カミーノ・デ・サンティアゴは、最強のコミュニティなのかもしれない。人が何度も戻りたくなる理由

スペインの田舎町で重さ9キロの大きなバックパックを背負って歩いていると、道沿いの家から突然、女性に呼び止められました。

「さくらんぼがたくさんあるから、好きなだけ食べて!」

そう言って、かごいっぱいのさくらんぼを手渡してくれました。私が日本から来たと伝えると、今度は君が代を口ずさんでくれました。
この道沿いでは、こんな出来事が毎日のように起こります。

言葉が通じず、ほとんど会話ができなかったスペイン人のおじさん。それでも宿のチェックイン前の待ち時間に、トマトとさくらんぼを分けてくれました。お米が恋しくなり、バルで見つけたピラフを喜んで注文したことがあります。ところが、あまりおいしくない。悲しそうに食べていると、隣のテーブルにいたタイ人女性が代わりにと、韓国の即席麺と割り箸を差し出してくれました。街で道に迷えば、通りがかった人が「正しい道はこっちだよ」と教えてくれます。ジョギング中の人も、「Buen Camino(よい旅を)」と声をかけてくれます。

これらはスペインの巡礼路カミーノ・デ・サンティアゴで体験した出来事です。

カミーノ・デ・サンティアゴとは

カミーノ・デ・サンティアゴ(以下、カミーノ)とは、スペインのサンティアゴ・デ・コンポステーラにある大聖堂を目指す巡礼路です。中世からキリスト教の聖地へ向かう道として、多くの人々が歩いてきました。

巡礼路は一本ではありません。遠くは北欧や東欧から、国境を越えて複数のルートが延びています。距離は数百キロから数千キロに及び、歩き終えるまでに数週間から数ヶ月かかるルートもあります。現在では年間約50万人以上の巡礼者がサンティアゴ・デ・コンポステーラに到着します。*1宗教的な信仰を持つ人だけでなく、自分自身と向き合う旅として歩く人も増えています。

歩き終わると、また歩きたくなる

カミーノを歩いた人は口を揃えて「良い旅だった」「また歩きたい」と言っていました。道中で出会ったスペイン人のおじさんは20年前からカミーノを歩いていて、これまで25回以上歩いたと教えてくれました。「歩き終わったら、また歩きたくなるんだ」と笑っていました。

映画や本を見て来た人。歩くことが好きで来た人。信仰のために来た人。家族を亡くし、その喪失を受け止めるために来た人。この道を歩く理由は、人によってまったく違います。それでも歩き終えると、多くの人が「また戻りたい」と言います。なぜ人はカミーノに戻ってくるのでしょうか。その理由の一つは、この道で自然に生まれるコミュニティにあるのではないかと思います。

カミーノのコミュニティとは

カミーノには、世界中から人が集まります。私が歩いたときにも、アメリカ、ニュージーランド、韓国、中国、南アフリカ、イスラエル、ヨーロッパ各国など、さまざまな地域から来た人に出会いました。60歳を過ぎ、仕事を退職してから来た人もいれば、退職後、次の仕事が始まるまでの期間を使って来た若者もいました。一人で歩く人もいれば、パートナーや友人と歩く人もいます。それぞれの背景も、カミーノを歩こうと思った理由もバラバラでした。

それでも、カミーノにいる人々には不思議な一体感がありました。すれ違う巡礼者にはお互いに「Buen Camino」と声を掛ける。夜は宿で食卓を囲み、にぎやかに話す。翌朝の早い出発に備えて、みんな早めに眠る。そして次の日、昨日会ったばかりの人と同じ方向へ歩き始める。国も言葉も違うのに、どこか同志のような感覚がありました。

巡礼者だけではないコミュニティ

カミーノのコミュニティは、巡礼者だけで成り立っているわけではありません。宿のスタッフ、バルの店員、道沿いの住民。巡礼者を迎える人たちも、この共同体の一部です。ある宿のスタッフは、部屋の準備ができると、チェックイン時間より前に携帯にメッセージをくれました。街の観光名所やおすすめの場所も、地図を見せながら詳しく教えてくれました。道に迷っていれば、通りかかった人が進む方向を教えてくれます。ジョギング中の市民も、巡礼者を見ると「Buen Camino」と声をかけてくれます。

巡礼者を受け入れることが、この土地の文化として根付いているのです。歩く人と迎える人が一緒になって、カミーノのコミュニティは成り立っているようでした。

なぜこのコミュニティが生まれるのか

これほど多様な人たちが自然に繋がっていくのはなぜでしょうか。カミーノは誰かがコミュニティを作ろうとして設計したわけではないはずです。それでも気づけば、見知らぬ者同士が助け合っています。その理由はいくつかあります。

ホタテ貝という共通の目印

多くの巡礼者はカミーノのシンボルであるホタテ貝を身につけて歩きます。それを見た瞬間、言葉も名前も知らなくても巡礼者だと分かります。そしてそれだけで、巡礼者同士になんとなく仲間意識が芽生えます。共通のシンボルが、コミュニティの入口になっています。

アルベルゲという共有空間

道沿いには、「アルベルゲ」と呼ばれる巡礼者向けの宿が点在しています。多くは大部屋のドミトリー形式です。毎晩、見知らぬ人と同じ部屋で眠り、洗面所や食卓を共有します。

同じ二段ベットを使う相手には挨拶をし、「どこ出身なの?」「今日はどこから歩いて来たの?」と自然と会話が始まることもあります。そして翌朝一緒に歩き出す。一度別れても、数日後に別の町で再会することがあります。朝に追い越した人と、夜の宿でまた会うこともある。出会いと別れを毎日繰り返しながら、コミュニティが道に沿って流れていく感覚があります。

共通の苦労とゴール

そして最も大きいのは、苦労とゴールを共有していることだと思います。カミーノを歩けば、誰もが何らかの身体的な苦労に直面します。坂道がきつい。荷物が重い。身体が痛い。どんなに裕福でも、どんなに地位があっても、その苦労だけは誰も免れることはできません。苦労を共にした人間には、自然と連帯感が生まれます。道端で辛そうにしていると「もうちょっとだよ!」と誰かが声を掛けてくれます。言葉が通じなくても、ジェスチャーでお互いを励ます。それは義務でも気遣いでもなく、同じしんどさを知っているからこそ行えることです。

そして全員が、サンティアゴという同じゴール地点を目指しています。動機はバラバラでも、向いている方向が同じというだけで、見知らぬ相手が仲間に思えます。日常生活では、同じ会社や同じ地域にいても、目指しているものは人によって違います。隣にいる人が、どこへ向かっているのか分からないことも多い。カミーノでは、全員が同じ方向へ歩いています。それが人々を繋げるのです。

サンティアゴ・デ・コンポステーラ大聖堂

<サンティアゴ・デ・コンポステーラ大聖堂>

人は道ではなく、関係に戻りたくなる

カミーノを歩き終えた人が、また戻りたいと思う理由は、綺麗な景色や達成感だけではないのかもしれません。

名前も知らない人から果物をもらったこと。
一度別れた人と、数日後に別の町で再会したこと。
誰かを助け、自分も誰かに助けられながら、同じ方向へ進んだこと。

肩書も、社会的な立場も、それほど重要ではありません。必要なのは、今日どこから来て、どこまで歩くのか。それくらいです。
人が戻りたくなるのは、道そのものだけではない。その道で生まれた関係や、自分もその一部だったという感覚に、もう一度戻りたいのではないでしょうか。

共通の目的が人を繋ぐ

国も言葉も年齢も違う人たちが繋がれるのは、全員が同じ方向を向いているからです。動機が違っても、目指す場所を共有していれば、人は互いを仲間として認識できます。ただし、目的を掲げるだけでコミュニティが生まれるわけではありません。

カミーノには、ホタテ貝という共通のシンボルがあります。アルベルゲという交流の場があります。「Buen Camino」という挨拶があり、互いの苦労を理解できる環境があります。そして、巡礼者を長年受け入れてきた土地の文化があります。

共通の目的と、それを支える文化と仕組み。その両方があるからこそ、コミュニティは生きています。

人が自然と助け合い、何度も戻りたくなるコミュニティがどのように生まれるのかという点では、多くの企業や地域、ブランドにとっても学ぶことがあるように思います。 熱心な支持者を持つブランドの多くは、商品を売ることだけでなく、その商品を通じて実現したい世界や価値観を掲げています。ただし、目的を言葉にするだけでは足りません。人と人が出会い、参加し、互いを仲間だと感じられる接点も必要です。

コミュニティは、企業が一方的に作るものではありません。人々が共有できる目的があり、その周囲に交流が積み重なることで、少しずつ育っていくものなのだと思います。

この記事を書いた人

水野友紀子

デジタルマーケティングのコンサルティング会社にて、企業のマーケティング支援と自社マーケティング活動に従事。現在はワーキングホリデービザでフィンランドに滞在中。