
- はじめに
- EXPO 2025 大阪・関西万博の概要とマーケティング的特徴
- テーマパーク体験との類似性:マーケティング戦略のヒント
- 来場者推移とマーケティング効果
- 来場者の主たる属性とSNS活用状況:顧客インサイトの把握
- 万博の成功とマーケティング戦略の再考
- UGC(User Generated Contents:ユーザー生成コンテンツ)のサポート
- おわりに
はじめに
本コラムでは、大阪・関西万博の開幕から約2か月半(6月末まで)の来場者動向と顧客層の特徴を、マーケティング、特に顧客体験(UX:User Experience)とSNS活用の視点から分析します。20年間で年平均5回、東京ディズニーリゾート(TDR)を継続訪問している筆者の行動観察、ヒアリング、および公表データ分析に基づき、SNS全盛時代における大規模イベントでのユーザー行動の特徴、課題、そして考えられるマーケティング戦略を提示し、UXの高いイベント、特に一定期間開催されるイベントのあり方について考察します。
EXPO 2025 大阪・関西万博の概要とマーケティング的特徴
大阪・関西万博は、2025年4月13日から10月13日までの6か月間、大阪市此花区夢洲で開催されます。1970年以来55年ぶりの大阪開催であり、2030年度完成を目指す統合型リゾート「大阪IR」の前哨戦と位置づけられています。会場へのアクセスやシンボルである「大屋根リング」からの眺望にIR工事現場が視界に入るなど、無意識のうちにIRを受容させる環境が構築されています。 広報を担うメインキャラクターのミャクミャクは、その奇抜な見た目はじめは敬遠されがちでしたが、デザインの縦横無尽な広がりが功を奏し、関西万博のキービジュアルとして、テーマカラーとして大いにブランドイメージ確立に貢献するとともに、「意外とカワイイ」との意識変化もあり、なくてはならない大人気キャラクターになりました。
チケットは、前売り券の他、開幕後は1日券、平日券、夜間券、通期パス、期間限定の夏パスの5種類が提供されています。紙チケットも存在しますが、いずれも事前に入場日時を指定するシステムです*1。「並ばない万博」を標榜し、一部パビリオンでは抽選や事前予約が導入されており、国民一人一台スマホが普及した現代における、新たな万博のあり方を提示しています。
テーマパーク体験との類似性:マーケティング戦略のヒント
一般的に、テーマパークと万博は目的が異なるとされます。テーマパークが娯楽や非日常体験を提供するのに対し、万博は国際交流や技術・文化紹介、未来社会の提示を目的とします。しかし、筆者は今回の関西万博が、近年のTDRの楽しみ方と非常に類似していることに着目しました。
筆者のTDRでの体験は、初期の「アトラクション制覇」から、季節イベント、フード、グッズ購入へと変化し、最終的には「フラッと散歩に来てお酒を片手に園内散策を楽しむ」というスタイルに落ち着きました。これは、アトラクションに固執せずとも、園内の美しい整備や安心感、そしてSNSを活用した情報収集と共有によって、楽しみが無限に広がることを示しています。
今日のSNSを駆使して楽しむTDRと関西万博は、驚くほど似ています。TDRでは、抽選や時間指定予約に左右されても、SNSに映える写真を投稿したり、事前に予習したYoutuberが紹介するフードを巡ったりと、アトラクション以外にも楽しみは多岐にわたります。万博も同様に、単に展示を見るだけでなく、SNSでの共有と拡散によってその価値が増幅される新しい形のイベントとして機能しています。
万博とTDRの大きな違いは、万博が6か月間限定のイベントであること。この「後がない刹那さ」が、人々を強く惹きつけるマーケティング要素となっています。
来場者推移とマーケティング効果
開幕までネガティブキャンペーンが先行し、前売りチケットの売れ行きも芳しくなかった関西万博ですが、開幕初期に来訪した人々によるSNSでの感動体験の共有・拡散が、その後の来場者増加に大きく貢献しました。

5月末まで週単位で来場者が着実に増加した背景には、主に以下の2つのマーケティング効果が考えられます。
1. SNSで拡散された敬宮愛子さまのご来訪:
5月8日、9日の敬宮愛子さまのご来訪がメディアで大々的に報じられ、その映像がSNSで拡散されたことで、開幕当初のネガティブイメージが払拭されました。「楽しかった!」というSNS投稿と相まって、来訪を躊躇していた層へのプラスイメージが広がり、入場者数が急増しました。これは、インフルエンサーマーケティングの強力な効果を示唆しています。
2. 通期パス割引キャンペーン:
開幕直前に急遽発表された通期パスの割引販売(期間限定)は、「お試し価格の前売り券で来た人に、気に入ってもらえれば割引コードを会場内で入手させ、通期パスでどんどん来場しSNSで周りに広めてもらう」という、リピーター育成とUGC(User Generated Contents:ユーザー生成コンテンツ)促進を狙った巧妙なマーケティング戦略でした。大人3万円の通期パスが2万4千円で購入できるこのキャンペーンは、「4回行けば元が取れる」というベネフィットを明確に提示し*2、特に、地元関西人の心を掴みました。この結果、GW明けから5月末にかけて来場者は急上昇しました。
しかし、割引キャンペーンが終了した6月に入ると、入場者数は5月下旬から横ばい~微増にとどまりました。これは、キャンペーン終了による来場者の鈍化と、既存通期パスホルダーによる平日利用の定着が影響していると考えられます。最近では、金曜~月曜が大混雑し、火曜~木曜は比較的空いているという二極化傾向が顕著です。これは、かつて年間パスポートがあった頃のTDRの傾向と同様で、ターゲット層の行動パターンに応じたマーケティング戦略の重要性を示唆しています。
来場者の主たる属性とSNS活用状況:顧客インサイトの把握
来場者の行動観察とヒアリングから、以下の主要な顧客層とそのSNS活用状況が明らかになりました。これらの顧客インサイトは、今後のマーケティング施策立案に不可欠です。
・70年万博経験60~70代シニア層:
開幕前から通期パスを購入し、散歩目的で来場する傾向が見られました。かつてのTDRにおける年間パスポートホルダーのシニア層と共通する行動パターンです。彼らは70年万博の経験を語り、万博への強い愛着を持っています。SNSの影響は限定的でしたが、近年の団塊世代のYoutube視聴者増加を考慮すると、今後の行動変容の可能性も秘めています。
・人生初の万博体験30~40代ファミリー層:
GW前後から来場者が増加し、特にベビーカー連れのファミリーはパビリオンに並ばず入場できるVIP待遇がSNSで広まり、通期パスホルダー増加に貢献しました。全身ミャクミャクグッズを身につけたベビーカー連れのファミリーが散見され、リピート率の高さが伺えます。これは、特定の顧客層への優遇がSNSを通じて拡散され、新たな顧客層を惹きつける効果を示しています。
・通期パスホルダーの「おひとり様女子」(30~50代の自立した女性、幼い子供を持つ若いママ、地方から定期的に来場する女性):
この層は、通期パス割引キャンペーンの主要なターゲットとなり、購入者の多数を占めました。共通の会話として「行動を制約されないから一人がいい」という声が多く聞かれました。彼女たちは、パビリオンやレストランの制覇、マッサージ体験、ワークショップ参加、イベント参加など、万博のあらゆるコンテンツを制覇しようと意欲的です。
-情報収集力とSNS活用: パビリオンに並びながら隣のおひとり様女子と気軽にコミュニケーションを取り、イベントやレストランメニューについて情報交換したり、LINE交換して情報収集したりと、積極的にSNSを活用して万博体験を満喫しています。ブログ記事やSNS情報を綿密にチェックし、開館が遅れたパビリオンのオープン初日に並ぶなど、その情報収集力は極めて高いです。
-共通体験の追求: Instagramなどに皆が投稿している同じ写真を撮ってアップすることを目的に会場内を巡る人も多く、ミャクミャク像の前での写真撮影や、大屋根リング上での夕陽をバックにした写真撮影など、SNS特有の共通体験を追求しています。これは、従来の「その場での新しい学びと体験」に加え、SNSへの共有と拡散により価値が増幅される、新しい形の万博の楽しみ方です。
-行動の一極集中: SNS全盛の今日では、ニーズの細分化とは逆に、皆が一斉に小さな楽しいものや面白いものに集まり、行動の一極集中が顕著になっています。70年万博ではマスコミ情報で月の石に多くの人々が並びましたが、今回はSNSで人気に火が付いたヨルダン館の赤い砂の上で星を見る体験や、日本では珍しいサウジアラビア料理のレストランが、朝一番にダッシュする人気スポットになっています。その一方で、良い写真が撮れた場所は急激に空いていく現象も起きており、SNSによる人気動向の移り変わりが非常に速いことを示しています。ポーランド館のレストランのように、一度写真が撮られたら満足され、食事時以外は穴場になるケースも発生しています。
万博の成功とマーケティング戦略の再考
吉村大阪府知事が数値目標と収支ラインに注力する一方で、来場者のUXを高めることの価値が十分に考慮されていない印象を受けます。横山大阪市長の「快適に過ごせるよう上限を定めるべき」という発言は的を射ていましたが、修正発表された数値目標13万人/日にはやや失望感がありました。筆者の実感としては、約10万人/日がUXの担保された人数であると考えます。
顧客体験の向上は、リピート率やロイヤリティの向上に繋がり、口コミでの好印象の拡散につながるなど、長期的な万博成功に貢献します。現在、来場者の方々が笑顔で情報交換し、運営スタッフが温かい声掛けをする姿を見ると、UXの高いイベントとしての価値は、楽しく幸せな気分に溢れた万博空間を最後まで維持したいと願う人々の心にかかっていると感じます。そのためにも、入場者を詰め込んで黒字を達成すれば成功と考える思考はやや短絡的かもしれません。
UGC(User Generated Contents:ユーザー生成コンテンツ)のサポート
UGCは、ユーザーのリアルな体験や感想が反映されているため信頼を得やすく、今日の消費行動に大きく影響します。SNSへの書き込みやブログ投稿、動画配信などで、万博のことを定期的にレポートしている配信者は多数存在します。通期パスホルダーもこれらの情報を参考に万博に来場し、さらに自らもSNSで拡散するUGCの再生産が行われています。SNS時代における大規模イベントの成功には、参加者一人ひとりが「発信者」となりイベントの価値を増幅させる「共有と拡散」の力を活用することが不可欠です。運営側が、UGCを促進するための環境整備やインセンティブ設計を積極的に行うことで、単なる受け身の「お客様」から、運営に協力的な「情報発信者」に進化します。
おわりに
現在の万博は、来場者もスタッフも皆が楽しいと感じ、この気分を共有したい思いに溢れています。数ヶ月後にこの心地よい場所がなくなってしまうことへの「万博ロス」を懸念する声も聞かれるほどです。
万博の魅力はパビリオン制覇やレストラン制覇だけにとどまりません。大規模野外ステージ、イベント会場、屋内外のステージイベント、そして毎日のナショナルデーで開催されるダンスやライブ・パレードなど、広大な敷地で常にどこかで何かのフリーイベントや企画がちりばめられています。これらの多様なコンテンツを効果的にプロモーションし、来場者に「自分だけの楽しみ方」を見つけてもらうことが、UX向上の鍵となります。
注目度を高めるため拡散されるネガティブ情報は今日のどの分野にも存在します。しかし、頼まれなくてもユーザーが自発的に発信するユーザー体験をサポートすることで、SNSを駆使した初めての万博は閉幕後も「よい万博だった、忘れられない」と誰もが記憶に残る万博になると信じます。
これは、短期的な集客目標だけでなく、長期的なブランド価値構築とロイヤリティの醸成という、マーケティングの視点から見た万博の真の成功を意味します。
