値上げ時代の救世主になるか? 「ダイナミックプライシング」の導入事例と注意点とは

あらゆるものの値上げが連日ニュースで報じられている中、「ダイナミックプライシング(DP)」という言葉を耳にした方も、多いのではないでしょうか。

ここでいう「ダイナミック」は、「動的」という意味です。
商品やサービスの売れ行き予測と販売状況に応じて「動的に」価格を変動させるのがダイナミックプライシングの基本的な考え方です。
数量ベースでの売上を増やす効果のほか、近年はAIの精度向上もあって価格設定や変更がしやすくなっています。

今回はこのダイナミックプライシングについて、どのようなものなのか、導入事例や注意点について見ていきましょう。

ホテル・ツアー予約ではすでにお馴染み

実は、ダイナミックプライシングという考え方そのものはそう新しいものではありません。

ホテルや航空券などの場合、週末や連休の「繁忙期」と平日の「閑散期」によって価格が違うのは昔からの慣習です。
そして価格変更がよりリアルタイム化されているものもすでに存在しています。

筆者は海外のホテルを予約する際によく利用しているホテル予約サイトがあるのですが、そこでは15分おきに価格が更新されていきます。
海外の企業が運営しているサイトですが、まさに同じホテルを閲覧している人数や予約状況をリアルタイムに反映し、価格がどんどん変わっていく「ダイナミックプライシング」の典型です。

また国内のホテル予約サイトでも、近年は「何人が閲覧中」「何人が予約しました」というリアルタイム情報が表示されるものが出てきています。

リアルタイムデータを取得し、それを活用する仕組みは、旅行業界では当たり前のように取り入れられています。

国内ではANAも、旅行予約サイト各社と提携し、「ダイナミックプライシング」を全面に押し出しています(図1)。

図1:ANAのパッケージツアー案内サイトより

<出所:ANA

確かに旅行業界であれば、ある程度需要予測はしやすいといえるでしょう。
コロナ禍の混乱を除けば、平日と週末・連休など暦日による需要の違いは明らかです。
夏休みや年末年始では、新幹線でもあらかじめ異なる料金設定がされています。

そしてダイナミックプライシングは、より精密な形で他の業界でも導入されつつあります。

テーマパークや家電・・・広がるダイナミックプライシング

ここでは事例として、テーマパークと家電量販店についてご紹介したいと思います。

チケット代に1400円の開き

まず、テーマパークです。

ユニバーサル・スタジオ・ジャパン(以下、USJ)はテーマパーク業界でダイナミックプライシングを導入した先駆けです。
曜日やイベントの有無によって入場料金を変えており、大人料金では最高価格が9800円で、最低価格と1400円もの開きがあります*1

ここで考えられるメリットは2つです。

まず、入場者の少ない平日に、「お得感」をウリに集客効果が見込めることです。テーマパークは人が入らない日でも光熱費の支出は続きます。そこで平日も含めた「人数ベース」での売上を増やし、利益の確保に繋げるという一面です。

また、混雑の緩和につながると同時に、これまでは入場料を割高に感じて足を運ぶことのなかった潜在顧客の掘り起こしにもなるでしょう。

かつ、アトラクションの待ち時間を避けたいと感じる子連れ層などには魅力的に映る可能性があります。

またUSJでは、2019年1月のダイナミックプライシング導入に続き、2022年10月には大人料金の最高価格を400円引き上げたことも、注目すべきでしょう。
2022年11月以降、9800円、8900円、8400円の3種類があり、大型イベントの有無などの需要予測に応じて価格を設定しているという状況です。

多様な料金設定は、顧客のUSJへの関心度に応じる形とも言えます。そこからコアファンを増やしていくことができれば、ブランド力の向上にも繋がることでしょう。

家電業界では人手不足にも対応

また、他にダイナミックプライシングが浸透しつつある業界として、家電量販店があります。
まず先陣を切ったのがノジマです。

ノジマは2019年に約140万枚の「電子棚札システム」を全184店舗に導入完了しています(図2)*2

図2:ノジマで導入済みの電子棚札

「電子棚札システム」は、紙のポップではなく電子ペーパーの値札で、かつ社内システムと連動しており、価格の一括更新やセール、商品情報をスピーディーに更新することができます。

これにより、需給や他店との競合状況で価格をその都度変更するダイナミックプライシングを実現しているのです。

また、ビックカメラも電子棚札によるダイナミックプライシングの導入を始めています*3

背景には2つの事情があります。

まずひとつは、Amazonなどの台頭です。Amazonで商品を購入する時、偶然にも値引きに遭遇したという人は少なくないのではないでしょうか。この柔軟性はネット通販の強みです。

米国版アマゾンでは1日の価格変更が250万回に上るとの調査もあるといいます*4。日本では楽天が4月、出店事業者向けに需給予測に応じた自動値付けの機能提供を始めています。

そして、人手不足の解消という面もあるといいます*5

ダイナミックプライシングで他社と競合していく場合、価格の変更頻度は大きな要素になります。しかし、人手でポップの更新を行うとなると、限界があるのです。
その点、本部で価格を一括更新し、それが店頭の値札にすぐ反映されるシステムの構築は、人手不足の解消にもつながるというわけです。

また、小売店の場合、来店していながらもスマホなどで別の店舗の価格と比べるという人もいます。そこでPOSデータや他店情報などとをリアルタイムで紐付けにすることによって、秒単位の競争に乗るという面もあるでしょう。

ダイナミックプライシングの注意点

一方で、ダイナミックプライシングの課題を指摘する声もあります。
もともとロイヤルティの高い顧客との関係に変化が起きてしまうというリスクです。

星野リゾートの星野佳路代表はダイナミックプライシングについてこのように述べています。

例えば、Aさんが9月1日に、11月20日の宿泊を5万円で予約したとしましょう。しかし、11月20日が近づいても予約があまり埋まらなかったため、施設は10月15日以降に3万5000円まで値下げして売り切ろうとします。それを知ったAさんは、「自分も直前に予約すれば1万5000円安く泊まれたのに損をした」と後悔するでしょう。
こうなるとAさんは、自分が支払った5万円に見合ったサービスを受けていたとしても、釈然としない気持ちになります。同時に、それ以降施設が提示する価格を信頼しなくなるでしょう。市場全体がそれを認識すると早い段階での予約が入らなくなってきて、不安のあまり価格を下げるケースが頻発するという悪循環が発生します。

このように、ダイナミックプライシングに対する考え方はさまざまです。
しかしあらゆるものの値上げが続く中で、必要なものや欲しいものは少しでも安く手に入れたい、という消費者心理があるのもまた事実です。
その意味では、数量ベースで売上を向上させ、収益を少しでも上げる効果が期待できるのもまた事実です。

このようにダイナミックプライシングは、企業の業種や目指す方向によって、良くも悪くも作用するという特徴があります。

モノの買い控えが今後拡大しそうな中で、ダイナミックプライシングでうまく収益を上げていくには、明確な目的やビジョンの決定がまず必要といえそうです。

この記事を書いた人

清水沙矢香

2002年京都大学理学部卒業後、TBSに主に報道記者として勤務。社会部記者として事件・事故、テクノロジー、経済部記者として各種市場・産業など幅広く取材、その後フリー。
取材経験や各種統計の分析を元に多数メディアに寄稿中。