「コーラ戦争」の勝因とは 市場で勝つのは味ではなくブランドイメージ?

「ペプシ・チャレンジ」というテレビ広告をご存じでしょうか。
無作為に選ばれた人たちがペプシコーラとコカ・コーラを飲み比べる目隠しテストで、ペプシコーラをおいしいと評価する人の方が多い―その実験の様子がそのままテレビ・コマーシャルとして放送され、大きな反響を呼びました。

ところが、それに対抗したコカ・コーラの広告は、市場調査の結果、コカ・コーラの方が好まれていることがわかったとアピールするものでした。

一見、矛盾する事実にみえますが、実はこの謎には深い意味があるのです。
それはどのようなものなのでしょうか。

「ペプシ・チャレンジ」キャンペーン

コカ・コーラは何十年もの間、市場でトップシェアを維持していました。*1
優れた流通システムやマーケティング、ブランドロイヤルティ(特定のブランドに対する消費者の支持)によって、多くの顧客を抱えていたのです。

しかし、1975年、流れを大きく変える出来事が起こります。

ことのはじまりは、ブランド名を隠して行われたコカ・コーラとの味覚調査で、ペプシコーラの方が消費者から高い評価を得たことでした。*2

図1 :ペプシ・チャレンジの様子

そこでペプシは、目隠しテストを「ペプシ・チャレンジ」と称し、大胆な広告を打ち出しました。
こうした事態に直面し、コカ・コーラは市場シェアが急落することを恐れ、市場調査の結果、コカ・コーラの方が好まれていることがわかったと強くアピールしたのです。*3

味はペプシ、ブランドはコカ・コーラ?

ペプシコーラもコカ・コーラも、どちらも実際に消費者に試飲してもらい、好きな方を選んでもらった結果なのに、その結果が矛盾していたのはなぜでしょうか。

味よりブランドイメージの方が優先する?

この問題の解明に挑んだのは、神経科学者たちでした。*4

2004年、神経科学系の雑誌 “Neuron(ニューロン)” に、ベイラー医科大学の神経科学者モンタギュー氏の研究グループによる研究結果が発表されました。テーマは上述の「ペプシ・チャレンジ」。

実験は次のようなものでした。
コカ・コーラとペプシコーラが好きな人々を集め、ブランド名を伏せた場合と伏せなかった場合のそれぞれについて、コーラを飲用中の脳の血流をfMRI(機能的磁気共鳴画像)装置を使って計測したのです。

まず、ブランド名を伏せた条件では、コカ・コーラとペプシコーラを選択する比率はほぼ同じでした。コーラが口に流れこむと、経験や先入観による直感的な意思決定に関わる脳の領域が活動しました。*5
このことから、ブランド名を伏せた場合は、純粋にコーラの味の好みによって選択されたのだと解釈することができます。*6

次に、ブランドのラベルを貼ったカップと、 ブランドのラベルは貼らずに、コカ・コーラかペプシのどちらが入っているかわからなくしたカップを使って実験しました。
すると、コカ・コーラのラベルを貼ったカップを選んだ人が圧倒的に多かったのです。

また、コカ・コーラの絵を見せた後にコカ・コーラを飲んだときと、何がくるかわからない刺激の後にコカ・コーラを飲んだときの脳活動を比べると、コカ・コーラの絵を見せた後の方が、海馬と背外側前頭前野などが活発に活動しました(図2)。
海馬は記憶に関わる領域です。また、背外側前頭前野は予測された価値や記憶された価値、ワーキングメモリー(作動記憶)に関わる領域です。*7

図2:コカ・コーラとペプシコーラの実験の脳画像

<出典:竹村和久「ニューロマーケティングと意思決定研究」(オペレーションズ・リサーチ2016年7月号)p.430(14)>

一方、ペプシコーラの絵を見せた後には、それらの領域には強い活動は認められませんでした。
つまり、参加者の脳の活動は、コーラのブランド名がわかっているかどうかで違っていたのです。

意思決定に関わる2つの評価システム

以上のことから、消費者が商品を選ぶとき、少なくとも2つの評価システムが存在することがわかりました。
1つは、味覚そのものを評価するシステムで、もう片方はブランドを想起することによるイメージ評価のシステムです。

ブランド名を伏せたときには、ペプシコーラに対してもコカ・コーラに対しても、脳の反応に大きな違いはなく、目隠しテストではむしろペプシコーラを選ぶ人の方が多数でした。

一方、コカ・コーラの市場調査でコカ・コーラを選ぶ人の方が多かったのは、ブランド名を明かして調査したからだと考えられます。
味覚そのものではペプシを好む人が多いのにもかかわらず、コカ・コーラが市場で優位にあるのは、コカ・コーラの方がブランドからの連想が強かったからだと説明できます。
こうした現象は「ペプシ逆説(Pepsi paradox)」と呼ばれています。*8

このことを広告に関連づけて考えると次のようになります。
広告などのコミュニケーション戦略では、ブランド情報によって、本来の生理的な味覚に基づく嗜好とは異なる好みに訴えることができる。
それは、ブランドイメージの操作によって消費者の欲求システムに強く影響を与え得るという、広告にとって重要な側面を示唆しています。

テイスティング方法も影響する?

しかし、ことはそう単純ではありません。
別の側面から「ペプシ逆説」に迫った実験も実に示唆的なのです。*9

その実験を行ったのは、日本の行動経済学の研究者たちです。
その実験では、消費者がテイスティングの際に、好き嫌いの理由を意識的に分析すると、直感的な評価とは異なる結果になることが明らかになりました。

それは、こんな実験でした。
まず、予備調査として、参加者は市販の6種類のコーラを試飲し、その甘さ、酸味、塩味、苦さ、炭酸、コーラ風味の強さを評価します。

その結果、ぺプシとコカ・コーラはおいしさという点ではほぼ同じ評価を受けました。
また、ペプシはコカ・コーラより甘さとコーラ風味が強く感じられると評価されましたが、コーラの成分分析を行ったところ、糖度についてはペプシの方がコカ・コーラより高い数値を、酸度はより低い数値を示し、参加者の評価が正しかったことが裏づけられました。

続く本調査は、ペプシとコカ・コーラの2種類を使い、ブランド名は伏せて行われました。
参加者を3グループに分け、1つは単純にコーラを試飲するだけ。残りの2グループのうち1つは「どんなところが好きだと感じるか」その理由を分析しながら試飲します。そしてもう1つのグループは、「どんなところを嫌いだと感じるか」その理由を分析しながら試飲します。

試飲の後、参加者は自分が試飲した2種類のコーラについて、それぞれどのくらい好きだと感じたかを7段階の尺度で回答しました。
その結果が図3です。

図3:コーラに対する評価

<出典:山田歩・福田玄明・鮫島加行・清河幸子・南條貴紀・植田一博・野場重都・鰐川彰(2011)「テイスティング方法がコーラの選好に与える影響」(行動経済学 第4巻 第5回大会プロシーディングス)p.131>

分析をせずに試飲をしただけの参加者はペプシよりコカ・コーラを好む傾向がありました(グラフの左の赤・青セットのバー)。一方、好きな理由を分析した参加者は逆にペプシを好むのに対して、嫌いな理由を分析した参加者はどちらのコーラに対する評価も低く、その割合に大きな違いが見られなかったのです。

では、この実験結果からどのようなことがわかるのでしょうか。
実験を行った研究者は、市場調査でテイスティングが分析的に行われるときは、甘さなど飲み物のおいしさと結びつけやすい特徴をもつサンプルに人気が集中しやすくなると予想しています。
それは、その方が好きな理由を言語化しやすいからです。

そして、こうした視点を備えると、「ペプシ逆説」のような現象は、ブランディングの問題だけでなく、テイスティングの方法の問題としても捉え直すことができると主張します。
つまり、目隠しテストは、純粋な味覚反応を示しているとはいえないのかもしれないのです。

「コーラ戦争」の行方

「ペプシ・チャレンジ」以降、ペプシとコカ・コーラの闘いは熾烈を極めます。

味がすべてではないと悟ったペプシは、「ペプシ・チャレンジ」を封印し、マイケル・ジャクソンとCM契約を結んで、独自のミュージック・キャンペーンを開始しました。*10
それ以降、マドンナなどビッグアーティストを次々に起用。同時に、コカ・コーラを引き合いに出してユーモアたっぷりにディスる挑戦広告を展開し、広告界に新風を吹き込みます。

コカ・コーラも黙っていません。
「ペプシ・チャレンジ」で味に揺さぶりをかけられた焦りからか、長く大切にしてきたコーラの味を思い切って変えたのです。*11
コカ・コーラ史上、画期的な大変革でした。
しかし、それが裏目に出ます。

コカ・コーラの味を信奉していた40万人ものファンが、前の味に戻すように抗議したのです。
そこで同社は、新しい味に「ニューコーク」という呼び名をつけて残し、古い方の味を「コーラ・クラシック」として復活させます。そうすれば選択肢が増えて、顧客が喜ぶだろうと思ったのです。

ところが、そうはいきませんでした。新しいコカ・コーラがペプシのように甘くなった結果、コカ・コーラのファンたちは「ニューコーク」vs.「コーラクラシック」というブランド内部での対立軸で反目し合うようになってしまったのです。

このようなマーケティングは、自社の強みとは逆方向に振れていく、興味深い様相を呈しています。

このように紆余曲折あった「コーラ戦争」ですが、ペプシは挑戦者としてのチャレンジを続けています。
2000年には、ペプシ・チャレンジを復活させると同時にYahooと組み、若者を対象にマルチメディア・マーケティング・キャンペーンを実施。*12
2011年にはダイエットペプシ“Pepsi MAX”が北米コーラ市場において最も成長したブランドに選ばれています。

では、現在の市場シェアはどうなっているのでしょうか(表1)。

表1:清涼飲料会社の世界市場シェアと業界ランキング(2021年)

表1の対象はコーラだけではなく、清涼飲料水全体ですが、コカ・コーラがシェアNo.1を誇り、ペプシコがそれに迫っています。

「ペプシ逆説」の教訓とは

「ペプシ逆説」に関する科学者たちの研究は、既存のマーケティングリサーチの手法には限界があることを明らかにしました。
また、同じ現象であっても、アプローチ方法によって異なる側面があぶり出されることもわかりました。

今回ご紹介したような科学的な研究や知見は、大学や公的機関の研究所だけでなく、企業でも盛んに研究され始めています。*13

マーケターは、表層的な現象に捉われずに、より深層に迫る科学的な動向や知見にも注視する必要があるのではないでしょうか。

この記事を書いた人

横内美保子

博士。元大学教授。総合政策学部などで准教授、教授を歴任。専門は日本語学、日本語教育。
Webライターとしては、各種資料の分析やインタビューなどに基づき、主にエコロジー、ビジネス、社会問題に関連したテーマで執筆、関連企業に寄稿している。

*1:juicebox “The Pepsi Challenge: How Pepsi won the battle but lost the Challenge

*2:pepsi「HISTORY 世界のペプシの歴史

*3:ダン・アリエリー著、熊谷淳子訳(2014)『予想どおり不合理』(電子書籍版)早川書房p.264

*4:竹村和久「ニューロマーケティングと意思決定研究」(「オペレーションズ・リサーチ」2016年7月号)p.430(14), p.433(17)

*5:脳科学辞典「前頭眼窩野>意思決定と前頭連合野腹内側部

*6:竹村和久「ニューロマーケティングと意思決定研究」(「オペレーションズ・リサーチ」2016年7月号)p.430(14), p.433(17)

*7:熊倉広志「ニューロマーケティングの現状、課題そして展望」(「オペレーションズ・リサーチ」2016年7月号)p.423(7)

*8:山田歩・福田玄明・鮫島加行・清河幸子・南條貴紀・植田一博・野場重都・鰐川彰(2011)「テイスティング方法がコーラの選好に与える影響」(行動経済学 第4巻 第5回大会プロシーディングス)pp.129-132

*9:山田歩・福田玄明・鮫島加行・清河幸子・南條貴紀・植田一博・野場重都・鰐川彰(2011)「テイスティング方法がコーラの選好に与える影響」(行動経済学 第4巻 第5回大会プロシーディングス)pp.129-132

*10:pepsi「HISTORY 世界のペプシの歴史

*11:juicebox “The Pepsi Challenge: How Pepsi won the battle but lost the Challenge

*12:pepsi「HISTORY 世界のペプシの歴史

*13:竹村和久「ニューロマーケティングと意思決定研究」(「オペレーションズ・リサーチ」2016年7月号)p.430(14), p.433(17)