「電車なのに自転車操業」。
鉄道業界でこんなにも自虐的なフレーズを堂々と掲げる会社は他にないでしょう。
さらには、スナック菓子「まずい棒」を発売。ネーミングの由来は「経営状態がまずいから」というこれまた自虐ネタです。
ローカル線の需要が細り、赤字経営を続けている路線も少ない中、銚子電鉄がそれでも電車を止めることなく踏ん張り続けられている秘訣とは何でしょうか。
全長わずか6.4kmのローカル線を救ったモノ
千葉県最東端の銚子市を走る「銚子電鉄」こと銚子電気鉄道は、全長わずか6.4km、始発から終点まで約19分、という小さな私鉄です。
1923(大正12)年の開通以降、市民の足や貨物運搬の手段として長く親しまれてきました。しかし時代の流れと共に、過疎による人口の減少や観光客の減少で乗客は減り続け、昭和30年代には年間250万人だった乗客は、平成に入ると100万人を切ってしまいます*1。
廃線の危機と隣り合わせで補助金頼みの経営が続いていましたが、2006(平成18)年、悲劇が相次いで襲い掛かります。
まず、会社を揺るがす大事件が起きます。当時の社長の横領が発覚したのです。その額は1億円を超えていました。
また、時を同じくして国土交通省の監査が入り、老朽化した線路や踏切の改善・回収命令が出され、約5,000万円の費用が必要になりました。
さらに1か月には車両の法定検査を控えており、その費用は約1,000万円。月間運賃収入が960万円の赤字会社が背負える金額ではありません。
できることはただひとつ、副業の「ぬれ煎餅」を売ることだけでした。それも簡単なことではありませんでした。
電車を走らせる為に、「買って下さい、買って下さい。」来る日も来る日も必死になって売り歩きましたが、そう簡単に売れるものではありません。現実の厳しさを思い知らされました。
「本当にこんなことに意味があるのか?」「私達が思うほどに銚子電鉄は必要とされてないのか?」
そんな思いが頭をよぎり、やる気を失いかけていました。
しかし、奇跡は起きたのです。
きっかけはホームページへの書き込みです。残された時間はあと数日、というタイミングでした。
この書き込みが瞬く間に掲示板やブログで拡散され、10日間で1万5000件、金額にして4億2000万円分の注文が殺到したのです*2。
その後テレビなどでこの「ぬれ煎餅」が取り上げられるようになり、今でも地元の名物となっています。
上のような書き込みは、一般企業であればあまり考えられないことでしょう。およそ広告と呼べるものではありませんし、自社の経営がギリギリであることを堂々と示しているのです。
しかし、プライドをかなぐり捨てたこの呼びかけが銚子電鉄を救ったのです。
社長が連発する「自ギャグ」で話題に
物販は今でも経営維持に欠かせない、銚子電鉄の経営の中心事業になっています。2021年の事業報告では営業収益5億2829万円(前年度比10.9%増)のうち、物販部門の収益が4億5560万円(前年度比13.3%増)と大半を占めました*3。
物販をここまで拡大した立役者が、2012年に社長に就任した竹本勝紀氏です。
竹本氏の就任以降、銚子電鉄はどんどん「自虐ネタ」を披露していきます。
社長自ら電車を運転し話題に
まず2016年、竹本氏はみずから電車の運転免許を取得することを決めます。当時の銚子電鉄の運転士は4人と不足しており、これを解消しようと自ら運転士を目指したのです。 1年3か月後、竹本氏は試験に合格し、自ら運転士のシフトに入るという姿が話題になりました。
「おかげさまで『社長自ら運転!?』と自虐ネタがひとつ増えました。自虐ではなく、笑ってもらえるような自虐になるようにと、私は『自ギャグ』と呼んでいるのですが、電車の運転士といえば昔から男子の憧れの職業です。子どもの頃の夢が叶ったと思って喜んで運転していますよ」
「DJ」=「ドン引きする冗談」
また、「DJ社長が運転する貸し切り電車」なるものまで始めました。「DJ」はディスクジョッキーだけでなく「ドン引きする冗談」の略で、社長自らがDJ風にギャグを織り交ぜながら観光案内をする貸切列車です。
また、プロのアーティストによるライブ演奏、人気商品とのコラボなどを展開し、その度にファンを引き付けています。
自虐を極めた「まずい棒」はなぜ売れたのか
そして、2018年に発売され時折品薄にもなっているのが、スナック菓子「まずい棒」です。
「経営がまずい」から、「まずい棒」。こちらもネットで一気に話題になり、これまでに350万本以上を売り上げています*4。
しかも、発売は2018年の8月3日。銚子電鉄はこれを「破産の日」と名付けています。
コロナ禍にあっても、オンラインショップを利用して販売を続けました。
「まずい棒」の初期費用は社長のポケットマネーから出ています。
また、有名スナック菓子「うまい棒」を販売する「やおきん」とも粘り強い交渉を続け、「黙認」という形で販売にこぎつけました。
社長が手本にした「AIDMAの法則」
竹本社長が手本としているのは、「AIDMA(アイドマ)の法則」です。
1920年にアメリカのローランド・ホール氏が提唱した「消費者による消費行動」における行程の仮説です。以下のプロセスの頭文字を取ったものです。
Attention=注目
Interest=興味
Desire=欲求
Memory=記憶
Action=行動
つまり商品やサービスの消費には「知る」→「興味を持つ」→「ほしいと感じる」→「記憶する」→「購入する」というステップがある、という、ある意味ではシンプルな理論です。
自虐であれ何であれ、注目を引き続けることが最初である、という意味では、銚子電鉄はこの理論にうまく乗っているのです。
止まらない「パクリ自虐戦略」は「市民の足のため」
「絶対に諦めない」。これが銚子電鉄のモットーです。
ただ、「諦めない」と息巻くだけでは何も起きなかったかもしれません。
次々と新しい手を打ち続けることを諦めない。銚子電鉄の姿はそのように映ります。
経営がまずいから「まずい棒」。他には、「経営がサバイバル」だから「鯖威張るカレー」。他には、このようなアイデアも出されています。
- 経営状況が細っているから「ガリッガリ君アイス」
- 「カメラを止めるな!」にちなんで映画「電車を止めるな!」をクラウドファンディングで制作
- 「倒産防止」にかけたケーキ「おとうさんのぼうし」
- 「まずい棒」のキャラクターデザインを用いた「まずえもん神社」
- 「福袋」ではなく一寸先は闇、で売り出した「闇袋」
いまや「自虐商品」は銚子電鉄の名物とも言えるでしょう。
「諦めない」だけで会社の経営が改善するとは思えません。しかし、「市民の足を守る」という明確なパーパスのためには手段を選ばないという銚子電鉄の経営は、既存のやりかたにとらわれない柔軟な発想があるからこそ続いているものかもしれません。
*1:銚子電鉄「「奇跡のぬれ煎餅 ~小さな煎餅が銚子電鉄を救った~」
*2:東洋経済オンライン「銚子電鉄『ぬれ煎餅』『まずい棒』が好調で黒字」
*3:東洋経済オンライン「銚子電鉄『ぬれ煎餅』『まずい棒』が好調で黒字」