
私は今、フィンランドに滞在して6か月ほどになります。
フィンランドに来る前から、北欧は物価が高いというイメージはありました。実際に生活してみると、買い物や外食のたびに、その高さを身をもって感じます。
ただ、暮らしの中で見えてきたのは、単に物価が高いということだけではありません。物価の高い社会では、人が何を基準にお金を使っているのかが見えやすくなるように感じました。
何を安く済ませたいのか。何にお金をかけてもよいと思っているのか。その線引きが、日々の買い物の中に表れていたからです。
物価の高い社会では、消費者の判断基準が見えやすくなる
フィンランドで物価の高さを感じる場面は、食品、外食、嗜好品など、カテゴリによって異なります。
たとえば食品を見てみると、日本では鶏卵(サイズ混合・10個入り)の全国平均小売価格が308円*1でした。一方、フィンランドでは、スーパーで10個入り卵が約2ユーロ*2(約374円。2026年4月27日の基準レート、1ユーロ=187.06円*3で換算。以下同様)で売られています。店舗や商品によって差はありますが、私が見た範囲でも2ユーロ台の商品を多く見かけます。
この差だけを見ると、飛び抜けて大きいわけではありません。食品の中には、日本と比べても大きな差を感じにくいものもあります。ただ、日常的に買うものでは、こうした小さな差が少しずつ積み重なっていきます。
外食になると、違いはさらにわかりやすくなります。ヘルシンキでは、手頃な店でも昼食が15ユーロ(約2,805円)前後することが多いです。一方、日本では、一方、日本では、手頃な昼食なら1,000円前後で選べる場面も多くあります。
アルコールも、フィンランドの物価の高さを感じやすいものの一つです。日本の小売物価統計調査では、東京都区部のワイン価格は、国産品720mLが564円、輸入品750mLが682円でした。*4一方フィンランドでは、一定以上のアルコール度数の酒類は、フィンランド政府が所有する酒類販売会社Alkoでのみ販売されています。Alkoの販売統計では、、ボトル入り赤ワインの販売量の約9割が8〜19.99ユーロ(約1,496〜3,739円)の価格帯に集中しています。なかでも最も多いのは、12.50〜14.99ユーロ(約2,338〜2,804円)の価格帯です。*5 日本側は指定品目の東京都区部価格、フィンランド側はボトル入り赤ワインの価格帯別販売データなので単純比較はできませんが、普段の買い物の感覚としては、フィンランドでワインを買うと日本よりかなり高く感じます。
統計的にも、フィンランドの2024年の食品・非アルコール飲料の価格水準は、EU平均より約10%高いとされています。また、アルコールについても、欧州の中で特に高い水準にあります。*6
もちろん、賃金水準や税・社会保障の仕組みも日本とは違うため、価格だけを見て生活の大変さを単純に比べることはできません。それでも、フィンランドで暮らしていると、外食やアルコールのようなものは気軽には選びにくいと感じる場面が多くあります。その分、何を抑え、何には払うのかという判断が、日々の買い物の中に表れやすくなるのだと思います。
同じ人の中に、「安く済ませたい」と「これにはお金をかけたい」が共存している
この冬、フィンランド人の80代の女性と3か月ほど一緒に暮らす機会がありました。お金の使い方には慎重だったように見えましたが、買い物を見ていて印象的だったのは、節約が必ずしもとにかく安いものを選ぶことではなかったことです。
毎週スーパーのチラシを確認し、魚が安い日を見て買いに行きます。ただし、見ているのは最安値ではありませんでした。今日は値段のわりに質のよい魚があると思える日に買いに行くのです。安さそのものより、価格と品質の釣り合いを見ているように感じました。
牛乳の選び方も同じでした。少しでも安いものを選ぶというより、保存ができる期間の長いものを選んでいました。目先の単価を抑えるよりも、使い切れずに捨てることを避ける。安く買うだけでなく、無駄を出さないことまで含めて考えているのだと思います。
節約というと、価格を比較して安いものを選ぶことを思い浮かべがちです。ただ、実際の暮らしでは、無駄を出さないために選ぶことも大切です。安く買っても、使い切れずに捨ててしまえば、結果的にはお得とは言えません。
一方で、健康や日々の習慣として大切にしているものには、きちんと手間をかけていました。たとえばオレンジを買って、毎日自分で絞り、ジュースを作るのです。節約だけを優先するなら省くこともできる行為ですが、それは生活の中に残したいものだったのだと思います。
ワインについても同じです。フィンランドでは前述の通り、アルコールの価格が高く、頻繁に飲めば家計への負担は大きくなります。それでも完全にやめるのではなく、飲む頻度を調整しながら楽しみを残していました。我慢するか、贅沢するかの二択ではなく、満足度を落とさずに支出を調整しているように見えました。
フィンランドでは夏に森に行きベリーやキノコを摘み、日常的に使う人もいます。これは節約というより、買う以外の手段を暮らしに組み込み、支出と生活の心地よさを両立させているように見えました。

こうした点から、消費者は一貫して安さを求めているわけでも、常に高くてもよいものを選んでいるわけでもない、ということが見えてきました。同じ人の中に、「安く済ませたい」と「これにはお金をかけたい」が共存しています。そしてその境界線は、価格だけでなく、品質、健康、無駄の少なさ、楽しみといった複数の基準で動いているのだと思います。
売り手が見るべきなのは、消費者の支出の境界線
消費者を「節約志向」か「プレミアム志向」かだけで見ることには限界があると感じます。
実際の暮らしでは、同じ人が商品によって違う判断をしています。ある商品ではできるだけ支出を抑えたいと思い、別の商品では納得できる理由があればお金を払う。健康に関わるものや、生活の楽しみに関わるものは、多少お金がかかっても残したい対象になることがあります。
つまり、消費者の中には「抑えたい支出」と「払いたい支出」の両方があります。売り手側から見ると、自社商品がそのどちらに置かれているのかを考える必要があります。
価格の安さで選ばれる商品なのか。多少高くても、品質や安心感、健康、楽しみといった理由で選ばれる商品なのか。その位置づけによって、伝えるべき価値も変わります。
物価上昇が続く日本でも、消費者は今後さらに、何を抑え、何を残すかを考えるようになるかもしれません。そのとき売り手に求められるのは、安さを訴えることだけでも、高品質を訴えることだけでもないはずです。これから必要なのは、自社の商品が消費者の暮らしの中でどのような支出として位置づけられているのかを見極めることなのだと思います。
