「木の革命」が変える建築の未来。脱炭素と健康をもたらす木質化戦略

<出典:Moelven

日本だけでなく、いま世界では、鉄やコンクリートではなく「木」で都市をつくる動きが加速しています。ノルウェーの「Mjøstårnet(85m)」、オーストリアの「HoHo Wien(84m)」、そして日本企業・大林組が受注し手がけるオーストラリアの「アトラシアン・セントラル(182m予定)」──これらはいずれも“Timber Revolution(木の革命)”を象徴する建築です。木の革命とは、テクノロジーと持続可能な林業によって、木材をコンクリートや鉄鋼に代わる主要な建築材料として再評価しようとする世界的なムーブメントのことです。欧州では「脱炭素建築=コンクリートから木へ」という価値観が定着し、木造高層建築は新たな都市像にとってなくてはならない存在となっています。カナダ*1や北欧*2では、木材の炭素固定効果を都市スケールで活かす政策が進み、建築のあり方そのものが変わり始めています。

豊かな森林国・日本が出遅れている理由

木材は、CO₂を固定できる建築資材であり、持続型素材としての価値が高まっています。また、木材利用は「伐って・使って・植える」を地域で循環させる仕組みを回し、森林整備、生物多様性、地域経済を同時に支え得るものとして期待されます。

しかしながら、森林資源に恵まれているにもかかわらず、日本では非住宅では10%、4階以上の中高層建築分野における木造比率はいまだ0.1%に止まります*3。住宅分野では木造率が8割を超えるものの、学校・オフィス・商業施設など非住宅分野では依然としてコンクリートや鉄骨が主流です。 背景には、防耐火基準の制約、コスト面での課題、安定した供給体制や林業・建設人材の不足など、複合的な要因があります。

つまり「ポテンシャルはあるのに出遅れている国」──それが日本の現状です。 しかし、国の政策転換や企業の技術革新によって、この構図はいま確実に動き始めています。

国の戦略:木材利用を脱炭素と循環へ

近年、政府は国産材活用、とりわけ中高層建築物での木材利用を法制度や政策で強化しています。最初は公共建築物に限定していた枠組み(「公共建築物における木材の利用の促進に関する法律」平成22年制定)を、令和3年の改正(「脱炭素社会の実現に資する等のための建築物等における木材の利用の促進に関する法律」、通称:「都市(まち)の木造化推進法」)で「建築物一般」に拡大し、脱炭素社会の構築や地域循環型経済の促進を目的に据えました*4

また、建築物木材利用促進協定制度*5も注目に値します。建築主(事業者等)と国や自治体が協定を結び、木材利用を具体的に進める枠組みで、地域材の導入や林業振興につなげる意図があります。

企業のチャレンジ:木造・ハイブリッド構造で高層化へ

これまで耐火性・耐震性・コスト面でハードルとされてきた木造中高層建築分野ですが、近年ではハイブリッド構造や木質化技術を使った実践例が増えてきています。

清水建設、大林組、竹中工務店らが先導する技術・設計手法は、耐火・耐震性と木の魅力を両立させた取り組みとして注目を集めています。

いくつか代表例をご紹介します。

清水建設・第一生命保険の賃貸オフィスビル「第一生命京橋キノテラス」は地上12階・地下2階・高さ56メートルで、木造ハイブリッド構造としては国内最大級。約1,100m³の木材使用により約740トンのCO₂を固定化し、建設時のCO₂排出量を鉄骨造比で約37.5%削減しました**6

また、竹中工務店は、三井不動産と今年1月、東京都中央区日本橋において、国内最大・最高層、地上18階建・高さ84m・延床面積約28,000㎡の木造賃貸オフィスビルを着工すると発表し、完成は2026年9月を予定しています*7

さらに、冒頭でも紹介した、オーストラリアを舞台に大林組とBuilt Pty LtdのJVが、高さ182メートル(39階建て)木造ハイブリッドビル「アトラシアン・セントラル」を受注。2026年10月竣工予定との報道もあります*8

アトラシアン・セントラル

木造建築の高層化は、国内だけでなく世界的なムーブメントとなっています。

万博が照らす“木造建築の未来”

2025年10月13日に大盛況のうちに幕を閉じた大阪・関西万博では、会場をぐるりと囲む全長約2kmの「大屋根リング」に国産木材が使用され、話題となりました。この巨大な木のリングは、使用後の解体・再利用を前提に設計されており、まさに「循環型・木造建築」のシンボルともいえるものでした。

日本館も、主要構造に CLT(クロスラミネーテッド・ティンバー)パネル を採用した木造建築。CLTパネルとは、木の板を繊維方向が直交するように重ね合わせて接着した構造用パネルのことです。いわば、木の合板を厚く・強くしたもので、近年は世界中で中高層木造建築の主要構造材として注目されています。日本館もまた、大屋根リング同様使用後の解体・再利用を見据えた設計がなされており、「建築ライフサイクルを考慮した木造化」の事例です。

ほかにも、木材を基調にデザインされた外観のポーランド館、北欧のデザインとサステナビリティを体現した1,200㎡、17mの高さを誇る木造建築の北欧館(フィンランド共和国)など、国内外の建築家や企業が木造技術を競い合う“実験場”としても貢献した万博会場は、日本の木造技術が世界と再びつながる転換点でもありました。

「木」と「健康」〜ウェルビーイング〜

環境への配慮から再評価されている木材ですが、人への身体・心理・生産性にも有効な影響をもたらし、ウェルビーイングにつながることが、多くの研究からわかってきています。

例えば、 ・幼児施設で、木質内装が倦怠感・眠気を抑え、集中力を高めたという報告*9

<出典/菅沼 他:日本建築学会大会学術講演梗概集、環境工学 I、2022日本住宅・木材技術センター「令和 3 年度内装木質化等の効果実証事例集」、2021>

・スギ材・チップの香りがストレス軽減や血圧低下に寄与したという実験データ*10

・木の床材は弾力性があるため、足腰への負荷を抑制できる ・断熱性・機密性に優れる木造空間は暖かさや居心地をもたらし、冷暖房コストを低減

などが挙げられます。

こうした効果は、保育園・学校はもちろん、高齢者施設、オフィス、商業施設にも波及し得ます。空間設計と健康戦略を統合する視点が、今後の建築の鍵を握っています。

総括:建築を人が生きる場として‘再定義’する

建築は単なる箱ではなく、人がそこで生き、働き、癒やされる「場」です。 木造建築は、環境負荷を減らすだけでなく、人の心身にやさしい空間を生み出します。

政策の後押しと技術革新が進む今、木材利用は「コスト」から「健康 × サステナブル投資」の視点で再解釈され始めています。企業や自治体が木材利用を再定義し、広く活用・普及させていくことで、私たちの都市と暮らしはよりしなやかに、より豊かに変わっていくでしょう。

この記事を書いた人

今村美都

がん患者・家族向けコミュニティサイト『ライフパレット』編集長を経て、2009年独立。がん・認知症・在宅・人生の最終章の医療などをメインテーマに医療福祉ライターとして活動。日本医学ジャーナリズム協会会員。