MOps(マーケティングオペレーションズ)の役割と体制づくり
テクノロジーの重要性が高まり、取り扱うデータ量も膨大になる今、国内でもマーケティングオペレーションズ(以下、MOps)のニーズが高まりつつある。しかし、MOpsチームを立ち上げるための人材確保や組織体制整備の進め方に悩む企業は少なくない。
2023年8月3日、ゼロワングロース株式会社 取締役の廣崎依久氏をゲストに招いた2部制のセミナーを開催した。
第1部では、MOpsの定義や役割、理想的なマーケティング組織体制についての講義を実施。続く第2部では、廣崎氏とマーケティングコンサルタントの山下によるパネルディスカッションを展開。組織体制づくりや人材育成の進め方について議論した。本コラムでは、当セミナーの内容をまとめている。
調査レポート無料ダウンロード
マーケティングデータ集約できていない企業が6割強
データ活用の現状と課題 ~データドリブン経営とMOpsの実態~
関連記事:MOps(マーケティングオペレーションズ)とは、戦略と実行を紐づける組織である
【第1部】講義:MOps(マーケティングオペレーションズ)の4つの役割と体制づくり
第1部では、MOpsの役割と、理想的なマーケティング組織体制をテーマに、ゼロワングロース株式会社 廣崎氏による講義がおこなわれた。
フィールドマーケターとMOpsの違い
フィールドマーケターとMOpsの違いは、それぞれの専門分野にある。フィールドマーケターはマーケティング施策を実行する、実務のプロフェッショナルだ。一方、MOpsはフィールドマーケターが効率的かつ効果的に施策を実行できる環境を整備する役割を担う、オペレーションのプロフェッショナルである。MOpsの主な業務内容は、以下の4つだ。
・マーケティングテクノロジーツールの管理・運用・導入
・プロセスの策定、戦術・ベストプラクティスの集約とスケール
・データ分析とマネジメント
・マーケティングチームのテクノロジー教育と情報の共有
MOpsは、マーケティング活動全体の最適化や管理をおこなうプロフェッショナルともいえる。
マーケティング業務の専門性と複雑性が高まっている
テクノロジーの急速な発展に伴い、マーケティング業務の専門性と複雑性は年々高まっている。広告やイベントの企画、マーケティングオートメーションの設定に至るまで、幅広い業務を1人のマーケターが担当することが難しいと感じている人も少なくないだろう。
そんななか、マーケティングにおける役割分担を明確化することで、各業務の専門性を高めていこうとする動きが見られるようになってきた。近年は日本でも、MOpsへの注目度が徐々に高まりつつある。
業務の属人化を解消し、専門性を高めていける組織体制が求められる
属人的なオペレーションを脱却し、それぞれの役割の担当者が専門性を高めていける環境を作るためには、マーケティング組織体制の整備が必要不可欠だ。ここでは、一般的なマーケティング組織体制と、MOpsを導入するうえでの理想的な組織体制を紹介する。
一般的なマーケティング組織体制
多くの企業は、図表1のようなマーケティング組織体制を採用している。

図表1:多くの組織が採用しているマーケティング組織体制
図表1を見ると、マーケターが幅広い業務を担当していることが改めて理解できるだろう。
担当業務が広範囲に及ぶ状況では、それぞれの業務の専門性を磨くことは難しい。質の高いキャンペーンや精度の高い分析をおこなえず、施策がなかなか収益につながらない事態に陥る可能性もある。
さらに、このような組織体制が抱える重大なリスクとして、業務が属人化してしまっている点にも注目しなければいけない。情報やノウハウの共有が上手くできていなければ、担当者が1人組織を去るだけで事業に多大な影響が及ぶことにもなりかねない。
理想的なマーケティング組織体制
業務の専門性向上と組織的なマーケティング運用を両立するための理想的な組織体制は、様々なパターンが考えられる。ここでは2パターンの体制を例として取り上げる。

図表2:理想的なマーケティング組織体制の例
図表2の体制では、マーケティング部門の中に「ブランドチーム」「フィールドマーケティングチーム」「マーケティングオペレーションチーム」といった役割別のチームを配置している。このように分業・協業できる体制をつくることで、各分野の担当者が専門性を磨けるようになる。
また最近では、「マーケティング」「営業」「カスタマーサクセス」「オペレーション」といった4つの組織をまとめて管掌するレベニュー組織体制を採用する企業も増えている。

図表3:レベニュー組織体制の例
レベニュー組織体制では、全体のオペレーションを整備する組織をつくり、そのなかでMOps・Sales Ops・CS Opsの役割を担う人員を配置する。そうすることで、マーケティング、営業、カスタマーサクセスでの全体最適なオペレーション整備を実現できる。
MOps導入時に採用するべき組織体制は、企業規模や事業構造、現状の組織体制などによって異なる。どのような組織体制を採用するにせよ、各部門の担当者が専門性を高められ、効率的にマーケティングを実行できる環境づくりが重要であるという点は変わらない。
職務の責任範囲やKPIを明確にするメリット
役割ごとにチームを分けることで、各人の責任範囲や業務に必要なスキル、KPIをより明確にできる。これにより、日々の実務が効率化されるだけでなく、採用の場面でも必要な人物像やスキルを明確に提示できるため、採用後のミスマッチをある程度防ぐことにもつながる。
ガバナンスモデルの決定も重要
どのようにフィールドマーケティングとマーケティングオペレーションを両立させていくのかを考える際、組織の構造だけでなく、ガバナンスモデルについてもよく検討する必要がある。
組織のガバナンスモデルは「集中管理」「分散管理」「ハイブリッド管理」の大きく3種類にわけられる。それぞれの特徴は以下の通り。
集中管理
1箇所に集約されたマーケティング戦略およびオペレーションチームがすべてのクリエイティブ・コンテンツ・マーケティングプログラム(キャンペーン)を管理し、ひとつの戦略を全体で実施する。
集中管理ではプロセスを標準化するため、一貫性のあるマーケティングによってブランディングをコントロールしやすい。一方、各事業部の細かなニーズが反映されにくく、不満を招くケースも多い。
分散管理
各地域や事業部などがマーケティングテクノロジーツールの導入、コンテンツの作成、公開、管理を自由におこなえる。
細かなニーズに対応しやすいものの、集中管理していないことで重複したコストが発生したり、一貫性を欠いたマーケティングキャンペーンによるブランド棄損などの問題が生じたりするケースもある。
ハイブリッド管理
オペレーションやブランディングのコントロールを集約しつつ、ニーズに沿ったマーケティングメッセージを届ける、集中管理と分散管理の間を取ったハイブリッドスタイル。
具体的には、マーケティングオペレーションやブランディングのコントロールを担う中央組織がありつつ、事業または地域ごとにマーケティング担当者が存在する状態を指す。このモデルでは、中央組織と担当者間の業務の線引きや意識の統合が大きな課題となり得る。
組織の規模や成熟度を考慮したうえで、自社に合ったガバナンスモデル構築に取り組んでほしい。
【第2部】パネルディスカッション:MOps(マーケティングオペレーションズ)体制の進め方
第2部では、廣崎氏と山下によるパネルディスカッションを実施。「どのタイミングでMOpsの専門チームを作れば良いのか」「どのようにしてMOps人材を確保または育成するのか」という2つのテーマについて意見が交わされた。モデレーターを務めたのはパワー・インタラクティブ取締役の広富。ここからはその内容を一部抜粋して紹介する。
1. どのタイミングでMOpsの専門チームを作れば良いのか
広富:まずは、「MOpsの専門チームを作るべきタイミング」についてですが、廣崎さんいかがでしょうか?
廣崎氏: MOpsの専門チームをつくるべきかどうかは、マーケティング活動の内容やレベニュープロセス全体に関わる人数、組織構造など様々な要素によって異なります。ただ、テクノロジーを使って顧客データを収集をしている企業が、そのデータを活用してマーケティング施策の収益貢献度を分析したいと感じた場合は、MOpsの導入を進めるべきだと思います。
MOpsというと「規模が大きいマーケティング組織が運用している」とイメージされる方が多いかと思います。しかし、MOpsがすでに浸透しているアメリカでは、組織のサイズに関係なくMOpsの担当を置いているケースが多いです。
広富:社内でデータ活用や分析に対するニーズが生まれたら、MOpsの専門チームを作った方がいいということですね。
廣崎氏:そうですね。MOpsという言葉を使うと、新しい概念のように思えるかもしれません。しかし、先ほど紹介した4つの役割については、すでに部分的におこなっている企業も珍しくないです。新しくMOpsを導入する際は、各担当者が専門性を極められるように役割分担をして、チーム化するという点がポイントになってくるかと思います。
広富:山下さんは、MOpsのチームを作るタイミングについてどのように考えますか?
山下: マーケティングとセールスの部門間で、データの共有や連携が上手くできていない場合は、今すぐにでもチームの立ち上げを検討して良いのではないかと思います。
例えば、事業部や営業部がメルマガの送付や展示会・ウェビナー開催の業務を独自の判断で進めている場合や、CRMを導入したもののデータ集計はExcelでおこなっている場合などが挙げられます。
廣崎氏: 部門同士の連携が取れていないことで施策の一貫性を欠いてしまうのであれば、MOpsを導入してガバナンスを強化するべきタイミングでもあると思います。
2. どのようにMOps人材を確保・育成していくのか
広富:MOpsチームを立ち上げるためには、まず人材を確保する必要があります。ただ、どうやってMOps人材を確保・育成していくのかについては頭を悩ませている企業も多いようです。
廣崎氏:人材については本当に皆さん悩んでるところですよね。
MOpsはマーケティングの中でも専門的かつニッチな分野です。そのため、採用による人材確保はなかなか難しいのが実状かと思います。そのため、MOpsチームを編成するときは社内での抜擢が現実的な選択となるでしょう。
社内で人材を育成しようとする場合については、2つのパターンが考えられます。ひとつは、ある程度データ分析経験があるマーケターをMOps人材に育成していく方法。もうひとつは、技術的な知識があるIT部門の方にマーケティングの知識を身につけてもらうという方法です。
しかし、社内の力だけではなかなか難しい場合は、外部の力を借りてMOpsを実装する手段を模索していくことも重要だと思います。また、社内で人材を育成する場合は、育成と同時に担当者一人ひとりが専門性を磨いていけるキャリアパスの整備を進めていく必要もありますね。
広富:廣崎さんから人材の登用と育成についてお話がありましたが、山下さんはどのように考えますか?
山下: MOpsの仕事では、データがしっかり扱えるかどうかが重要なポイントになってきます。そういう意味では、IT部門の方にマーケティングの知識を得てもらう方が上手くいきそうです。それから、社内でMOpsに興味のある人を募集するのもひとつの手ですよね。
廣崎氏:すでにデータ分析やテクノロジーに関してある程度の知識を持っている方であれば、人材の育成にかかる期間をグッと縮めることができます。興味がある人を募るアイデアもありですね。
広富:セミナー参加者の方から、「MOpsの導入を進めていく際、組織全体で足並みを揃えるためには、どういった側面の人材教育から進めていくべきでしょうか?」という質問が届いています。この質問について、ご意見をお聞かせください。
廣崎氏: やはり技術面の進行度合いを揃えるのが一番難しいと思うので、テクノロジーの教育から進めるのが良いのではないでしょうか。
山下:足並みを揃えるという意味では、まず全社で一丸となって何かに取り組んでみることから始める方法も考えられますよね。そのなかで、少数精鋭のチームを作り、プロジェクトをリードしていくような進め方もありますよ。
セミナー事務局より
マーケティング組織の形やMOps導入の進め方にひとつの正解はない。企業規模や事業構成、マーケティングの方針など、様々な要素によって最適な進め方は異なる。
まずはMOpsの役割を明確にしたうえで、自社にとって最適な組織体制とガバナンスモデルを検討するのが良いだろう。
MOps(マーケティングオペレーションズ)に関する実態調査
資料をダウンロード
関連記事:MOps(マーケティングオペレーションズ)とは、戦略と実行を紐づける組織である