新型コロナウイルスによるパンデミックの影響を免れた企業は、規模の大小を問わず皆無でした。
この世界的な危機により、様々な産業がほぼ停止状態に陥り、大小様々な企業が適応と進化を余儀なくされています。
そんな中、EC業界の希望の的となったのがライブコマースです。
中国での爆発的な成功以来、日本でも盛り上がりを見せており、今後の市場拡大が期待されています。
今回は、このライブコマースの可能性を事例とともに探っていきます。
ライブコマース市場規模は中国で30兆円以上
日経BP社の「トレンドマップ2022年上半期キーワードランキング」によると、前回調査より「将来性」のスコアが上昇したマーケティング分野のキーワードとして、「ライブコマース」が上位にランクインしています*1。
ライブコマースとは、ライブ映像の配信を通じて商品を販売するオンラインショッピングの手法です*2。
視聴者はライブ配信の解説を見て気に入った商品があれば、そのままEC(電子商取引)で購入できます。
テレビショッピングと似ていますが、インターネットを利用することで、双方向性を持たせているのが特徴です。
先行している中国での市場規模は30兆円を超えると予想され(2021年)*3、一般的な販売方法として定着しつつあります。
ライブコマースのカギは高いエンターテインメント性
ライブコマースでは、販売を担当するライブコマースの販売員(ライバー、ライブコマーサー)がチャット機能などを使って、視聴者からリアルタイムに質問やコメントを引き出し、それに答えることで情報を補完しています。
視聴者とともにライブを盛り上げていく仕組みで、ライバーの魅力と、エンターテインメント性の高い演出が特徴です。
中国消費者協会が行った調査でも、ユーザーになった理由として「雰囲気が盛り上がっている」「注文する顧客が多い」などが挙げられています。
ライブ映像の視聴が目的だった消費者が、視聴するうちに商品に興味を持ち、購入に至るケースがあることがうかがえます。
ライブコマースは、「視聴者を直接、消費者に変えられる」EC手法と言えるでしょう。
ライブコマースが中国で拡大した3つの理由
中国でライブコマース市場が急拡大したのは、コロナ禍を契機とした巣ごもり需要の拡大が大きな要因です。
他にもライブコマースは以下のような理由から、消費者だけでなく、売り手にも受け入れられると考えられています*4。
楽しい買い物体験ができる
ライバーは商品紹介だけでなく、消費者からのリアルタイムのチャットメッセージに応えるなど、消費者の要望を即座に実演でき、消費者にとって楽しい購買体験となります。
影響力のある著名人やインフルエンサーを起用したライブコマースは、視聴者やファンを購買に結びつけるなど、高い販売力を持っています。
しかし、出演料などコスト面の課題から、現状の中国ライブコマースは、出店する店舗の店長や店員、生産者が自ら「ライバー」をするケースが大半を占めています。
彼らは有名人ではありませんが、豊富な商品知識を持っているため、消費者からの信頼を得ています。
双方向のコミュニケーションによる安心感
ライブコマースでは、販売者と直接、リアルタイムで双方向のコミュニケーションができるため、消費者は商品に関する質問ができ、オンライン購入に伴う様々な不安を大きく軽減できます。
中国でユーザー数が拡大した大きな要因として、コロナ禍で出荷が遅れた農産物を生産者が消費者に直接販売する「産地直送ライブコマース」が増加したことが挙げられます。
価格の割安さに加え、ライブコマースを通じて商品の生産過程を可視化、つまり生産者の顔が見える販売方法となったことで、消費者の商品に対する信頼感や安心感が高まり、売上増につながりました。
売り手は場所を選ばず販売できる
ライブコマースは、生産地や店舗、自宅など、さまざまな場所から行えるという特徴があります。
販売者にとっては、場所にとらわれずに売上を伸ばせることがメリットであり、拡大要因の一つとなっています。
例えば、中国のある店舗がコロナ禍で店舗営業を停止せざるを得なくなった際、従業員は自宅からライブコマースを開始しました。
1日平均の視聴者数は1万5千人に達し、これは半年間の店舗での接客数と、2週間の売上高に匹敵するものです。
また、上海に店舗がないにもかかわらず、上海からの購入が上位を占めるなど、思わぬケースも生まれています。
日本企業の取り組み事例
一方、日本でのライブコマースの状況はどうでしょうか。
例えば、花王ではライブコマースの専用スタジオを設置し、積極的に配信しています*5。
ライブコマースは、従来の百貨店の対面接客とはアプローチが異なるため、美容部員のライブコマース研修も行っています。
ライブ配信では、「触れる」「香る」といった売り場ならではの顧客体験を提供することが難しいため、映像で五感を伝えなければなりません。
それぞれを言語化するだけでなく、見る人の立場に立った見せ方を身につける必要があるのです。
2025年までに約5,500人の美容部員全員をオンライン接客できるように教育し、ニーズが高まっているオンライン接客の質を向上させ、オフラインと融合させた販売戦略を推進しています*6。
ライブコマースでファンを育てる
ライブコマースは、消費者が「新しい顧客体験」をするための場であることを踏まえ、商品の購入と消費者体験をいかに結びつけるかを考える必要があります。
例えば、『売れる「ライブコマース」入門』の著者である松村夏海氏は、「視聴者とともに作り上げる体験の共有」を推奨しています*7。
食べ物を売りたいのであれば、実際に料理を作って、その料理体験を視聴者と共有する。洋服であれば、コーディネートのプランニングに視聴者が参加することで実現できるかもしれません。
商品知識の押しつけではなく、共有感こそが購買意欲を引き出します。売り急ぐよりも、視聴者との対話を優先したほうが、ファンになってもらいやすいのです。
ライブコマースビジネスは新規参入が相次ぎ、競争が激化していくことが予想される中、ライブコマースで成功するためには、「ファンの育成」という意識が欠かせません。
単なる消費の場ではなく、ファンコミュニティが形成できるライブコマースが支持される可能性が高いと考えます。
ライブ配信=売上と考えがちですが、ライブ配信は新規顧客を増やすというよりも、企業や商品、ブランドとの「接点」を強化するためのコミュニケーションツールと考えるのが適切ではないでしょうか。
*1:注目キーワード上位に『EC、D2C、ライブコマース』がランクイン 日経クロストレンドが「トレンドマップ2022上半期」発表 | 日本ネット経済新聞|新聞×ウェブでEC&流通のデジタル化をリード
*2:拡大する中国のライブコマース市場 三井物産戦略研究所 p1
*3:ライブコマース最前線、生配信が売り方を変える:日経ビジネス電子版
*4:拡大する中国のライブコマース市場 三井物産戦略研究所 p4-5
*5:花王、ライブコマースの専門部署 美容部員を教育: 日本経済新聞
*6:花王、美容部員全員にオンライン接客研修 名称も変更: 日本経済新聞
*7:「売れない時代」の突破口 ライブコマースの可能性|日経BizGate