
「神社は変われない。」
そう考える人は少なくないでしょう。
長い歴史や伝統を受け継ぐ神社は、「変わらない」ことにこそ価値があるのも事実です。変化よりも継承が求められる場所。しかし、その固定観念を覆した神社があります。
福岡市から車で約1時間、福岡県八女市にある福島八幡宮です。

現在では年間約10万人が参拝し、全国…いえ、世界中(とりわけ台湾!)から人々が訪れる神社へと成長した福島八幡宮。しかし、わずか十数年前までは、参拝者より野良猫のほうが多い閑散とした神社でした。


当時の年間の収入は約300万円。社殿は老朽化し、「このままでは神社を守れない」という危機に直面していました。
その再建を託されたのが、23歳で当時全国最年少の宮司となった吉開雄基氏です。
神職の階位が得られる皇學館大学卒業後は他の神社で修行を積む予定でしたが、父の急逝により予定は一変します。神職としての経験を積む前に、突然神社の経営を担うことになったのです。
吉開氏が最初に考えなくてはならなかったのは、「神職として何をすべきか」ではなく、「どうすれば食べていけるのか」でした。
映える「御朱印」でターゲット層を拡大
当時は御朱印ブームの最中でした。吉開氏も御朱印に着目しますが、相談した専門業者からは、「ブームはすでにピーク。今さら力を入れても遅い」と釘を刺されてしまいます。
それでも吉開氏は、神社巡りをし御朱印を買い求め、ブームを牽引しているのが50〜60代の層であることに着目し、より若い世代から支持される御朱印づくりに取り組み始めます。
地元の切り絵作家「くろくも舎」とのコラボレーションによる「切り絵御朱印」、季節ごとの限定御朱印、八女茶や地域文化をテーマにした御朱印、人気イラストレーターとのコラボレーションなどを企画。“映える”御朱印は、結果としてSNSで話題が広がり、20〜40代という新しい参拝者層を獲得していきました。


「ペットと参拝ができる神社」という新しい価値提供
福島八幡宮を訪れると、犬を連れて参拝する人の姿が珍しくありません。
神社では、従来四つ足の動物を穢れとして扱ってきた歴史があります。「ペットお断り」の立て看板を見たことのある人も少なくないでしょう。しかしながら、福島八幡宮では、ペット連れウェルカムどころか、毎月11日はわんわんの日、22日はにゃんにゃんの日として、イベントを開催するほど、ペット同伴可能な神社であることを積極的に打ち出しています。
その背景には、吉開宮司のこんな思いがあります。
「ペットは現代では家族の一員。一緒にお参りしたいという思いに応えたい。」
単なる「ペット」ではなく、かけがえのない家族の一員と考える人が増えているからこそ、そのニーズに応えていく。吉開氏にとっては自然な決断でした。そこで、ペット用手水やペット祈願など、ペットと一緒に参拝できる環境を整えてきました。
そして、その世界観を象徴する存在が、一匹の白い柴犬、「シロ」です。
シロは、福島八幡宮の看板犬として多くの参拝者に親しまれています。
「シロちゃんに会えるかな」
そんな楽しみを胸に神社を訪れる人も少なくありません。
シロの存在は、御朱印や授与品、さまざまなオリジナルグッズへと展開され、今では福島八幡宮を象徴するブランドの一つになっています。
さらに、その人気をきっかけに誕生したのが、福島八幡宮のオリジナルキャラクター「シロちゃん」と「ブラックシロちゃん」です。


福島八幡宮や地域でのイベントだけでなく、県や市を超えてイベントに呼ばれるなど、広い認知に貢献しています。
コロナ禍は神社のDXも加速させた
コロナ禍はようやく経営が軌道に乗ってきた福島八幡宮にも、大きな打撃を与えました。
増えていた参拝者は激減し、賽銭が一日数十円という日が続きました。
しかし吉開氏は、この危機をデジタルへ舵を切る転機へと変えました。
まず手掛けたのはZoomによるオンライン祈祷でした。メディアに取り上げられるなど話題にはなりましたが、事業としては成立しませんでした。次に取り組んだのが、オンライン授与所の開設でした。まだ珍しかった取り組みに、「神社がECサイトとは何事か!」と業界からは批判が噴出したと言いますが、これを受けて、神社らしい「オンライン授与所」へと改善することに注力しました。「購入する」を「授与品かごに入れる」と表現するなど、神社らしい世界観を細部まで設計。取り組みは、次第に業界でも評価されるようになり、今ではECサイトを持つ神社も増えています。
吉開宮司がコロナ禍を乗り切る策として目を付けたのが、“はやり病”を治めたという言い伝えとともに福島八幡宮に祀られている「祈願石」でした。この祈願石と、当時話題となっていた疫病封じの妖怪アマビエとをコラボした御朱印を頒布すると、1日に2000件もの注文が連日続きました。
DXとは、デジタル化そのものではありません。デジタルを通して、価値を再設計することです。伝統とデジタルを掛け合わせることで、福島八幡宮はコロナ禍という危機をむしろ全国区に知られる神社へのきっかけとすることができたのです。
神職×◯◯。共創が価値を育て、高める
福島八幡宮の改革は、人材採用にも表れています。
イラストレーション専門学校と連携して開催した御朱印コンテストでは、一人の学生の作品が神社内の投票で圧倒的な支持を集めました。永野恵里佳さんです。すでに就職先は決まっていたにもかかわらず、正社員としてヘッドハンティング。熱意に負けた永野さんは正社員として入職し、全国でも珍しい「巫女イラストレーター」として活躍しています。

ホームページやオンライン授与所など福島八幡宮の改革に貢献してきた河津一郎氏もその一人。吉開宮司が口説き落として、最初は外部のウェブコンサルタントとして関わっていた河津氏でしたが、自身の会社を経営する一方で、今では福島八幡宮の神職も務めています。
神職×◯◯。イラストレーターに、コンサルタント、飲食店の経営者に書道家・・・多彩な人材がその強みを活かしながら、神職として、福島八幡宮というブランドの価値を高めています。

目指すは、世界一の神社
最近では、国内にとどまらず、海外からの参拝客も増えています。とりわけ、台湾からの参拝客が増えている背景には、①台湾のインフルエンサーが福島八幡宮をSNSで紹介してくれたこと②台湾の台湾人へ向けた旅サイト「旅色」で、全国のそうそうたる観光名所を押さえて、台湾人が選ぶ観光名所のランキング1位に選ばれたこと③熊本にTSMCの工場ができたことで、熊本と台北を結ぶ路線が一日3便運航されるようになり、アクセスがよくなったことなどが考えられます。
これを受けて、台湾華語(中国語)でのSNS発信を始めましたが、台湾向けインバウンド戦略を担う外注パートナーとの連携にも取り掛かっています。
「日本人の人口減少は避けられないし、当然地域の氏子も減っていきます。ならば、インバウンドはもちろん、日本に住む外国人にも神社のよさを知ってもらうことは必要不可欠と考えています」
「僕は一番が好きなんです」と語る吉開宮司が目指すのは、単なる参拝客数ではありません。
「どれだけ人の人生を変えられたか」
どれだけ多くの人の人生にポジティブな影響を与えられたか、という「社会的インパクト」が福島八幡宮が目指す、世界一の神社の指標です。
切り絵作家とのコラボレーション、地元企業との商品づくり、巫女イラストレーターの採用、さらに台湾向けのSNS発信や現地パートナーとの連携など、福島八幡宮は「自分たちだけで完結する組織」を目指してはいません。
異なる専門性を持つ人々と協働し、新しい価値を生み出す。
地方の一神社が掲げる「世界一の神社」の背景にある哲学は、
本当に守るべきものは何か
御朱印も、オンライン授与所も、SNSも、海外戦略も、一見すると「神社らしくない」挑戦に見えるかもしれません。しかし、その根底にある思いは一つです。
神社を未来へ残したいーーー
「守らなくてはならないのは、神様を大切にするということだけだと思っています。それ以外は、時代に合わせて変えていっていい」
神社という場を守れなければ、神様を大切にする場自体が失われることになります。存続の危機にある神社は全国に少なくありませんが、「それでもまだまだ勝ち筋はある」と吉開宮司は語ります。
「神社の可能性に気が付けるかどうか。福島八幡宮だからできた、ではなく、他の神社にもできる。自分たちの可能性に気が付いてほしい」
存続が危ぶまれるところからスタートし、年間10万人が訪れる神社へと成長した福島八幡宮。福島八幡宮の復活劇は、決して自分たちだけが実現可能なものではないと吉開宮司は強調します。
地方だからできない。
伝統産業だから難しい。
その思い込みから飛び出せば、地方だからこそ、伝統だからこそ–––
福島八幡宮の歩みは、自分たちの価値を生かしたサバイバル戦略によって、地方から世界への扉を開くこともできると教えてくれます。
