セミナーレポート

効率よくナレッジが浸透する組織体制のあり方

バックグラウンドや得意分野が異なるメンバーが集まった組織でマーケティングを推進するうえで、業務の属人化を解消するためにナレッジを共有し続ける仕組みづくりは欠かせない。

2023年11月7日、株式会社ベーシックとともに『マーケティングの生産性を高めるナレッジ共有のあり方とは 〜組織体制のあり方と成果を安定させる型化の風土』と題した2部制のセミナーを開催した。

第1部では、組織がナレッジ共有に力を入れるべき理由のほか、ナレッジ共有の事例とポイントを当社マーケティングコンサルタントの山田が紹介。続く第2部では、人が入れ替わっても成果を生み出し続ける「型化」の企業風土について、株式会社ベーシック マーケティングマネージャーの林侑平氏による講義がおこなわれた。

本コラムでは、第1部の講義内容をまとめている。

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ノウハウをナレッジに変換する「ナレッジマネジメント」

「ナレッジ」と似ている言葉に「ノウハウ」がある。
「ノウハウ」とは、「体験を通して学ぶ知識」のこと。個人の体験に基づく「暗黙知」とも言い換えられる。一方「ナレッジ」は「言葉で伝えられる知識」を指し、「形式知」と呼ばれることもある。

料理人にたとえると、料理を作る際の火加減や焼き時間などの勘所はノウハウ、材料の分量や味付けを記録したレシピはナレッジにあたる。

図表1:ノウハウとナレッジの違い

ノウハウを言語化するとナレッジになる。反対に、ナレッジを活用すると新たなノウハウが生まれる。さらにそこで生まれたノウハウを言語化すれば、新しいナレッジづくりに繋がる。

このように、個人の持つ知識やノウハウをナレッジに変換し、組織全体で共有する取り組みのことを「ナレッジマネジメント」と呼ぶ。

今、組織としてナレッジ共有に力を入れるべき理由

組織が今、ナレッジ共有に力を入れるべき3つの理由を紹介する。

1.働き方の変化

近年進む働き方改革やテレワークの浸透によって、企業での働き方は場所や時間に縛られない形へと変化しつつある。一方、非対面での業務が増加したことによる弊害として、対面業務が中心だった頃よりもノウハウ蓄積が困難になったことに悩む企業も少なくない。

ナレッジの共有は、このような環境下でも企業が効率的に成果を挙げ続けるために欠かせない取り組みの1つといえる。

2.マーケティング業務の幅が拡大している

マーケティング活動のデジタル化が進むなか、15年前と比べてマーケティング部門が担う業務範囲は拡大している。利用ツールの種類も増加していることから、すべてのマーケティング担当者が必要な知識を網羅的に把握することが難しい状況となった。

このような背景から、業務の進め方やツールの使い方に関する知識を保管し、必要なタイミングで参照するためのナレッジベースが重要視されるようになっている。

図表2:マーケティング部門の業務範囲は拡大している

3.マーケティング人材不足の深刻化

2023年5月、コンテンツマーケティング・SEOツールの『ミエルカ SEO』を提供する株式会社Faber Companyは、企業のマーケティング担当者を対象とした人材の充足度に関するアンケート調査結果を発表した。このアンケート調査では、約76%のマーケティング担当者が「マーケティング人材が足りていない」と回答している。

図表3:マーケティング人材不足の深刻化

この結果については、マーケティングよりも販売活動を重視してきた日本の企業文化や、マーケティングを専門的に学べる教育機関の少なさが影響しているといえる。

マーケティング人材の母数が少ない状況下において、経験が浅い人でも一定のクオリティで活動ができるようにするには、社内の知見を集約し、組織全体に共有していくことが求められる。

ナレッジが絶えず共有される組織づくりのアイデア

先に紹介した3つの問題を解決するためには、組織内のナレッジ共有を進め、誰もが戦略に沿った施策をスムーズに実行できるようにする必要がある。その手段としてぜひ取り組みたいのは「ナレッジベースの活用」と「マーケティングオペレーション(以下、MOps)チームの立ち上げ」だ。

ナレッジベースの活用

マーケティング業務の増大に伴い、多くの企業では業務の属人化・細分化が進んでいる。このような個別最適化には、組織全体の戦略との整合性が失われ、施策の成果が出づらくなるリスクも潜んでいる。

この問題を解決するために取り組みたいのは、各人が持つマーケティング領域のナレッジを集約・共有し、マーケティング業務の生産性を上げる「ナレッジベースの活用」だ。

図表4:ナレッジベースの活用により、再現性あるオペレーションモデルを確立

MOpsチームの立ち上げ

MOpsとは、人材・業務プロセス・テクノロジー・データなどを横断的に管轄する役割のこと。ナレッジベースを活用しながら、マーケティング業務の効率化と施策の効果向上を図るのがMOpsの仕事だ。

具体的な担当業務としては、以下のようなものが挙げられる。

・マーケティングテクノロジーの管理、運用
・業務プロセスの標準化・型化
・データ分析と施策への反映
・フィールドマーケターへのテクノロジー教育

マーケティング文化が発達しているアメリカでは、専門のMOpsチームを持つ企業が6〜7割にのぼるといわれている。その一方で、2023年2月にパワー・インタラクティブが年商50億円以上の国内企業を対象に実施した調査では、MOpsの体制を整えている企業の割合はわずか9.0%という結果となった。この調査結果から、MOpsが未だ国内で十分に浸透していないことがわかる。

図表5:MOpsとは

MOpsを運用している企業の取り組み事例

MOpsを実際に運用している企業は、ナレッジ共有のためにどのような取り組みをしているのだろうか。ここでは、3社の取り組み事例を紹介する。

事例1:株式会社グロービス

まず紹介するのは、経営人材育成や起業家支援の事業を展開する株式会社グロービス(従業員数 約800名)の事例だ。

同社では「デマンドオペレーション企画推進ユニット」がMOpsの中心的な役割を担い、データマネジメントやナレッジの集約、社員トレーニングをおこなっている。

図表6:株式会社グロービスの事例

グロービスのMOpsチームが重点的に取り組んだのは以下4点だ。

・型化の促進
正しいデータ取得のために施策の型化を推進した。また、フィールドマーケターに対してツールを正しく使用するための教育も実施。アラート機能を活用し、異常な運用をすぐに検知できるようにしている。

・ナレッジの集積
必要な情報はすべてNotionにまとめる。掲載されたナレッジは施策の「型」づくりに活用する。

・ナレッジの発掘・定着・浸透
各種ミーティングやSlack上の情報発信による活発なコミュニケーションによってナレッジの発掘、定着、浸透を図っている。

・越境
社内に複数存在するユニット間の垣根を越える「越境」を心掛けている。これには、各人が自らの役割にとらわれずに越境することで、新たなナレッジの創出を促す狙いがある。

事例2:株式会社スマートドライブ

次に紹介するのは、ハードウェアアプリケーションなどの開発およびデータの収集解析サービスを提供する、株式会社スマートドライブ(従業員数 約70名)の事例だ。

7名が在籍するマーケティング部門の中で、リードナーチャリングの担当者がMOpsを兼任する体制を採っている。

図表7:株式会社スマートドライブの事例

このチームにおけるナレッジ共有のポイントは以下の3つ。

・ナレッジの集積と型化の促進
ツールの使い方やオペレーションのルールをマニュアル化するために、すべての情報をConfluence(コンフルエンス)というツールに集約した。また、A/Bテストの結果や展示会のオペレーションに関する記録など、今後の施策実行に活かせるナレッジもConfluenceへ適宜記録している。
MOpsチームは、データやリード情報の更新、施策が定められたルール通りに運用されているかどうかのモニタリングを継続し、オペレーションの型化を徹底している。

・シンプルなデータを維持
個別の事象に合わせて取得したデータが増えていくと、将来的にそのデータの意味や仕組みが理解できなくなったり、判断軸にブレが生じたりするリスクに繋がる。
なるべくシンプルなデータ環境を維持するために、MOpsチームでは取得を依頼されたデータを今あるデータで代替できないか検討するようにしている。

・積極的なコミュニケーション
ミーティングの場に限らず、日頃から自部門・他部門のメンバーと積極的に会話することを心掛けている。さらに、日常的なコミュニケーションから得た気付きをその後のMOps活動に反映している。

事例3:アドビ株式会社

最後に紹介するのは、アメリカに本社を置くソフトウェアカンパニー、アドビ株式会社の事例だ。

アドビ株式会社のMOps運用の特徴は、MOpsチームの機能をグローバルに集約し、オペレーションモデルを一元化する集中管理型の管理体制を採用している点にある。

図表8:アドビ株式会社の事例

アドビのMOpsチームから学べるナレッジ共有のポイントは以下の4つ。

・明確なオペレーションルールを設定

アドビでは、プロジェクト管理ツール『Adobe Workfront』のキャンペーンリクエストフォームを活用し、各施策を管理している。新規施策の実行申請ではチケット制度を採用。組織の戦略やオペレーションルールに沿った施策のみ実行に移せる仕組みとなっている。

・すべての地域で共通のツールを使用する
地域ごとに違ったツールを運用すれば、オペレーションモデルの一元管理や地域を横断しての施策分析が難しくなる。これを避けるために、アドビでは基本的にリージョン単独で使用するツールの導入をおこなっていない。個別最適なリクエストが届いた際、代替案を提示するなどしながら依頼を断ることもMOpsに求められるスキルの1つだといえる。

・導入ツールのトレーニング実施
導入ツールに関する定期的なトレーニングを主催。オフライン研修やライブ配信だけではなく、いつでも視聴可能なアーカイブの動画コンテンツも豊富に用意している。

・ダッシュボードを活用した進捗管理
フィールドマーケティングの日常業務に役立つPower BIのダッシュボードを構築し、収益サイクルステージの数字やパイプラインの金額をすぐに確認できるようにした。フィールドマーケティングのメンバーは、毎週の定例ミーティングのなかでダッシュボードをチェックすることを習慣にしている。

MOps先行企業に共通する4つのエッセンス

国内でも先行的にMOpsを導入している3社の事例からは、組織内でのナレッジ共有を成功に導くためのポイントを窺い知ることができる。

1.型化の促進、アップデート
一定の質が担保された施策の「型」を用意し、フィールドマーケターに共有。その型を正しい形で運用してもらうためにモニタリングや社内教育などのフォローも欠かさないようにする。さらに、すでにあるナレッジや過去の施策結果を分析しながら型のアップデートもおこなう。

2.ナレッジの集積
社内に散乱しているナレッジを『Notion』や『Confluence』などの誰でもアクセス可能なツールに集約し、共有する。

3.担当者、部門を越境して組織の連携を強化する
マーケティング部内の他の担当者や、インサイドセールス・営業などの他部門の担当者とのコミュニケーションを取り、組織の連携を強める。

4.ナレッジの浸透・活性化
定例ミーティングのほか、社内SNSにおける情報発信や日常的なコミュニケーションを継続し、ナレッジの社内浸透を図る。

ナレッジ集積と型化を進めるために取り組むべきこと

組織のナレッジマネジメントを推進するうえで特に重要な位置付けとなるのは、「ナレッジ集積」と「型化・アップデート」だ。それぞれのプロセスにおいて具体的にどのような取り組みを進めていくべきなのかを見ていこう。

ナレッジを集積する社内Wikiの立ち上げ

ナレッジ集積のためにまず取り組みたいのは社内Wikiの立ち上げだ。社内の人間が誰でも閲覧・編集できるようなナレッジベースを作り、マーケティング部門の組織図、マーケティングカレンダー、施策のベストプラクティスなど、マーケティング部門に関わるすべての情報を掲載しよう。

また、社内Wikiの立ち上げ後には定期的なアップデートも欠かせない。登録されている情報が最新のものであるかどうかを確認したり、内容更新後の社内周知もおこなったりしながら正しい運用をリードしよう。フィールドマーケターとの定期的な会議を設けるのもおすすめだ。

チケット管理制度の導入

再現性のある施策を実施するために、施策を型化すると良い。施策を型どおりに実行し続けるうえで、チケット管理制度が有効だ。

フィールドマーケターは、申請画面上で施策の実行時期・コスト・訴求するサービス・ターゲットの業種や従業員数などのデータを入力し、チケットを発行する。そして、MOpsがオペレーションルールに沿った申請のみ許可する。

チケットを発行する際に必要事項を入力することで、分析をするうえで必要な情報を事前に整理できる。整理した情報をもとに施策実施後の評価をおこなうことで、型をアップデートするサイクルを生み出せる。

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組織的なナレッジ共有の実現は、仕組みづくりから始まる

社内の知見を集積するナレッジベースの構築、情報共有をスムーズにするための組織体制づくりを平行して進めることで、ナレッジを共有しやすい環境は整備できる。

パワー・インタラクティブでは、ナレッジを共有して生産性を高めるための組織づくりを支援している。組織的なナレッジ共有に向けた環境を整備したい方は、ぜひパワー・インタラクティブまで相談してほしい。

山田 俊也

マーケティングコンサルタント

山田 俊也

マーケティング戦略策定

BtoB企業を中心に、マーケティング戦略設計から施策の実行までサポート。Marketo Engageを使ったコンサルティングの実績を多く持つ。
社外に向けた無料・有料セミナーの企画、講師も担当。のべ50回以上の登壇実績。Adobe社が提供するMarketo Core Concepts Ⅱの講師を勤める。
育児のための長期休暇を取得、仕事復帰後は子育て奮闘中。

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