただプレー内容でのみ判断しています。しかし、私がNFLで成し遂げたことやチームメイトへの気の配り方、ロッカールームでの存在感、リーダーとしての振る舞い方、チームが関わるコミュニティにおける私の言動などから判断すれば、もう少し私に情報を与えてくれてもいいのではないか、と思えます」

<引用:「ハーバード・ビジネス・レビュー」2022年8月号 p44>

さて、この意見を企業組織に当てはめてみましょう。

だからといって社員は雇用されている存在にすぎない。「スター社員」だからといって他の社員にない権限を与えろというのか?他の社員との平等性はどうするのか?

そう考えてしまうでしょうか。

実際、2020年のドラフト会議でワイドレシーバーを獲得しないという方針は、ロジャース選手には伝えられていませんでした。ロジャース選手がほめ称えたクメロウ選手の放出も突然のことです。

どんな経緯があろうと、社員は会社の決定に従うべきである。
確かに、どんな社員も同様の雇用契約で存在していると考えれば、それは間違ってはいません。
それに、「特別に情報を与える優秀さ」というのはどこで線引きすれば良いのか。さもなければ全ての社員の話を聞かなければならなくなり、きりがない。それも間違いではないでしょう。

ただ、ロジャース選手が「情報を与えて欲しかった」理由は、もう一段深いところにありました。

「みんなの意見を変えられるかどうかはわかりません。しかし、少なくとも話し合いに参加させてもらえれば、自分が必要であり、敬意を払ってもらっていると感じることができるのです」

<引用:「ハーバード・ビジネス・レビュー」2022年8月号 p44>

これは、スターが語るには意外な台詞かもしれません。
しかし、考えてみる必要のある言葉であると筆者は考えます。

優秀さはどこから来るのかという本質

自分の会社で優秀な成績を出す社員がいたとき、その人はじゅうぶんに恵まれた環境にある、と考えられがちです。あるいは、会社としては昇進や給与のアップでその活躍にじゅうぶんに応えている、と考えてしまうかもしれません。

しかし、その人物がなぜ優秀なのか、といったことにはあまり目が向けられません。

なぜその人は優秀なのか。
それは、やはり誰よりも努力をし、自己研鑽し、高い目標を持って事に当たっているからです。
昇進や給与は「結果」に対して与えられるものであり、その人の内面や外から見えない努力に対してじゅうぶんに応えるものにはなり得ないのです。

また、優秀な人物には時として「放置されがち」という特徴もあります。積極的な教育を必要としないからです。
企業は「できない」社員への関与を強めることはあっても、優秀な人物についてはそう多くのケアをしないというケースがよく見られます。

しかし、どんなに優秀な人であっても同じ人間です。
場合によっては「自分の優秀さをタダで搾取されている」と感じる人も出てくるのです。ロジャース選手のように「自分が必要であり、敬意を払ってもらっていると感じる」ことができなくなる人も少なくありません。

スター選手の提案が物語ること

さて、ロジャース選手は紆余曲折を経ながらもパッカーズを去ることはなく、その後の契約に合意しています。
ただ、このような条件をつけていました。注目したい内容です。

それは、契約に縛られる期間を1年減らし、2022年のシーズン終了後はフリーエージェントで契約チームを選べるようにする、というものでした。

ロジャース選手は、最終的に2022年3月には4年の契約延長に合意しており、この契約が終了する時には40代になるためNFLでの選手活動をパッカーズで終えることになりそうです。

しかし、アスリートよりも現役が長い会社員の場合はどうでしょうか。

実は「フリーエージェント」という発想も有効な場合があります。

DeNAでは、会社が後押しする公式なキャリアパスとして、独立・企業・スピンアウトを設けています。そのためのファンドも設立しています*3

それも、組織の大黒柱にあたる優秀な人材に対して南場社長みずから起業を積極的に持ちかけているのです。

毎週、私自ら何人かの社員に「雑談しない?」とSlackでメッセージを送り、時間を合わせて1対1で近況や将来について雑談をします。そして様子を見て、「そろそろ起業しない?」と持ちかけます。ファンドが運営するインキュベーションセンターで起業プランを練り、良い事業案ができたら独立してもらう。誰でも対象なわけではなく、「仕事ができる人材」「成果を出している人材」です。まさに大活躍中の人材をそそのかすので、既存事業部に短期的には恨まれることもあります(笑)。

スポーツチームの場合は「フリーエージェント」によってスター選手が自分のチームを去るのはあまり良いことではないかもしれません。

しかし企業の場合、スター社員をあえて不在にすることで次のリーダーがおのずと生まれてくるのだといいます。他の社員の「目覚め」にもつながるのです。 また、企業の場合であれば、組織の外からスター社員の力を借り続けることもできるのです。

優秀な社員は、時として自社の慣習の中に収まりきれないこともあります。それを既存の枠内にいつまでも縛り続けることはできません。

縁を切られてしまわないためには、優秀な社員の内面の自由さを奪わないことが重要とも言えそうです。

この記事を書いた人

清水沙矢香

2002年京都大学理学部卒業後、TBSに主に報道記者として勤務。社会部記者として事件・事故、テクノロジー、経済部記者として各種市場・産業など幅広く取材、その後フリー。
取材経験や各種統計の分析を元に多数メディアに寄稿中。