拡大するヘルスツーリズムの最新動向

日常から離れた体験を味わうことのできる旅。

私たちの生活に新たな視点や刺激を与えるだけでなく、心身の健康にも多くの恩恵をもたらします。これまで、旅行の主な目的はレジャーや文化体験、あるいはビジネスであると考えられていましたが、近年ではヘルスツーリズムと呼ばれる、Well-bingを重視した新たな旅行トレンドが急速に拡大しています。

ヘルスツーリズムには、大きくウェルネスツーリズムとメディカルツーリズムがあります。本記事では、ヘルスツーリズムのうち、主にウェルネスツーリズムに着目し、その特徴、最新の動向、市場の成長と未来の展望について解説します。

成長するヘルスツーリズム市場

日本におけるヘルスツーリズム市場規模は、2019年に約2兆8,600億円の規模を記録し、2025年に約3兆6,700億円、2030年には 約4兆5,200億円に達する見通しです*1

円安の影響もあり、海外からの旅行者は急増しています。日本政府観光局によれば、2024年9月の訪⽇外客数は2,872,200人、前年同月⽐では31.5%増、2019年同月⽐では 26.4%増。8か月連続で同月過去最高となりました。また、9月までの累計は 26,880,200人で、前年の年間累計である25,066,350人を既に上回っています*2

また、日本人の国内旅行者数も物価高により2024年7月、8月と旅行控えの傾向がみられる一方、新型コロナパンデミック前の2019年の9割程度まで回復しています。2024年4~6月期の日本人の国内旅行消費額で見れば、6兆4,518億円で2019年同期比7.6%増、前年同期比14.9%増となっています。そのうち、宿泊旅行消費額が5兆1,137億円で2019年同期比12.3%増、前年同期比15.6%増。日帰り旅行消費額が1兆3,381億円2019年同期比7.2%減、前年同期比12.6%増となっています*3

好調なインバウンドをいかに活かすのか。かつ、いかに日本人の国内旅行者にもアピールするのか。ヘルスツーリズムにおける旅行支出額は一般観光客に比べて高く、経済効果の高さも期待されています。

ウェルネスツーリズムとは

ウェルネスツーリズムは、健康を多角的にとらえ、特にメンタルヘルスを促進することを目的とした旅行の形態で、スパやリラクゼーション、メディテーションリトリート、ヨガリトリートなどが含まれます。ウェルネスツーリズムは、従来のレジャー旅行とは異なり、旅行先でのアクティビティ自体が健康増進を目指したものであることが特徴です。

近年、特に新型コロナウイルスのパンデミックを経て、ウェルネスツーリズムの需要は急速に高まりました。実際、世界ウェルネス協会(Global Wellness Institute)の調査によれば、2020年から2021年にかけて世界のウェルネスツーリズム市場は着実に回復。2020年に約56兆円の規模に達し、2025年には約166兆円に拡大すると予測されています*4

ウェルネスツーリズムのトレンド

新型コロナパンデミックはメンタルヘルスの重要性を気付かせてくれました。スマフォ依存やSNS疲れによるメンタルストレスが課題である現代人にとって、長時間のオンラインから離れてデジタルデトックスができ、メンタルを整えることのできるウェルネスツーリズムの需要は、ますます高まっています。

日本の温泉やフィンランドのサウナといった従来のリトリート施設の人気に加え、マインドフルネスやメディテーション、ヨガといったリトリートを目的とした旅行にも関心が高まっています。シリコンバレーを始めとするビジネスシーンでのマインドフルネスブームは、禅といった日本文化への注目につながっており、ウェルネスツーリズムにおいても見逃せないトレンドです。一例として、国内外の旅行者を問わず、宿坊に滞在し、坐禅や写経、精進料理など禅文化に触れる体験ができる旅の人気が高まっています。
ファスティング(断食)やヨガなどのプログラムを組み合わせた宿泊プランやチェックイン時にデジタル機器を預けるデジタルデトックスを目的とするプランなど、ウェルネスにフォーカスしたサービスを提供する宿泊施設もあります。

こうした背景を受けて、経済産業省「健康寿命延伸産業創出推進事業」の一環として誕生したヘルスツーリズム認証制度のように、旅と健康という観点から観光商品を客観的に評価するサービスも登場しています*5

ウェルネスに欠かせない睡眠に着目したサービスも登場しています。NTTデータと睡眠&ホテル事業を手がけるナインアワーズ*6がコラボしたスリープテックホテルでは、宿泊客の睡眠データを解析し、レポートとして提供。ホテル椿山荘では、脳波計測デバイスを使用した脳波解析と医師によるアドバイスを通じて睡眠の改善を促すステイプランを12月末まで提供中です*7

コロナ渦にリモートワークが世界中で進んだことにより、ワーケーションや旅先テレワークといった、旅をしながら仕事、仕事をしながら旅といったスタイルの旅も注目されています。

Remote Year*8では、世界中から集まったリモートワーカーが1ヶ月ごとに場所を移動しながら働き、12ヶ月を共に旅するプログラムを提供しています。仕事は自分で持ち込む必要がありますが、月約35万2,300円(1ドル=149.937円換算)の中に滞在費、交通費、インターネット代、イベント参加費などが含まれます。仕事をしながら、意識の高い仲間たちと刺激をし合いながら、12ヶ国を巡る経験はなにものにも変えがたいと好評です。他に4ヶ国に4ヶ月コース、1ヶ国に1ヶ月コースもあります。滞在国の中に日本も選ばれており、世界のリモートワーカーにとって魅力のある国であることが伺えます。

今後の展望

ヘルスツーリズム市場は今後も成長を続けると予測されています。特に、個別化された健康アプローチが重要視され、旅行者一人ひとりのニーズに応じたオーダーメイドのウェルネス体験、Well-beingが求められるようになるでしょう。

テクノロジーの進化によって、ヘルスツーリズムはますます高度なサービスを提供できるようになります。たとえば、ウェアラブルデバイスを活用した健康管理や、AIを用いた個別健康プログラムの提供が進んでいくことが考えられます。インバウンドや国内でも増えつつある富裕層に向けたウェルネスと高品質の医療を提供するメディカルの両方が一体型となったプランは、たとえ高額であったとしてもマーケットニーズが期待できます。

さらに、国内外、短期長期を問わず、リモートワーカーを対象とした旅の提案は、今後もニーズが高まることが考えられます。ヘルスツーリズムとリモートワークを組み合わせた旅行プランも、ウェルネスや医療資源も含めた豊かなツーリズム資源を持つ日本にとって、マーケットの拡大が期待できる分野と言えるでしょう。個人だけでなく企業にとっても企業研修や福利厚生など、ビジネスシーンにおける新たな働き方や従業員のWell-being向上といった文脈での旅の活用が企業自体の成長に貢献します。

まとめ

心身の健康に多大な恩恵をもたらすヘルスツーリズムは、今後ますます注目される分野です。旅行者が求めるものが単なるレジャーから、健康的で豊かな体験へとシフトする中で、ヘルスツーリズム市場は急速に成長を続けています。

四季折々の豊かな自然、それぞれの特色ある温泉資源、世界的にも健康によいことで知られる和食、禅といった精神文化、伝統文化といったウェルネス資源に加え、高度な医療技術、最先端の医療機器やヘルステックといった医療資源が豊富な日本において、企業や自治体、国が一体となってこのトレンドに対応することで、一過性のトレンドにとどまらず、日本という国の持つポテンシャルを引き出し、ヘルスツーリズム市場だけでなく国全体の成長につながることが期待できます。

この記事を書いた人

今村美都

がん患者・家族向けコミュニティサイト『ライフパレット』編集長を経て、2009年独立。がん・認知症・在宅・人生の最終章の医療などをメインテーマに医療福祉ライターとして活動。日本医学ジャーナリズム協会会員。