組織の人材、プロセス、テクノロジー、データなどを横断的に管轄し、マーケティング効率と効果の向上を目指す「マーケティングオペレーション(以下、MOps)」。日本ではまだまだ馴染みの薄い概念だが、欧米では実に6〜7割もの企業が専属のMOpsチームを有するといわれている。
当社では2023年6月8日、ゼロワングロース株式会社 取締役の廣崎依久氏をゲストに招いた2部制のセミナーを開催。
第1部では、5月15日に上梓された『マーケティングオペレーション(MOps)の教科書 専門チームでマーケターの生産性を上げる米国発の新常識』の内容に触れながら、MOpsについて理解を深める講義を実施。続く第2部では、「MOpsが担う役割とは」をテーマに、当社マーケティングコンサルタントの山下とのパネルディスカッションを展開、日本企業のマーケティング部門の現状をふまえたMOpsの役割について深堀りがおこなわれた。本コラムでは、当セミナーの内容をまとめている。
MOps(Marketing Operations)に関する実態調査資料
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第1部では、今、MOpsが注目される理由について、ゼロワングロース株式会社 廣崎氏による講義がおこなわれた。
日本と海外のマーケティング現場には、オペレーション体制に様々な違いが見られる。
海外企業は「戦略設計」に多くの時間とリソースを割く
海外のマーケティング現場では、マーケティング戦略を実行に移す前段階で人員配置や使用ツール、チャネル配分を検討する「戦術設計」に多くの時間とリソースを割く傾向にある。
この戦術設計をリードするのがMOpsの重要な役割の1つだ。組織内にこの役割を置くことで、マーケティング活動全体の効率化が図れるだけでなく、マーケティング戦略が収益に貢献するところまでを一気通貫してモニタリングできる体制づくりが可能となる。
米国企業の80%は専任のMOpsチームを持っていると回答
2022年におこなわれたMarketingOps.comの調査『The 2022 State of the Marketing Operations Professional “MO Pro”』によると、米国では80%以上の企業が自社に専任のMOpsチームを有するという。MOps担当者・チームを組織に置くことは、もはや欧米では常識であるといえるだろう。
システムやデータ活用の重要性が高まるなか、MOpsへの投資を積極的に行う企業は世界的に増加している。ここからは、MOpsが注目を集める背景について理解を深めていこう。
BigOpsの時代が到来している
マーケティングオペレーションの重要性について理解するためには、まずその1つ上のレイヤーにあたる「Big Ops(ビッグオペレーション)」のコンセプトを把握する必要がある。
デジタル時代の今、企業活動にはビッグデータの効果的な活用が欠かせなくなっている。
見込み顧客・既存顧客に関する様々なデータを収集・理解し、ビジネスや顧客インサイトに繋げようとする企業は増えているが、データを上手く活用できている企業はごく一部であるのが現状だ。
Big Opsは、ビッグデータを適切に処理できるようなオペレーションモデルを組織内に構築することを指す。
複雑で膨大なデータを効果的に活用するためには、最新ツールや属人的なオペレーションだけに頼るのではなく、データやテクノロジーに関する専門知識を持った人材を各部門に配置し、それぞれの部署が連携を高めていく必要があるのだ。
マーケティングテクノロジーツールが爆発的に増加している
マーケティングテクノロジーツールの数や種類はこの12年ほどで急激に増加している。
chiefmartec社が公表している『2023 Marketing Technology Landscape Supergraphic』を見てみると、この調査が開始された2011年には150しかなかったテクノロジーツールが、2023年には11,038にまで増加している。このことからも、マーケティングテクノロジーが凄まじいスピードで成長していることがわかるだろう。
マーケティングテクノロジーが急激に複雑化・高度化するなか、マーケティング活動を効率的に推進するには、データやシステム活用に関する専門性を持った人材が欠かせない状況となっている。
MOpsとは、マーケティング活動の管理体制・プロセスを構築し、スムーズに運用することで、組織が保有するデータやシステムの活用を推進する役割のこと。「マーケティングとITの架け橋」とも呼ばれる。具体的な業務内容については大きく以下の4つに分けられる。
マーケティングテクノロジーツールの特定・選定・導入
最適なマーケティングテクノロジースタックを構築するには、以下4つの段取りを踏む必要がある。
1.要件定義
2.マーケティングスタックのロードマップ
3.最適なテクノロジーの選択
4.導入作業
この業務を遂行するには、テクノロジーの専門的な知識だけでなく、自社がマーケティング成果を挙げていくためのロードマップを十分に理解する必要がある。そのためMOpsには、テクノロジーとマーケティング両方の深い知見が求められる。
業務プロセスの策定とベストプラクティスの集約
最適なツール運用を実現するための業務プロセスの策定やベストプラクティスの集約もMOpsの役割のひとつ。キャンペーンの命名ルールやチャネルの名称など、細かな運用ルールを統一することで、効果的なデータ分析を実現させる。
整理されたデータをもとにベストプラクティスを見出し、他のチームへ展開することもMOpsの役割のひとつだ。
データ分析とデータマネジメント
多くのテクノロジーツールを用いながらマーケティングをおこなうと、データがあちこちに散在してしまうといった問題が生じる。散在しているデータを集約し、分析できる環境を整えるにはMOpsの専門的な知識が欠かせない。
MOpsは散在したデータをDMPやBIツールを駆使して繋ぎ合わせ、マーケティングの収益貢献を可視化する。収益貢献のデータは施策の改善に繫げたり、マーケティング予算獲得の説得材料に活用したりすることができる。
マーケターのテクノロジー教育
フィールドマーケターに向けてテクノロジーツールの使い方や運用ルールを定期的に教育することも、マーケティングチーム全体のパフォーマンスを高めるために必要な業務だ。
テクノロジー教育の前段階として、以下2点を整理する。
・マーケティングテクノロジーツールの運用方法
・マーケティングスキルマップ
そのうえで、以下4点をマーケティングチームに共有し、生産性向上へ繋げる。
・各ツールの基本的な使い方
・マーケティングチームのPlaybook
・マーケティング推進に関わる範囲の組織図
・マーケティングカレンダー
フィールドマーケターの誰もがテクノロジーを駆使して成果を挙げられるような体制を作れれば、マーケティングにおける成果は飛躍的に向上するだろう。
日本国内のビジネス現場では、ツールの運用や戦略の策定、施策の実行までの多岐にわたるマーケティング業務を少人数で回すような属人的な運用が多く見受けられる。
しかし、高い専門性を持ったMOpsのメンバーがプロセスの基盤を構築すれば、個人ではなく組織や企業自体にマーケティングのノウハウ、ベストプラクティスを蓄積できる体制づくりも可能となる。
第2部では、廣崎氏と当社マーケティングコンサルタントの山下によるパネルディスカッションを実施。日本のマーケティング現場が抱える課題や、MOpsの概念をスムーズに現場に取り入れるためのポイントについて議論が繰り広げられた。
日本のマーケティング現場は、どのような課題を抱えているのだろうか。山下は現場で実感する4つの問題点を指摘する。
1.マーケティングによる収益貢献が追えていない
2.事業ごとに顧客データや施策結果がバラバラでデータの管理が難しい
3.組織が縦割りで、業務をスムーズに進められない
4.事業によってマーケティングレベルに差がある
これに対して「海外でも同様の課題に直面している企業がある一方で、マーケティングを強化して成功している企業には共通点が見られる」と語る廣崎氏。
廣崎氏:マーケティングに力を入れている企業は、同じマーケティング部内でもさらに細かく役割分担した組織体制を作っているんです。例えば、CMOといわれるマーケティングのヘッドの下に、マーケティングオペレーションチーム、施策を実行するフィールドマーケティングチーム、PRやブランディング活動をおこなうコミュニケーションチームが存在していて、それぞれの役割や責任、KPIが明確に定められているといった感じです。
組織内での協業も積極的に進めることで、組織全体の専門性強化にも繋がっています。
山下:せっかくマーケティングチームを配置したとしても、事業ごとに縦軸で見てしまうと、 どうしても一つの事業に特化してしまいがちですよね。ある事業部はそれなりにマーケティングが進んでいる一方で、別の事業部は全然進んでいないということをよく目にします。そういった場合、MOpsがマーケティングのベストプラクティスを吸い上げ、各事業部へ展開していくと良いと思っています。
マーケティング部門のなかで「オペレーション」を担うMOpsは、大きくわけて以下4つの役割を持っている。
・マーケティングテクノロジーツールの特定・選定・導入
・業務プロセスの策定、戦術・ベストプラクティスの集約とスケール
・データ分析とマネジメント
・マーケティングチームのテクノロジー教育
なかでも日本企業が優先的に取り組む必要がある領域について、廣崎氏、山下ともに「業務プロセスの策定、戦術・ベストプラクティスの集約とスケール」「データ分析とマネジメント」が重要との見解を示した。
山下:すでに何かしらのツールを使っている状況であれば、まずはその活用を進めるべきではないでしょうか。例えばMAを使っている場合は、顧客管理ツールやキャンペーンマネジメントツールと繋げて、データをしっかり収集・管理していくことに力を入れるのもありだと思います。ただし、それにはルールの策定と戦術の集約も必要です。現時点で特に何もしていない場合は、まずロードマップを引くというところですかね。
廣崎氏:個人的にはプロセスの策定が一番重要だと考えています。 このプロセスには時間が掛かりますし、 マーケティング組織全体の文化や施策の実行方法を変えていく部分なので、上層部からのサポートも必要です。マーケティングオペレーションを立ち上げる上で一番気合を入れておこなうべきポイントだと思います。
また、私が日本企業のマーケティング支援をするようになって最も驚いたことは「MAとSFA/CRMが繋がっていないこと」でした。MAとSFA/CRMが繋がっていないと、マーケティングの成果がどれだけ収益に貢献したかを分析できません。日本企業のマーケティングを推進するうえで、MAとSFA/CRMの連携を含めたデータマネジメントも重要になってくると思います。
組織のマーケティング活動においてMOpsが成果を上げるためには、MOpsが担う4つの役割のうち、まず何から取り組むべきだろうか。廣崎氏と山下はそれぞれの意見を述べた。
山下:これまでマーケティングを推進してきたなかで、何らかのMAやCRMを導入している企業は多いと思います。しかし、廣崎さんが話していたように、MAとSFA/CRMが連携していないというケースも多いです。私がマーケティングを支援してきたなかで、MAとSFA/CRMが連携されている企業は3~4割という感触です。
まずは分析環境を整えるためのデータ連携と、施策の費用対効果を可視化させるためのキャンペーンマネジメントに取り組むのが良いのではないでしょうか。
廣崎氏:データマネジメントやプロセスの策定は、かなり専門性が問われる領域です。そのため、MOps人材の育成と専門性を磨ける組織体制の整理から入る必要があるかと思います。とはいえ、MOps人材は日本の市場にはまだほとんどいない状況です。そのため、社内でコンバートし、育成する必要があります。
IT部門の方は「もっとビジネスに直接的に貢献したい」というジレンマを抱えていることもあるので、そういった方をMOps人材として呼び込んでいくと良いのではないでしょうか。
ゼロワングロース、パワー・インタラクティブではオペレーションモデルの構築サポートや人材育成サービス事業を展開している。
新しい組織モデルを構築していくのは決して容易なことではない。MOpsの概念を自社に持ち込みたいものの、何から始めていいのかがわからない場合は、自社だけで方向性を模索するのではなく、MOps構築のプロへ相談することもぜひ検討いただきたい。
MOps(Marketing Operations)に関する実態調査資料
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