2019年施行の改正労働基準法によって導入された「高度プロフェッショナル制度」は、賛否両論を集めつつも、多様な働き方の選択肢の一つとして注目されていました。
導入から3年余りが経過し、報道などでもその名称を耳にすることは少なくなりましたが、各企業において高度プロフェッショナル制度はどのように実施されているのでしょうか?
今回は高度プロフェッショナル制度について、厚生労働省が公表しているデータを基に、普及状況や従業員の満足度などの現状をまとめました。
高度プロフェッショナル制度とは?
「高度プロフェッショナル制度」とは、対象労働者につき、労働基準法における以下のルールを適用除外とする制度です(労働基準法41条の2)。
- 労働時間
- 休憩
- 休日および深夜の割増賃金
高度プロフェッショナル制度によって期待される効果
高度プロフェッショナル制度を導入すると、使用者は対象労働者に対して残業代を支払う必要がなくなります。
その一方で対象労働者は、労働時間に縛られない自由な働き方が可能となることが期待されます。
会社が講ずべき健康管理措置
高度プロフェッショナル制度の対象労働者は、残業代や労働時間の制約がなくなることで、対象労働者が「働きすぎ」の状態に陥ることが懸念されます。 そのため、使用者には以下の健康管理措置が義務付けられています(労働基準法41条の2第1項第3号~第6号)。
(1)対象労働者の健康管理時間(≒労働時間)を把握する措置を講ずること
(2)対象労働者に対して、1年間を通じて104日以上、かつ4週間を通じて4日以上の休日を与えること
(3)以下のいずれかの措置を講ずること
・11時間以上の勤務間インターバルを確保し、かつ深夜労働を1か月に4回以内に制限すること・健康管理時間の上限を設けること(1週間あたり40時間を超えた時間について、1か月につき100時間以内、または3か月につき240時間以内)
・年1回以上、連続2週間の休日を与えること(ただし、本人が請求した場合は連続1週間の休日を年2回以上与えることも可)
・健康管理時間が一定の時間を超えた対象労働者に対して、臨時の健康診断を実施すること
(4)(3)の措置を1つしか講じない場合は、以下のいずれかの措置を講ずること
・医師による面接指導・代償休日または特別な休暇の付与
・心とからだの健康問題についての相談窓口の設置
・適切な部署への配置転換
・産業医などによる助言指導または保健指導
高度プロフェッショナル制度の対象業務・年収要件
高度プロフェッショナル制度を適用できるのは、以下の対象業務のいずれかに従事する労働者に限られています(労働基準法41条の2第1項第1号、同法施行規則34条の2第3項)。
(2)ファンドマネージャー、トレーダー、ディーラーの業務
(3)証券アナリストの業務
(4)コンサルタントの業務
(5)新たな技術、商品または役務の研究開発の業務
さらに、労働者の見込み年収が1,075万円以上でなければ、高度プロフェッショナル制度を適用することはできません(同法41条の2第1項第2号ロ、同法施行規則34条の2第6項)。
高度プロフェッショナル制度を導入する際の手続き
会社が高度プロフェッショナル制度を導入する際には、労使委員会決議を経る必要があります(労働基準法41条の2第1項)。
労使委員会を構成する委員は、労働者側の代表が半数以上を占めなければなりません(同条3項、38条の4第2項第1号)。また、決議には委員の5分の4以上の賛成が必要です。
さらに、高度プロフェッショナル制度を適用する労働者からは、個別の同意を得る必要があります。
データに見る高度プロフェッショナル制度の現状
導入から3年余りが経過した高度プロフェッショナル制度について、厚生労働省労働基準局は、最新の実施状況等に関する報告資料*1を公表しています。
同資料のデータに基づき、高度プロフェッショナル制度の現状をさまざまな角度から分析してみましょう。
※各データは2022年3月末時点のものです。
●高度プロフェッショナル制度の対象労働者数・決議事業場数
業務の種類 | 労働者数 | 決議事業者数 |
---|---|---|
金融商品の開発の業務 | 0人 | 1事業場 |
ファンドマネージャー、トレーダー、ディーラーの業務 | 78人 | 6事業場 |
証券アナリストの業務 | 34人 | 6事業場 |
コンサルタントの業務 | 550人 | 14事業場 |
新たな技術、商品または役務の研究開発の業務 | 3人 | 3事業場 |
コンサルタントが在籍する事業場(コンサルティングファーム)では、高度プロフェッショナル制度の導入が比較的進んでいるようです。
それに次いで、ファンドの運用会社や証券会社などの一部においても、高度プロフェッショナル制度が導入されている状況が窺えます。
一方、研究開発業務に関する高度プロフェッショナル制度の導入はほとんど進んでいません。
研究開発部門は、比較的多くの会社が抱えていると思われますが、年収要件(1,075万円以上)を満たす従業員が少数であるなどの原因が考えられます。
対象労働者の健康管理時間の状況
業務の種類 | 1か月当たりの健康管理時間(最長) | 1か月当たりの健康管理時間(平均) |
---|---|---|
ファンドマネージャー、トレーダー、ディーラーの業務 | 100時間以上200時間未満:0事業場 200時間以上300時間未満:5事業場 300時間以上400時間未満:1事業場 |
100時間以上200時間未満:3事業場 200時間以上300時間未満:3事業場 300時間以上400時間未満:0事業場 |
証券アナリストの業務 | 200時間以上300時間未満:3事業場 300時間以上400時間未満:2事業場 |
200時間以上300時間未満:4事業場 300時間以上400時間未満:1事業場 |
コンサルタントの業務 | 100時間以上200時間未満:0事業場 200時間以上300時間未満:4事業場 300時間以上400時間未満:4事業場 400時間以上500時間未満:2事業場 |
100時間以上200時間未満:2事業場 200時間以上300時間未満:7事業場 300時間以上400時間未満:1事業場 400時間以上500時間未満:0事業場 |
新たな技術、商品または役務の研究開発の業務 | 100時間以上200時間未満:0事業場 200時間以上300時間未満:3事業場 |
100時間以上200時間未満:3事業場 200時間以上300時間未満:0事業場 |
高度プロフェッショナル制度の対象労働者の健康管理時間(実質的な労働時間)は、平均値を見ると「100時間以上200時間未満」が8事業場、「200時間以上300時間未満」が14事業場となっています。
フルタイム勤務であることを前提にすると、「100時間以上200時間未満」の残業時間数は0~30時間程度、「200時間以上300時間未満」は30時間~130時間程度となります。 高度プロフェッショナル制度の対象労働者の労働時間は、比較的長くなる傾向にあるようです。
対象労働者の年収分布と年収の変化
<高度プロフェッショナル制度適用後の年収>
1,075万円未満 | 2.2% |
---|---|
1,075万円以上1,500万円未満 | 55.2% |
1,500万円以上2,000万円未満 | 26.3% |
2,000万円以上 | 16.4% |
<高度プロフェッショナル制度適用後の年収総額の変化>
上がった | 29.8% |
---|---|
やや上がった | 28.9% |
ほぼ同じ | 36.9% |
やや下がった | 1.3% |
下がった | 3.1% |
高度プロフェッショナル制度の適用前後の年収を比較すると、適用後に年収が「上がった」「やや上がった」との回答が計58.7%で、「やや下がった」「下がった」の計4.4%を大きく上回りました。
高度プロフェッショナル制度の適用開始に当たり、会社側から対象労働者に対して、年収アップなどのインセンティブが提示されるケースが多いことが窺えます。
対象労働者の満足度
満足している | 45.8% |
---|---|
やや満足している | 41.9% |
やや不満である | 9.5% |
不満である | 2.8% |
対象労働者の間では、高度プロフェッショナル制度適用の満足度は、総じて高くなっています。
「高プロ制度の適用により自由で創造的な働き方ができているか」という質問に対しては84.3%、「現在の高プロ制度での働き方は成果や働きがいに繋がっているか」という質問に対しては82.3%が肯定的な回答をしています。
「現在の健康状態」については「よい」と「まあよい」が計71.3%、「ふつう」が21.3%と、大多数の対象労働者は健康を維持できているようです。
高度プロフェッショナル制度は、裁量や働きがいなどについて満足度を高める一方で、長時間労働などによる健康状態への悪影響も、少なくとも顕著には見られないようです。
まとめ
導入から3年以上が経過した現在、高度プロフェッショナル制度が多くの企業へ普及しているとは必ずしも言えない状況です。
しかし、実際に高度プロフェッショナル制度の適用を受けた労働者の満足度は、総じて高い傾向にあります。証券会社やコンサルティングファーム、研究開発部門を抱える会社などでは、働き方改革の有力な選択肢といえるでしょう。