
私は今、フィンランドに5か月滞在しています。
暮らしの中で日本の違いを感じる時は多々ありますが、その一つが環境配慮との距離の近さです。ゴミを減らすこと、リサイクルをすることが特別に頑張らなくても日常の中に入り込んでいるように見えます。
もともと私は、北欧やヨーロッパには環境意識が高い人が多いという、漠然としたイメージを持っていました。そのため最初は、フィンランドで環境に配慮した仕組みを見ても、それほど不思議には思いませんでした。けれど実際に暮らしてみると、少し見え方が変わってきました。人々が日々、意志を持って環境に良い行動を選び取っているというよりも、社会の仕組みそのものが、環境への負担が少ない行動を選びやすくしているように感じたからです。
フィンランドで見た、環境配慮を後押しする仕組み
フィンランドで見た仕組みには、大きく三つの工夫がありました。ひとつ目は、行動の結果を見えるようにすること。ふたつ目は、行動した方が得になる設計を入れること。三つ目は、そもそも環境負荷の大きい選択肢を減らし、より負担の少ない形を標準にしてしまうことです。
交通アプリにCO2排出量が表示される
まず、環境への影響を見える化する仕組みの事例を紹介します。
ヘルシンキ周辺で交通機関を使うとき、多くの人が使う公共交通の経路検索と乗車券購入を兼ねたアプリ(HSL)があります。出発地と目的地を入力すると、地下鉄・トラム・バスなどを組み合わせた複数ルートが表示されるのですが、その移動に伴う二酸化炭素(CO2)排出量も、検索結果の一覧上に表示されます。

地下鉄やトラムを使うルートでは排出量が小さく、バスを使うルートでは距離に応じた数字が表示されます。乗り換えパターンを変えれば、CO2排出量の数字も変わります。
ルートを比較する際に数字として具体的に示されることで、なんとなく地下鉄やトラムの方がいいかなと自然に意識するきっかけが生まれます。環境への負荷は普段は目に見えませんが、見える化されることで、行動とのつながりを感じやすくなるのです。
ペットボトルを返却すると、お金が戻ってくる
ふたつ目は、行動した方が得になる設計を入れることです。フィンランドを含めたヨーロッパの国々には飲料容器のデポジット制度があります。ペットボトルや缶飲料を購入する際、価格には0.1ユーロから0.4ユーロ程度のデポジットが含まれています。そのボトルや缶をスーパーにある回収機械に入れると、デポジット分が現金化できるレシート、あるいは同額の買い物割引券が発行されます。

この仕組みでは、ただ、リサイクルしてくださいと呼びかけるだけではありません。戻さなければ少し損をし、戻せばその分が返ってくる。つまり、行動した方が自分にとっても得になる設計になっています。
環境のためにやるべきことを、個人の善意だけに頼らず、行動原理が明確な仕組みに変えている点が印象的でした。
包装が紙でできている
三つ目は、そもそも環境負荷の高い選択肢を減らす仕組みです。
フィンランドのスーパーでは、脱プラスチックの工夫がさまざまな商品に見られます。たとえば1リットルほどのシェア前提のアイスクリームは、日本ではプラスチック容器に入っていることが多いですが、こちらでは丈夫な紙製の容器に直接入っていて、プラスチック包装を利用していないものもあります。

卵のパッケージも同様です。多くが紙製のパックに入っていて、私が見た範囲では透明なプラスチックパックはあまり見かけませんでした。

この仕組みでは、環境のためにプラスチックを避けましょうと消費者に求めるのではなく、そもそもプラスチック包装という選択肢が棚から減っている。つまり消費者は「エコな商品を意識して選ぶ」のではなく、普通に買い物をするだけで、結果的に環境負荷の少ない消費をしています。
意識だけでは行動を変え続けられない
日本でも、環境に配慮した暮らしを促す呼びかけは以前からあります。環境に有害な物質を減らすこと、きちんとゴミを分別すること、どれも大切なことです。ただ、それらが日々の生活の中に十分根付いているかというと、まだ道半ばではないかと感じます。
その理由の一つは、環境に良い行動の多くが自分で意識して選び続けることを前提にしている点にあると考えます。自家用車ではなく公共交通機関を利用する、プラスチック包装の少ない商品を選ぶ、ゴミ分別を正確に続ける。どれもひとつ一つは小さな行動ですが、続けるには継続的な意志力が必要です。
しかも環境問題は、今日ひとつ行動したからといって、明日すぐ自分の生活に変化が見えるものではありません。逆に言えば、行動しなかったことの不利益もすぐには見えにくい。そのため、個人の意識や善意だけに依存した仕組みは、どうしても続きにくくなります。わかっているけれど面倒、必要だと思うけれど後回し、ということが起きやすいのです。
必要なのは「啓発」より「選びやすさ」の設計
フィンランドで見た仕組みに共通しているのは、環境に良い行動を、頑張らなくても選べるようにするという発想です。行動の効果が見えること。行動した方が得になること。余計な負担が増えないこと。そうした工夫によって、環境にやさしい行動が特別な努力ではなく、日常の延長になっています。
移動の際のCO₂が可視化されれば、特別な知識がなくても環境負荷を比較できます。デポジット制度があれば、飲料容器を返却する理由が個人の側にも生まれます。紙の包装が標準になっていれば、プラスチックを選ぶかどうかで迷う必要もありません。どれも、個人の意識の高さを前提にしていません。
啓発にはもちろん意味があります。ただ、「環境のために行動しましょう」と伝え続けるだけでは、人々の行動を変え続けるのは難しいです。人を変えようとするより、仕組みを変える。そうして選択の負担を減らすことで、結果として良い行動が増える。その発想の方が、日々の暮らしの中では根付きやすいのではないかと思います。
環境配慮を、社会の前提にするために
フィンランド生活で感じたのは、「仕組みが行動をつくる」ということでした。
環境問題を「個人の意識の問題」として捉え、個人を啓発し続けるだけでは限界があります。むしろ、「社会の設計の問題」として構造から問い直すことが重要なのではないでしょうか。そしてそれは、行政や制度だけの話でもありません。商品やサービスを提供する企業にとっても、環境配慮を伝えること以上に、消費者が無理なく選び続けられる形に落とし込めるかが、今後ますます問われていくのだと思います。
