医療の世界は今、大きな転換期を迎えています。AIやIoTの進展により、かつて病院やクリニックでしか受けられなかった医療サービスが、スマートフォンを通じて日常生活の中に入り込んできています。その中でも特に注目されているのが、「治療用アプリ」、すなわちデジタル・セラピューティクス(DTx:Digital Therapeutics)です。 本記事では、治療用アプリとは何か、なぜいま注目されているのか、そしてどのような市場の広がりを見せているのかについて、最新の動向とともに解説します。 近年、病気や疾患の診断・治療・予防を目的として、医療現場で使用されることを前提に開発されたソフトウェアが注目されています。これらは、個人の健康管理を支援するアプリとは異なり、医療行為の一部としての役割を果たすものです。 米国ではこれらのソフトウェアをSaMD(Software as a Medical Device)と呼び、医療機器として法的に定義されています。日本でも同様に、「プログラム医療機器」と位置づけ、なかでもDTxは、医療エビデンスに基づき、病気の予防・管理・治療を目的として開発されたデジタルアプリケーションのことを指します。デジタル治療、デジタル薬と呼ばれることもあります。一般的な健康アプリとは異なり、DTxは医薬品や医療機器と同様に、臨床試験などで有効性・安全性が検証されている点が特徴です。保険が適用される医療行為(治療)、つまり医師の処方によって利用できる保険診療である点が他のヘルスケアアプリとの大きな違いです。 多くの場合、スマートフォンやタブレット端末を通じて提供され、患者が自宅や日常生活の中で治療や行動変容を実践できるように設計されています。代表的な疾患領域は、以下のようなものです: 近年のヘルスケア業界では、電子カルテや遠隔診療、ウェアラブルデバイスの普及など、医療のデジタルシフトが加速しています。コロナ禍をきっかけにオンライン医療の利便性が広く認知されたことも、DTxの普及に追い風となっています。 日本を含む多くの先進国では、高齢化に伴う医療費の増加が課題となっています。こうした中で、医薬品に代わる、あるいは補完する形で治療効果が望めるDTxは、費用対効果の面でも注目されています。 糖尿病や高血圧、心疾患といった慢性疾患は、治療同様に「継続的な管理」が重要です。DTxは、患者の日常行動に寄り添い、自己管理能力の向上をサポートするツールとして貢献します。 現在開発・実用化が進んでいるDTxには、さまざまなタイプがあります。代表的なアプリと具体例を紹介します。 メンタルヘルス分野でよく使われており、不安障害やうつ病、不眠症などに対して、臨床心理学に基づいたプログラムを提供します。 糖尿病や肥満、高血圧といった生活習慣病の予防・治療を支援するアプリです。 TDx市場は、2022年に48億米ドルと評価され、30.08%のCAGRで成長し、2030年までに187億2000万ドルに達すると予想されています*1。 一方で、2023年4月には、米国の上場企業Pear Therapeutics社が破産を申請し、業界に衝撃を与えました。同社は、慢性不眠症の治療を目的とした『Somryst®』を始め、DTxの先駆的立場で業界を牽引してきた存在です。そのわずか1年後の2024年5月、Pear Therapeutics社に並ぶDTx業界のパイオニアであり、注意欠如・多動症(ADHD)治療アプリ『EndeavorRx®』で知られるAkili Interactive Labs社も、Virtual Therapeutics社による吸収合併と上場廃止を発表しました。 このような動きにより、米国のDTx市場では、アプリ単体での保険償還によるビジネスモデルの実現は難しいという認識が広がっています。背景には、米国の保険制度や償還の壁、収益化の難しさといった構造的な課題があり、制度の異なる日本にはそのまま当てはまるわけではありません。しかしながら、厚労省のワーキンググループでは、保険収斂にあたっての課題と論点が提示されました。基礎部分としての技術区分評価と、検証試験データ等に基づき、イノベーションや市場性を考慮した加算を評価するイノベーション加算評価が連動した報酬制度にすることで、TDxの特性に合った診療報酬制度が議論されています。 また、DTxラグ解消のために、二段階承認制度と連動した新たな保険償還制度の論点と方向性が提示されるなど、米国の事例から学び、日本の制度に合ったモデルの確立が模索されています。 日本においては、2020年に『CureApp SCニコチン依存症治療アプリ』が薬事承認を受けたことで、DTxの市場が正式にスタートしました。2022年には、同社の『CureApp HT 高血圧治療補助アプリ』も保険収斂されました。塩野義製薬や大塚製薬などDTxに意欲的に取り組む動きも見られますが、現時点では製品数や保険適用の範囲が限られており、今後の拡大には制度整備や医師の理解促進、利用者の教育が不可欠です。 治療系アプリ(DTx)は、テクノロジーを活用した「新しい治療のかたち」として、今まさにその存在感を高めつつあります。医療費削減、生活習慣病の予防、精神疾患へのアクセス改善といった社会課題に対するソリューションとしても、大きな可能性を秘めています。
はじめに
治療用アプリ(DTx)とは何か
注目される背景
1. ヘルスケアのデジタル化
2. 医療費の抑制ニーズ
たとえば、生活習慣病の初期段階での行動変容を促すことで、将来的な重症化を防ぎ、結果として医療費の削減につながることが期待されています。3. 慢性疾患管理への関心の高まり
治療系アプリの主な種類と具体例
(1)認知行動療法(CBT)型アプリ
(2)生活習慣改善支援型アプリ
治療系アプリ市場の成長性と展望、そして課題
特に北米・欧州が先行しており、日本やアジア市場も今後急拡大が見込まれます。
日本市場の現状と課題
まとめ
しかしながら、DTxの真価を発揮するためには、医療制度との連携やユーザー側の理解・活用が不可欠です。企業や医療機関、行政が連携し、「アプリで治す」という新しい常識を社会に根付かせることが今後の鍵となるでしょう。
進化する治療用アプリ市場と今後―デジタルが変える「治療」のかたち―
<出典:令和5年度第2回 プログラム医療機器等専門ワーキンググループ 議事次第 p13>
