品薄続く「ヤクルト1000」 情報過多の時代にあえて取ったマーケティング手法とは

「これを飲むとよく眠れる」。
そうした感想がSNSでたちまち広がり爆発的なヒット商品になっている「Yakult1000」「Y1000」は、いまだに品薄状態が続いています。

「Yakult1000」「Y1000」はヤクルト史上最高密度の乳酸菌シロタ株を詰め込んだという、ヤクルトとしては「技術の粋」と呼べる商品です。

ただ、良い商品が必ずしも売れるわけではない。
そんな時代にあって、かつ従来製品よりも割高な商品をここまでヒットさせた要因は何でしょうか。

「ヤクルト届けてネット」新規申し込みを一時休止

ヤクルトは、インターネットでの申し込みによってヤクルトレディが送料無料で商品を毎週届ける「ヤクルト届けてネット」というサービスを展開しています。

しかし現在、このサービスの新規申し込みを休止している状態にあります(2022年9月16日現在)。

その大きな理由は、「Yakult1000」に注文が殺到していることです。

図1:Yakult1000(宅配商品)とY1000(店頭商品)

<出所:ヤクルト本社

なお、宅配用商品の「Yakult1000」だけでなく、店頭用の「Y1000」もまた、品薄であったり購入個数を制限している店があったり、といった状況が続いています。

ヤクルト史上最高密度の乳酸菌シロタ株を含み、「ストレス緩和」「睡眠の質の向上」を特徴とした、ヤクルトの「技術の粋」とも呼べる商品です。
ただ、課題は宅配商品で130円、店頭商品で150円というのは従来のヤクルト製品からすれば割高に感じる人がいるだろうということです。

現代のマーケティングでは、メーカーとしては良い商品を作ったつもりでも、その価値は実際に商品が売れて消費されるまでは理解されません。いくら一方的に価値を語っても限界があります。

ヤクルトはこの現実と正面から向き合い、これまでと違うアプローチで売り込みを始めていたのです。

火をつけたのは「彼女たち」

自社の技術を詰め込み、臨床実験を経てエビデンスも得ている。
その自慢の一品の価値を正しく伝えるために、ヤクルトが取った手法はこのようなものでした。

「ヤクルトレディにも実際に飲用してもらい、その感想や効果を直接説明してもらうようにした。SNSなどネットの情報が過多になっている今だからこそ、顔を知っている信頼できる人からの説明は大きな力になった」。

SNSでいきなり大風呂敷を広げるのではなく、ヤクルトが独自に持つ販路である「ヤクルトレディとのやりとり」という「小さな口コミ」から販売を開始したのです。それも、地域限定からのスタートです。

価値を伝えるもうひとつの戦略

同時に、店頭販売でも全国一斉の販売を控えているほか、商品を置く店舗の絞り方にも特徴があります。
それは、百貨店や高級スーパーから店頭販売を始めるという手法です。
商品への自信があってこそできることかもしれません。高めの価格で購入しても良いと思える消費者に絞ったとみることもできます。
パッケージに取り入れた高級感もまた、百貨店や高級スーパーにマッチしているでしょう。

「ファンベースマーケティング」という考え方

さて、筆者はそもそもこの商品については、SNSで知りました。直接知っている人の投稿がきっかけです。「ヤク1000」といった愛称も時々目にするあたりが、親しまれている証しでしょう。すると、試しに買ってみようかな、と思ってしまうものです。

ところで、ネットに多くの情報が溢れかえるいま、「ファンベースマーケティング」という言葉が注目されています。

ファンベース研究の第一人者、佐藤尚之氏はその拡散力についてこう述べています。

「世の中に商品や情報やエンタメが溢れかえっている今、『自分にぴったりの商品』や『まさに今の自分に有益な情報』や『自分のツボにハマるエンタメ』にいったいどうやって出会えばいいのだろう。
(中略)
でも、友人が薦めるなら話は別だ。
なぜなら、友人とは『価値観が近い人』だからである。
価値観が近い友人がツボにはまるコンテンツは自分もツボにはまる可能性が高いし、価値観が近い友人が愛用しているモノは自分も愛用する可能性が高いし、価値観が近い友人が熱中するコトは自分も熱中する可能性が高いからだ。

「Yakult1000」「Y1000」もこのような経過をたどったのではないかと筆者は感じています。
高密度にファンを作っていった結果、まさに上記の「ファンベース」のようなことが起きたといえます。「ヤク1000」という愛称まで生まれ、多くの人の親しみの対象にもなったのです。

「羨ましさ」が生むブランドへの意識

似たような形でヒットを生んだ商品の事例として、エナジードリンク「モンスターエナジー」を挙げてみたいと思います。

日経クロストレンドの2019年の記事によると、エナジードリンクの世界シェアのトップは「レッドブル」ですが、国内のドラッグストアやスーパーのPOSデータでは、「モンスターエナジー」が大差でレッドブルをリードしているといいます*1

モンスターエナジーは、ゲリラ的に無料配布を始めるというマーケティング手法を取りました。

すると、

「モンスター配ってた!」

配っている場所に偶然に遭遇し商品を手に入れた人が、どんどんSNSに写真つきの書き込みをしていきます。
それを見た他のユーザーの中には「羨ましいなあ」と感じる人が出てきます。たとえ「モンスターエナジー」という商品を試したことがなかったとしてもです。
「よくわからないけれど、なんだか羨ましい」のです。

特にエナジードリンクを購入する人や興味がある人には「刺さる」投稿になることでしょう。

しかも、どこに行けばもらえるのかはゲリラ的に決められます。狙って遭遇できるものではありません。その神出鬼没さが「ブランドへの興味」を高めていくのです。

もちろん、幸運にも手にした人には、直接商品を体験してもらえます。

情報過多の時代こそヒットした「高密度」マーケティング

ヤクルトは老舗として、モンスターエナジーは新参として、という真逆の立場にあるものの、これら商品のヒットに共通しているのは「狭い範囲」「高密度」から始め、それが結果的にはバズにつながったという点です。

SNSを利用したマーケティングは身近なものになり、企業としても負担の少ない手法となりました。しかし逆に、今度はSNS上にプロモーションが溢れすぎてしまい、ユーザーを飽きさせるものにもなりつつあります。

先にも述べたように、「メーカーが良いと思って売っているものが必ずしも売れるわけではない」時代です。

商品の価値を伝えるには、古くて新しい手法も時には必要と言えそうです。

この記事を書いた人

清水沙矢香

2002年京都大学理学部卒業後、TBSに主に報道記者として勤務。社会部記者として事件・事故、テクノロジー、経済部記者として各種市場・産業など幅広く取材、その後フリー。
取材経験や各種統計の分析を元に多数メディアに寄稿中。