「何かヒットにつながるアイデアが欲しい!」
そう思いながら、必死に競合や顧客アンケートの結果を分析して、今までにないアイデアを求める担当者も多いでしょう。
しかしそれだけ努力しても、革新的な売れるアイデアというのは、なかなか出てきにくいものです。
どうしてアイデアは出にくいのか、また、革新的な商品やサービスを生み出すコツはないのでしょうか。
今回は人間の思考のクセについて取り上げ、常識にとらわれずに発想を広げる考え方を見ていきましょう。
なぜ良いアイデアは生まれにくいのか
売上を増やそうとなった時に、まず何を思い浮かべるでしょうか?
「値引き」や「クーポン」といった従来からある販売促進のやり方を思い浮かべる人も多いはずです。
これらの手法は、新しい商品やサービスを開発するのに比べると、簡単に実行でき、結果も予測しやすいものです。
一見すると合理的に見えますが、やり過ぎてしまうと売上は増えても肝心の利益の方が確保できなくなってしまうということになりかねません。
従来の社会科学の分野においては、人間はおおむね合理的であり、その考えはまずまず理にかなっているということが前提とされていました。
しかし実際には、「ヒューリスティクス」と呼ばれる無意識下での思考の単純化や、20種類ほどの「バイアス」と呼ばれる思考の偏りがあることが分かっています*1。
合理的に考えて判断しているつもりでも、無意識下ではヒューリスティクスやバイアスの影響を受けてしまうのです。
人間は、自分にとってわかりやすいものや、楽な選択肢を選ぶことで、無意識的に考えることを節約しようとします。
常識に沿って考えてしまい、突拍子もないような考えを避けてしまうのは、その一例と言えるでしょう。
そこで、新しいアイデアを生み出すためには、ヒューリスティクスやバイアスを排除し、ゼロから物事を考えるという「ゼロベース思考」が必要になってきます。
「そもそも目的は何なのか?」「それは本当か?」「本質は何か?」といったことを突き詰めて考えることで、革新的なアイデアを生み出すきっかけがつかめるでしょう。
「そもそも何のためなのか?」「どんな状態になりたいのか?」まで突き詰める
人間は無意識的に考えることを節約し、それによって無駄なエネルギーを使ってしまうのを避けたり、素早く判断を下せるようにしています。
そのため、何かをしようとするたびに「この目的は何なのか?」ということを毎回確認するという面倒なことはしません。
油断すると惰性に流されてしまい、目的を見失ってダラダラと同じことを繰り返してしまったり、本来のあるべき姿からかけ離れた方向へ行ってしまうということになりかねません。
新しいアイデアを生み出すためには原点に立ち返り、自分たちが扱っている商品・サービスは何のためにあるのか、また、それがあることで、どのような状態を実現させたいのかまで突き詰めて考えることが重要です。
事業を再定義して売上を伸ばし、顧客の課題も解決したホギメディカルの事例
ホギメディカルは、注射器、メス、縫合糸など、手術に使う消耗品を扱う医療製品メーカーです。
この企業は当初、多岐にわたる製品を一点一点ドクターに勧めるということをしていました。
自分たちは「注射器やメスというモノ」を売る業者だという認識だったのです。
目的を忘れてモノに執着していたのでは、顧客が喜ぶようなアイデアというのは出てきにくいものです。
そこである時、ホギメディカルは、
「自社はなんのために存在するのか?」
「顧客はなぜ自社の製品を買ってくれるのか?」
という目的を見つめ直し、顧客が欲しいものは
「手術を安全に、短時間で行うコト」
であると気づきました。
そこからさらに踏み込んで、顧客が本当にありたい状態は、
「1日の手術件数を増やし、病院経営(事業収益)を改善するコト」
という真の目的にたどり着き、これに基づいて事業を再定義したのです。
その結果生まれたのが、白内障の手術で使う42点の消耗品を一つのセットにした「白内障キット」をはじめとする、さまざまな疾病の手術キットです。
これらのキットが開発されたことで、手術の準備時間は平均76分から10分に短縮され、病院1日の手術数は7件から21件に増やすことができました*2。
新しい商品やサービスの開発となると、多くの場合は、競合他社を意識し過ぎるあまり性能アップや価格の面での競争になりがちです。
また、昨今の複雑化する経営環境の中では、顧客でさえ自分たちが求めているものに気づいていないということもあります。
そんな時には、目的を超えた「真の目的」まで深掘りして考えることで、その真の目的を実現させるためのアイデアが見えてきます。
常識に縛られずに、お客様の視点・立場で考えてみる
常識的に物事を考えることは、思考の節約になる半面、どうしても新しいアイデアが出づらくなってしまいます。
常識にとらわれずに発想するためには、ゼロから考え直してみるということ以外にも、思考の枠組みを変えてみるというのも有効です。
同じ物事に対して違った角度から解釈し直してみることは、心理学的には一般に「リフレーミング」と呼ばれています。
具体的に、どのようにして物事をとらえ直し、それをどう生かしていけばいいのでしょうか。
顧客の心理を読んで売上を伸ばしたセブンイレブンの事
「冷やし中華」と言えば、常識的に考えると夏の食べ物です。
そうなると、販売時期も夏に限られてきます。
しかしながら、「冷やし中華は、夏にしか売れない」という考えは、本当でしょうか?
季節に関係なく暑いと感じれば、何か冷たいものを食べたくなるのは、人間の自然な心理です。
そこに着目したのが、セブンイレブンの創業者である鈴木敏文氏です。
鈴木氏は、過去の統計データなどから、冷やし中華の実際の販売ピークは真夏の八月ではなく、六月下旬から七月上旬にあることを突き止め、「暑いと感じたら、冷やし中華を食べたくなる」と結論付けました*3。
このようにして「冷やし中華は、暑いと感じたら食べるものだ」と解釈し直せば、季節に関係なく気温の高い日は売るという選択肢が出てきます。
年間を通して販売するようになれば、夏場限定で販売するよりも販売数量は格段に違ってきます。
先ほどのホギメディカルの事例でもそうですが、お客様が本当に欲しいものを顧客目線で考え抜くというのが重要です。
同じ商品であっても、捉え方を変えることで新たな需要を生み出し、売上も変わってきます。
アイデアを得るためには、思い込みや前提条件を排除することがいかに重要であるかがお分かりいただけるのではないでしょうか。
引き算が生み出すヒット商品
新しい商品やサービスを生み出そうとする時によく行われるのが、既存のものを改良したり、異なったものを掛け合わせるといった「足し算」や「掛け算」的なやり方です。
一方、何かを削り取って新しいものとして生まれ変わらせるという「引き算」的なやり方は、あまり多くありません。
その理由として考えられるのが、人間は利得よりも損失の方を強く感じてしまう心理があることがあげられます。
損失回避の心理によって、一度手にしたものは手放すのが難しくなってしまう「保有効果」も知られています*4。
削るとなると、「本質的な部分は、どこなのか?」を理解していなければなりません。
うっかり大事な部分まで削り取ってしまい、後悔するようなことになりたくないという心理が働き、削るということに対してブレーキがかかってしまいます。
足し合わせや、掛け合わせによって新しいものを作り出していくやり方の方が、後悔する心配が少なくて楽なのです。
引き算によって新しいものを生み出すのは、難しいものです。
しかしながら、引き算によって生み出されたものは、シンプルで洗練された美しいものとして、多くのユーザーに受け入れられやすくなります。
iPhoneやiPodの事例
iPhoneと言えば、ジョブズが生み出した世界的な大ヒット商品です。
革新的だったのは、それまで当たり前にあったダイヤル用のボタンが無くなったことです。
電話からダイヤル用のボタンを無くそうなどという発想は、なかなか出てくるものではありません。
そのような発想ができたのは、ジョブズは、本質を理解していたからだと言えます。
電話は、離れた相手と通話するのが目的です。
相手の電話番号さえちゃんと入力できさえすれば、ボタンにこだわる必要はないのです。
携帯用音楽プレーヤーであるiPodでも、同じことが言えます。
音楽を聴くなら、カセットテープやCDといったメディアが必要になるのではないかと考えてしまいがちですが、それだと外出先で好きな音楽を聴くのに多くのメディアを持ち歩かなければならなくなり面倒です。
一旦カセットテープやCDといったメディアのことは忘れ、「好きな時に、好きな場所で、好きな音楽を楽しむには、どうすればいいのか?」をゼロベースで考え抜いた結果が、大容量の記憶装置に音楽をダウンロードして持ち運ぶという方法だったのではないでしょうか。
今までにない革新的な商品やサービスを開発するというのは、容易なことではありません。
油断するとすぐにヒューリスティクスやバイアスに引っかかってしまい、アイデアが生まれにくくなってしまいます。
「顧客の真の目的は、何なのか」というところまで掘り下げ、意識的にゼロベース思考で考えるというのが重要です。
革新的な商品やサービスの開発のために、ぜひ意識してみてはいかがでしょうか。
*1:参考:「ファスト&スロー(上)」、ダニエル・カーネマン著、P22
*2:参考:「シンプルに結果を出す人の5W1H思考」、渡邉光太郎著、P24,25
*3:参考:「鈴木敏文がやっている「お客様心理」の読み方」、伊敷豊著、P134,135
*4:参考:「知識ゼロからの行動経済学入門」川西諭著、P54,55,58,59