コラム

オンライン授業の効果的な進め方

代表取締役 岡本 充智【文責】

 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響で今年の前期授業はオンラインで行うことを余儀なくされている。私はある大学院で事業化提案演習という演習系の科目を10年余りにわたり担当している。この授業はビジネスアイデアを事業計画に落とし込んで行くものである。受講した学生には毎週1回90分の授業を15回受講することで2単位が付与される。今期は初回からオンライン授業で臨むことになった。WEB会議サービスのZoomを使用した。授業内容は次のように構成した。これは通常のリアル授業と同じ構成である。ここで同時双方向型は講師と受講生との対話形式、オンデマンドは講師からのレクチャー、課題学修はグループワークである。

図表1 : 事業化提案演習のカリキュラム(1~5回まで)
図表1 : 事業化提案演習のカリキュラム(1~5回まで)

 このコラムを執筆している時点で5回のオンライン授業を終えた。全体の1/3を終えたことになるが、ここまでのカリキュラムは事業計画を作成する際に必要なビジネスフレームを理解習得する内容になっている。受講生はすべて中国からの留学生7名である。大半は日本の自宅で受講しているが、日本に入国できず中国で受講している学生もいる。受講生の受講環境はハード面については、大学院生という事もありデスクトップもしくはノートパソコンで出席しており、カメラもマイクも問題なく装備されている。問題は演習系科目において、どのように受講したらいいのかという不安感や孤独感が全員にあるのではないかと想定されることである。授業を開始するにあたって、次の3つの点を学習目標として設定した。

図表2 : オンライン授業における学習目標 画像2
図表2 : オンライン授業における学習目標

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学生の集中力を保ち続ける

 学生時代を振り返れば、興味のない授業で集中力を保つことはとても難しかった記憶がある。いかに学生の集中力を維持するか。ここで意識をしたのは「心理的リアクタンス」である。心理的リアクタンスとは、人は自分の自由を奪われることに対して強く抵抗するという心理である。子どもの頃、親や教師からこれはしてはいけない、あれはダメだと強く言われたことがあると思う。その時、どのような気持ちになったか。恐らく反抗心が起こったのではないか。人は強い要求や大きな行動変容を求められると、むしろ変るまいとする行動に出る。仮に言われるままに行動したとしても、それは積極的なものではないので、求められる効果は現れにくいものである。

 オンラインという非対面の状態で心理的リアクタンスが発生する可能性が高まることを意識して、授業は次のようなやり方を心掛けた。

1. 多くの内容を詰め込み過ぎない求めすぎない
2. 学生への要求や質問はハードルの低いものから始める
3. 学生の発言に対して常に「なるほど」「いいですね」「よく考えたね」を連発する

たった、これだけのことをするだけで、学生は積極的に授業に参加し、グループワークにも活発に発言してくれた。学生の集中力があってこそのオンライン授業である。

リアル授業では出来ない工夫をする

 オンラインならではの授業に取組んでみたいと思った。できれば、来るべくアフターコロナで活かせるような発見ができれば嬉しいと考え、リアル授業でやっている手法で、まだまだ改善の余地があると思われるものをまずオンラインでやればどうなるか試してみた。

図表3 : リアル授業とオンライン授業の手法比較

図表3 : リアル授業とオンライン授業の手法比較

オンライン授業では、リアル授業に比べて多彩な手法を取ることができることがいくつも発見できた。プリント資料の配布は、今までは授業中に配布することが一般的であったが、オンライン授業に切り替わってから、LMS(Learning Management System,学習管理システム)を学生が積極的に使う様になったので、授業で配布する予定のプリントや資料を事前にアップロードしている。そうすると、学生もあらかじめダウンロードして予習をしてくることができる。もちろんリアル授業でも事前にメールなどで配信しておくことは出来るが、誤配信やメール設定の手間などを考えるとそんなにサクサクとできるものでもない。また、授業中でも必要な資料などがあれば、すぐに共有機能を使って学生に提示説明することができる。この資料は授業終了後にやはりLMSにアップしておく。これがリアル授業だと、まず授業中にコピーができない、プロジェクターで見せたとしても拡大などの機能がなかなかリアルタイムに進まないなど、やっぱり見せるのは止めておこうかという気持ちになる。そういう意味でもオンラインは教える側のやるべき事の敷居が低くなっていることを感じる。

 学生からの質問対応は、講師側から見れば、一見してさほど授業手法としては差がないように見える。しかしながら学生側から見たときに、チャットに質問が書き込めるというのは天恵ともいうべきものである。授業中に挙手をして質問をすることはハードルが高くても、こそっとチャットに書き込むことは知識欲と少しの勇気があれば誰にでもできる。その少しの勇気を後押しするために、「質問はチャットに書き込んでおいてくださいね」と、一言伝えておけば、知識欲だけで質問を引き出すことはできる。学生から質問を引き出せることは、彼らの授業満足度にも直結し、かつ授業への出席意欲も高まることになる。

 グループディスカッションでオンライン授業は驚異的な効果を上げた。Zoomに搭載されているブレークアウトセッションの機能をフルに活用した。今回は7名の受講者であり、2グループに分けてディスカッションを進めていくので、さほどブレークアウトセッションの恩恵に預かっていないが、私は既にこの効果のほどを体感している。実は4月にベトナムの大学で経済日本語という科目の授業を現地で行うことになっていた。しかし新型コロナ感染症の影響で大学は休校。しかし先方からオンラインでも授業が出来ないかという要請があり実施した。受講生84名はすべてベトナムの自宅から受講した。授業時間は現地時間で朝の7時15分~17時、昼休憩を1時間45分挟んで、実質8時間にわたる授業を行った。この時にパワーを発揮したのが、このブレークアウトセッションである。毎回テーマを出しレクチャーをして、そのテーマに沿ったワークショップを行う。このサイクルをテーマを変えながら5回行った。1グループは4~5人で全部で20グループを編成し、毎回シャッフルしてメンバーを変えていった。その効果は大きかった。同じグループだとどうしても議論をリードする学生、話をワークシートに記入する学生、発表をする学生と役割が自然に決まっていく。これが毎回メンバーが変わるものだから、常に緊張感を維持しながらディスカッションが進んでいく。知識のインプットだけでなく、新たな刺激や体験を学生たちに提供することができたと言える。

学生の自己効力感を向上させる

 最後にいつも授業で心掛けていることに、学生の自己効力感を向上させるという学習目標がある。自己効力感とは、自分にはできるという確信があれば、人はそのタスクをやり遂げることに努力するというものだ。努力をするという事は、目標を達成し、成果を挙げる確率も高まる。また、大学の授業は長期にわたるだけに、フラストレーションや気の緩みや挫折やさまざまな感情にまつわるカベが存在する。オンライン授業を通じていかに学生たちの自己効力感を高めるかという事に目標を置いた。自己効力感を高めるために、次のようなことを試みた。

1. 90分の時間を小刻みに切り分けて、その時間にやるべき目標を指示した。
2. 必ず1回は発言をする機会を与えた。その内容はきわめて平易なものにした。
3. 1回の授業が終わった時に、必ずどのような気づきがあったかを問いかけた。

 時間を小刻みにすることで、集中力も高まり、何をすれば良いかが明確になる。そのことが何らかのアウトプットを産み出すことになり、それを起点に次につなげられる。最初から答えが見えているものではないので、これで着実に階段を登っていける。

 発言をすることは、その瞬間、その学生が主体性を持つことになる。常に主体性を持つことを習慣づけていくことで、少しずつ自信を取り戻していく。従って、いつも授業の中で、自信を十分に持てない学生を見つけ出し発言する機会を与えるようにしている。しかしこれがリアルな授業になると、みんなの視線を浴びることになり、なかなか言いたいことも言えない。オンラインならばその心理的な障壁は低くなり発言しやすくなると考えられる。ステイホームでオンライン飲み会なるものが静かな人気があるのも、さりげなく発言できるところに一因があるのかもしれない。

 授業の最後に「今日はどのような気づきがありましたか」と問いかけることにしている。 この問いかけには意味がある。学生たちの回答の多くは新しい知識に対するものである。「このことを知ることができて良かった」「この言葉は知っていたがはじめて理解することができた」「楽しく学べて充実している」というようなコメントが多い。しかし私が求めているのは、新たな行動を引き出す行動変容につながるコメントである。「新たなやり方に気づくことができた」「今までのやり方をやり直してみる」「一歩踏み出す力が湧いてきた」というような学習者の行動を変えていく促していくことが、今の私に求められている授業だと考えている。これこそが自己効力感である。この3か月間のオンライン授業で、やり方次第で学習者の自己効力感を高めることができることを確信した。これからは今回のオンライン授業で得ることのできた経験や知見をリアル授業にも応用展開していき、新しい学習のあり方を追究していきたい。

岡本 充智

代表取締役

岡本 充智

中期ビジョン策定支援

京都⼯芸繊維⼤学繊維学部卒業。株式会社アシックス⼊社。アスレチック部⾨の商品開発・販売促進を担当。新規ブランド⽴ち上げやブランドマネジャーを歴任。その後、住友ビジネスコンサルティング株式会社に転じ、マーケティング分野のコンサルタントとして戦略デザインの構築・実⾏⽀援に数多くの成果を上げる。1997年2⽉、株式会社パワー・インタラクティブ設⽴。代表取締役に就任。現在に⾄る。

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