50円のソフトクリーム、100円のホットドッグ… IKEAはなぜ店内で激安フードを売り続けるのか

もはや名物となっている、IKEAの激安ソフトクリームやホットドッグ。
売る側から考えてみると、ソフトクリーム50円、ホットドッグ100円というのは、人件費などを考えればおよそ利益率の高そうな商品とは思えません。

しかしなぜ、IKEAはこれらの商品を売り続けるのでしょうか。

実は、ウラには、綿密に計算されたカスタマージャーニーマップがあるのです。

空腹を感じているお客様とビジネスをするのは難しい

IKEAのソフトクリームといえば、いまや「映え」の対象でもあり、筆者の周辺でもSNSでよく写真を見かけます。
青い店舗とソフトクリームの対比は、いつも「ソフトクリーム、おいしそうだなあ」と感じさせるものです。

ソフトクリームやホットドッグなどの軽食を売るビストロだけでなく、IKEAの店舗にはスウェーデン料理をメインにしたレストランも併設されているところがあります。

家具販売店とレストランという組み合わせがまたIKEAの独自性ですが、このビジネススタイルが生まれたのは最近のことではありません。このような経緯があります。

スウェーデン人のイングヴァル・カンプラード氏が1943年に創業したイケアは、日用品の販売からスタート。カタログなどを活用したメールオーダーで事業を拡大し、58年にスウェーデンのエルムフルトに1号店を開業した。

初の実店舗は成功し、多くの来店客に恵まれたものの、1つの課題に気付く。それは、ランチタイムになると来店客の多くが昼食をとるために帰ってしまうということだった。「空腹を感じている人とビジネスをするのは難しい」と実感したカンプラード氏は、解決策としてフードコーナーを開設した。これが現在まで続く、スウェーデンレストランの原型なのだという。

IKEAはリーズナブルな家具を提供する店として知られています。しかし家具という大きな買い物は、店内をひととおり見て回り購入を決定するまでに時間と労力がかかるものです。

途中で「お腹が空いた」となって店の外に出てしまったら、再びあの迷路のような場所で頭を悩ませるのはいやだ、という心理が働き、店に戻らず決断を先送りするという人がいても不思議なことではありません。

中には、購入決定まで「あと一歩」といった来店客もいることでしょう。このような来店客に空腹を理由に去られてしまうのは、あまりにももったいないことです。

一方、IKEAのフードコートやレストランは、途中で甘いものや食事、ドリンクを楽しみながら、それまで見て回った商品について再考したり考えを整理する場所としては最適です。

また、スウェーデン料理の提供というのもひとつのポイントでしょう。
IKEAが醸し出す世界の中に来店客を留め置くことができるのです。そのブランドの魅力に対する魅了が薄れないまま、買い物を再開するという来店客を増やす仕組みです。

IKEAが分析している、入店前からのカスタマージャーニーマップ

しかし、IKEAは単なる「休憩場所」としてフードコートやレストランを設けているわけでもありません。
「カスタマージャーニー」という言葉が世に出てくると、IKEAは顧客の感情を詳細に分析しています(図1)。

図1:IKEAの「カスタマージャーニーマップ」

来店客がIKEAの敷地に入った瞬間から、商品を見て回り、購入して店を後にするまでにいくつの行動を強いられているか。その行動ごとに満足度はどう変化するか。
これを非常に具体的に描いているのが上の図です。

「満足」から「不満足」、あるいはその逆の方向で大きなギャップが生じるシチュエーションをいくつかみていきましょう。

最初の「イメージダウン」は、店舗到着直後に訪れます。

最初の赤丸で示されている「Car park」、つまり駐車場で空きを探すという行動です。確かにこれはあまり楽しい時間ではありません。
しかしこの顧客マインドをすぐさま逆転させるのが「Indoor decoration」つまり店内のディスプレイです。ここで一度気持ちを「アゲ」るのです。

しかし今度は次第に、来店客は「The Round Tour」、長い店内巡りに疲れてしまいます。ただ、その疲れを商品の質や価格設定で再び気分を「アゲ」ていきます。

さて、その後に満足度が崖から落ちるように下がるのが、購入を決めた後の「Self service」です。
IKEAを利用したことのある人はご存じでしょうが、IKEAでは商品購入を決めたら、その番号の商品を自ら倉庫でピックアップしなければなりません。
大きな家具の場合も例外ではなく、巨大なカートに自分で乗せて運ばなければならないのです。これは大きなストレスです。

それでもIKEAは再び来店客の気分を「アゲ」にかかります。ピッキングという一仕事を終えた後、トイレに立ち寄ったら快適であった。その間快適なキッズスペースを利用できた。そして、作業の後に、外に出なくても食堂で休憩できた。これらは気分を上げる要素です。
このような動線を敷き、来店客が致命的に機嫌を損ねる瞬間を生まないよう努力しているのです。

そして、会計を終えると、最後は配送の手配を自分でしなければなりません。これも日時指定など面倒な作業です。

しかし、IKEAはまだカードを持っています。全ての作業を終えた後にソフトクリームというご褒美を用意しているのです。

「いろいろ大変だったけれど、ソフトクリームが安くて美味しかったからよかった」。

長い買い物に付き合わされた子どもたちも、ご褒美のソフトクリームには大喜びかもしれません。 来店客にこのように思わせれば、もうそれはIKEAの思う壺なのです。

自社の商習慣のネガティブな面にも向き合う

IKEAは価格設定をリーズナブルにする代わりに、ピッキングをセルフサービスにする、組み立て式家具である、という特徴を持ちます。

筆者も一度、IKEAで大型の本棚を2種類購入したことがあるのですが、自分でピッキングに行くと相当な重量になります。それを、広い倉庫を探し回って見つけなければならないという労力も伴います。足が棒になりそうでした。

この不便さは、価格を重視したIKEAの「弱点」とも言えます。

しかし、どのようなビジネスでも、何かを優先すれば何かしらのマイナスポイントが生じることは避けられません。
「あちらを立てればこちらが立たず」、それはどのビジネスにも存在します。

ただ、これを時系列で分析し、来店客の機微を見逃さずに動線を理解する。つまり、自社のビジネスモデルにはセルフサービスという不便な面も存在することを認め、ただ、その後来店客の満足度を上げる仕組みを作っている、これがIKEAの手法です。

いまやIKEAのソフトクリームはSNS上では「映え」の要素になるくらいです。そして「あれが50円なのかあ、いいなあ、行きたいなあ」と周囲に感じさせる存在になっています。

「食」から企業理念も披露

さらに驚くべきは、IKEAはフードを通じて自社のSDGsに対する理念も知らしめていることです。

近年、食肉の生産が多くの資源を必要としていることが、畜産の持続可能性に疑問を投げかけています。
そこでIKEAは、植物ベースのメニューもレストランで提供しています。

植物で作る疑似肉はコストがかかるのですが、IKEAはむしろ、植物性のプラントポークを通常のミートボールよりも安くしていると、イケア・ジャパンのカントリーフードマネージャーの佐川季由氏は語っています。

「どんなに地球にいいといっても、おいしくて、かつ安くないと買ってはもらえない。そのため、プラントボールはミートボールよりも100円安くしている」と佐川氏。こうした取り組みもあって、「都心型店舗では販売する食品類の50%がプラントベースになった。他店でも増えており、理解が広まっているのを感じる。食でもサステナビリティーに取り組むイケアの価値観に共感してくださる顧客も多い」という。

良いものをできれば他より安く売りたい、その上で自社のブランディングも向上させたい。
多くの企業が考えることかもしれませんし、非常に難しいことかもしれません。

しかし、顧客の機微を敏感に嗅ぎ取り、冷静に分析してみる。
そのようにして作られた「カスタマージャーニーマップ」の持つ威力を、IKEAの手法からは学ぶことができそうです。

この記事を書いた人

清水沙矢香

2002年京都大学理学部卒業後、TBSに主に報道記者として勤務。社会部記者として事件・事故、テクノロジー、経済部記者として各種市場・産業など幅広く取材、その後フリー。
取材経験や各種統計の分析を元に多数メディアに寄稿中。