
新しい年が始まるたびに、多くの人々が今年こそはと自分に誓う新年の抱負。ダイエットをする、ビジネス英会話ができるようになる、毎朝ジョギングをして健康的な生活を送る–––こうした意欲的な目標を掲げるものの、多くの場合、次の月までには新年に立てた抱負は消え去ってしまうのが現実です。ある調査では、新年の抱負を実現できる人はわずか8%に過ぎないと報告されています*1。なぜ抱負の達成は難しいのでしょうか?
本記事では、カルフォルニア大学バークレー校で心理学、東京工業大学大学院社会理工学研究科人間行動システムを専攻し、東京大学大学院医学系研究科特任研究員、慶応義塾大学医学部准教授を経て、現在は立命館大学アジア太平洋大学国際経営学部で教鞭をとる認知科学者である平原憲道氏*2の取材をもとに、新年の抱負の実現に向けた具体的なアプローチを考察します。
抱負が続かない理由
なぜ新年の抱負は続かないのか?
たとえば、本当は早起きも走るのも苦手なのに、毎朝6時に起きてランニングをする、という抱負を立てたとします。すると、朝起きれない…寒い…布団から出たくない…と、ランニングに至る前の段階で既に実現を阻むハードルが生まれてしまいます。脳は不安やストレスを避けて、現状維持をしようとするため、ネガティブなイメージを伴う計画は実現困難なものとなりがちです。
また、自身の価値観(コアバリュー)に基づかない新年の抱負も実現を阻む原因となります。「本当は太っていてもいい」と思っている人が、第三者から健康のためにはやせたほうがいいとアドバイスをされてダイエットを始めても長続きしないのは、コアバリューと一致していないからです。
「新年の抱負に限らず、私たちは、感情的な根拠や物理的支障を完全に切り離して、論理的に美しく完璧なプランニングを立てがちです」と平原氏は指摘します。
1日6時間作業をすれば、2日間で終わる
1日1章分ずつ読めば、1週間でこの本を読み終えられる
プレゼンの資料を午前中の2時間で仕上げれば、会議に間に合う
こんな計画を立てて実現しなかった経験に身に覚えのある人は少なくないのではないでしょうか。
日常的にプランニングをする際にも、実際に行動する際にどんな心理的物理的ハードルが生まれるのかを考慮せず、非現実的なシュミレーションでプランニングをしてしまいがちです。
「にもかかわらず、意志力(モチベーション)だけで乗り越えようとすると、ほとんどの場合失敗してしまいます」(平原氏)
実行可能なプランの作り方
そこで、新年の抱負を考える際には、「スマート(SMART)理論」を活用することを平原氏は推奨します。SMARTとは以下の頭文字を取ったものです。

SMART理論は、1981年にジョージ・T・ドラン(George T. Doran)によって初めて提唱されました。彼は経営管理における目標設定の効果を向上させるためにこの理論を開発しました。ドラン氏の目的は、組織や個人がより明確で達成可能な目標を設定し、それを実現するプロセスを体系化することでした。
SMART理論を取り入れて成功した企業の例として、Googleが挙げられます。同社はOKR(Objectives and Key Results)という目標管理フレームワークを導入していますが、これはSMART理論の原則を応用したものです。たとえば、新製品の開発プロジェクトでは、「明確な目標」「測定可能な成果指標」「達成可能で現実的なタスク」「関連性のあるプロジェクト設計」「期限付きのマイルストーン」を設定することで、チーム全体のパフォーマンスを向上させています。この手法は、革新的なアイデアの実現や高い生産性の維持に寄与しており、Googleが市場でのリーダーシップを維持する要因となっています。
このように、当初はビジネスやプロジェクト管理の分野で使用されていましたが、その後、自己啓発や個人の目標設定にも広く応用されています。
新年の抱負として、「簿記3級の資格に合格する」を例に、「SMART理論」に基づいた具体案を以下に示します。
1. Specific(具体的)
目標を明確化し、具体的な行動を設定する。
例: 「公式テキストを使用して基本知識を学び、過去問で試験形式に慣れる」
2. Measurable(測定可能)
進捗を測定できるようにして、定期的にチェックする。
例: 「1日10ページずつ、1週間で1章分のテキストを進め、週末に過去問で70%以上の正答率を目指す」
3. Achievable(達成可能)
生活リズムに合った現実的で無理のない目標を設定する。
例: 「平日は仕事後に1時間、週末は午前中2時間勉強する」
4. Relevant(関連性のある)
目標が自分にとって重要であること、自分の人生やキャリアプランにどのように貢献するかを考える。
例: 「簿記3級を取得することで、業務の理解を深め、将来的に経理分野へのキャリアチェンジを目指す」
5. Time-bound(期限付き)
期限を設定し、試験日(6月)に向けて段階的な計画を立てる。
例: 「3月末までにテキストを1周終わらせ、6月までにテキストを3周する。4月と5月は過去問を繰り返して80%以上の正答率を目標にする」
このようにSMART理論を基に目標を具体化することで、抱負が実行可能な計画となります。
また、「不安やストレスといったネガティブな要素を避け、脳が安心して新しいチャレンジに取り組めるように、ポジティブな要素を取り入れることも大切」と平原氏。
お気に入りの音楽を1曲だけ聴く、学習が終わったらコーヒータイムでリラックスするなど、目標達成のハードルになるものを把握し、取り除く工夫をすることで習慣化につながりやすくなります。
やる気スイッチをオンにするための認知科学的なアプローチとしては、1分間だけ作業を始める「1分ルール」や、短時間集中する「ポモドーロ・テクニック」などがあります。ポモドーロ・テクニックは、①取り組むタスクを決定したら25分間タイマーをセットし、アラームが鳴るまでは中断せずに取り組む、②5分間短い休憩をしてリフレッシュ、③4回繰り返したら15〜30分の長めの休憩を取るといった、タスクに集中して取り組むための手法です。これらの手法は、タスク開始のハードルを下げ、脳内のドーパミン分泌を促進し、モチベーションを高める効果があるとされています。
最後に
新年の抱負を実現するためには、脳のメカニズムを理解し、想像上の「完璧な計画」ではなく、現実に即した無理なく実行可能な計画を立てることが不可欠です。具体的で測定可能な目標設定、小さなステップの積み重ねで、達成可能性は飛躍的に高まります。2025年を実りある一年にするために、新年の抱負をSMART理論に落とし込み、今日から少しずつ行動を始めてみてはいかがでしょうか。
