日本式介護の海外展開と国際人材戦略― 制度リスク・市場機会・人材確保をどう捉えるか ―

日本の介護・福祉分野における人材不足は、もはや個々法人の課題ではなく、産業構造そのものを制約する前提条件となりつつあります。

その打開策として、海外展開や外国人材の活用が語られる機会は増えていますが、現場では依然として「制度への誤解」や「実装の難しさ」による混乱が見られます。

本記事では、海外事業を実際に推進してきた実践者への取材をもとに、

  • ・日本式介護の海外展開に潜むリスク
  • ・国際人材活用の現実
  • ・介護を“資源”として捉える視点

を整理し、これからの介護経営における意思決定のヒントを提示します。

制度は「機会」であると同時に最大のリスクである
事例① フィリピンで事業展開する福井淳一さん

介護事業は制度ビジネスです。
したがって海外展開における最大のリスクは、「制度の変更・遅延」というコントロール不能な不確実性にあります。

日本の外国人受け入れ制度は大きく以下の流れで変遷してきました。

  • ・EPA(経済連携協定)
  • ・技能実習制度
  • ・特定技能

EPAはもともと労働政策ではなく、外交・経済政策としてスタートしました。
そのため、受け入れ人数の制約、国家試験合格という高いハードル、民間の関与が限定的といった構造があり、「質の高い人材育成」には寄与する一方で、「量的な人材不足の解決」には直結しにくい制度でした。その後、技能実習制度、特定技能制度へと移行し、ようやく労働力としての受け入れが制度目的に組み込まれました。

フィリピンで人材育成・送り出し事業を展開してきた福井淳一さんは、制度変化の影響を直に受けてきました。

  • ・EPA開始を見込み人材育成を開始
  • ・民間の参入制限で停滞
  • ・留学生ルートへ転換するも規制強化で頓挫
  • ・特定技能開始直後にコロナで停止

つまり、「適正な戦略を描いていても、制度と外部環境によって事業は止まる」という現実です。

ここから導かれる重要な視点は次の通りです。

  • ・制度は「機会」であるが「基盤」にしてはいけない
  • ・制度外でも成立する事業構造を持つ必要がある

福井さんは数々の挫折を経験した上で、依然介護を「外貨獲得の資源」として捉え直す必要性を指摘します。日本式介護の教育モデルや実践ノウハウは、単なる社会福祉サービスではなく、世界に価値を提供しうる資源であると考えるからです。

「日本では、どの施設へ行っても介護職人と呼びたくなるプロの介護職に出会います。日本の介護職には、生活の専門家としての軸がある。医師や看護師が医療の専門家であるように、介護職が”生活の専門家”としての地位を確立しているのが日本の強みです。」

生活の専門家である日本式介護人材が海外で外貨を稼ぎ、日本と国際社会の間で価値を循環させる――この視点は、従来の「人手不足を補う」という受け身の理解を超え、介護を経済価値のある国際的な資源として新たに捉え直す枠組みを示しています。

「文化の壁」は技術よりも深い
事例② ベトナムで展開する青森社会福祉振興団

制度と並ぶもう一つの大きな壁が、「文化・価値観の違い」です。
ベトナムで高齢者施設を運営する青森社会福祉振興団の益城妃富さんは、「ここはベトナムで、日本ではない」という言葉に何度も直面しました。

実際の現場では、

  • ・約束や時間に対する感覚の違い
  • ・ケアの方法や優先順位の違い
  • ・職業倫理の違い

といったギャップが顕在化します。

日本式介護の本質は、単なる技術ではありません。

  • ・利用者の意思を尊重する
  • ・小さな変化を見逃さない
  • ・人生に寄り添う

といった「人間理解」に基づく実践です。

しかし、家族中心の文化、自己決定の概念の違い、合意形成のプロセスの違いがある社会では、この価値観自体が共有されない場合があります。
日本式介護の輸出とは、技術移転ではなく「価値観の翻訳」であるということを益城さんは痛感しています。

この壁を越えても海外事業に参入する目的は、法人として雇用できる人材確保のためです。海外事業で人を育成し雇用することで、制度の制約を受けることなく法人内での海外転勤として日本に人材を送り込むことが可能になります。逆に言えば、それほど国内での人材確保が困難であるという証でもあります。

成功事例に見る「価値の受容」
事例③ 台湾・小太陽

台湾の「小太陽」は、日本式介護の価値を高いレベルで実装している事例です。

  • ・日本で介護福祉を学んだ人材をが現場のケア指導者に配置
  • ・管理層が日本へ視察・研修に赴き育成を行い、日本で得た経験を台湾に持ち帰って実践する
  • ・ケアの思想まで再現

することで、台湾には日本のような介護保険制度がなく、月額約4万6千~5万台湾ドル(日本円で約233,000円 2026年6月16日現在)の自己負担であるにもかかわらず、それでも高い需要がありますという結果が出ています。グループホームへの入居希望者が列をなしており、入居ニーズは供給を上回っており、目下、地域の期待に応えるべく、新たな施設「小太陽桔院子地域ケア福祉ホーム」を建設中です。現在、入居ニーズは供給を上回っており、新たな施設の建設を完了しました。

施設概要

  • 1階:デイサービスセンター、コミュニティキッチン、交流ホール
  • 2階・3階:グループホーム
  • 4階:事務室、研修室、職員宿舎
  • 5階:介護食研究室、コミュニティラウンジ、コミュニティ図書室

総工費は約9,000万台湾ドル(約4億5千万)で、建物本体に加え、消防設備および電気設備工事を含みます。

この事例が示すのは、

  • ・価値があれば市場は成立する
  • ・制度は必須条件ではない

という事実です。

嚥下食など介護食研究にも注力するほか、地域コミュニティ機能など、介護を「地域価値」として再定義している点も重要です。

日本式介護が海外でも通用することを証明する成功事例の一つと言えるでしょう。

外国人材から見た「日本の価値」

日本国内では「日本の魅力低下」が語られることもありますが、国際比較で見ると状況は異なります。

  • ・日本の若年失業率:約2〜4%
  • ・世界平均:約13% *1

多くの国では若年層の雇用不安が常態化しており、安定した雇用、社会保障、安全な生活環境を求めて日本を志向する若者は依然として存在します。たとえば、中国では毎年何万人もの医療・介護・看護系の卒業生が卒業するものの、就職先が見つからず苦慮しているという現状もあります。

重要なのは、

  • ・日本の魅力を再定義すること
  • ・現地の教育機関・法人と直接つながること

です。

国家間制度に依存するのではなく、「法人間ネットワークによる人材循環」を構築することが、次の一手になります。

終わりに ― 介護は「価値を循環させる産業」へ

海外展開も外国人材活用も、容易ではありません。

  • ・制度の不確実性
  • ・文化的摩擦
  • ・人材の定着

多くの壁が存在します。

しかし視点を変えれば、介護は「価値を輸出し、循環させる産業」になり得るとも言えます。

人手不足を補うための受け身の戦略ではなく、

  • ・価値をどこに届けるか
  • ・誰と循環させるか

という視点で捉え直すこと。

それこそが、日本式介護の可能性を拡張し、これからの介護経営を支える鍵になるのではないでしょうか。

この記事を書いた人

今村美都

がん患者・家族向けコミュニティサイト『ライフパレット』編集長を経て、2009年独立。がん・認知症・在宅・人生の最終章の医療などをメインテーマに医療福祉ライターとして活動。日本医学ジャーナリズム協会会員。