15万円のコストで5億円以上の宣伝効果! あのガリガリ君のマーケティングを探ってみた

<出典:ガリガリ図鑑

年間4億本を売り上げている赤城乳業のガリガリ君*1
そのマーケティングは、従来の固定的なマーケティングとは異なるユニークなものだ。
生活者に小ネタを投げかけ、その反応によって適応的に次の打ち手を考える、マーケティング要素のすべてを話題化する―そんな独自の取り組みを行っている。

しかし、根のない植物が花を咲かせることはない。
そうしたマーケティングを産み出した赤城乳業の経営陣や企業風土も独特だ。 それはどのようなものだろうか。

「遊び心」とマーケティング

赤城乳業の「会社案内」には「遊び心」が溢れている*2
一口齧ったアイスキャンディーの絵は、少し溶けかかったガリガリ君ソーダを思わせる(図1)。

図1:赤城乳業の会社案内

<出典:会社案内|赤城乳業株式会社>

書いてあるのは、「遊び心」の大切さ。
ガリガリ君のイラストに続けて、こんなふうに書いてある。

嫌われていたガリガリ君

メッセージにももちろんマーケティングが絡んでいる*3
2000年で1億本を超える売上本数を記録したガリガリ君は、2004年には1億4,800万本を売り上げた。
2006年は発売から25周年を迎え、さらなる売上本数の拡大が大きなミッションになっていた。そのミッションを遂行するためにはそれまでとは違う取り組みが必要だ。

一方で、知名度は高いものの、2004年には雑誌による大規模調査で「嫌いな企業・商品キャラクター」のベスト5に入ってしまっていた。

マーケティングの責任者は、2004年に営業統括部(マーケティング担当)を、2006年にキャラクター「ガリガリ君」をマネジメントする「ガリガリ君プロダクション」を設立した萩原史雄氏だった。

萩原氏は、そのとき「商品は好かれているが、キャラクターは嫌われている。それならばキャラクターの価値をアップさせれば良いのだから、可能性は無限にある」と考えたという。

マーケティングに活用して逃げ道をなくす

そこで、赤城乳業は、その2004年からガリガリ君を最大限にマーケティング活用するという取り組みをスタートさせた*4

2005年には、ソーダ、グレープフルーツ、りんご、ゆず、みかん、マスカットなど色とりどりの商品ラインアップを売り場に並べ、「ガリガリ君レインボー売り場」キャンペーンを行った。
また、同年夏には、「子どもたちの夏の会話の中にガリガリ君を登場させる」ことを狙って、ゲーム会社と共同で太陽の下でしか遊べない携帯ゲームを発売したり、マンガ雑誌にガリガリ君を連載した。

この年のこうした取り組みが大きな話題を呼び、ガリガリ君というキャラクターを使って話題をつくることでアイス売場に人を呼べるという手応えを萩原氏はつかんだという。

この時点で改めてガリガリ君のブランドイメージ調査を行ったところ、他社商品よりも「楽しさ」というイメージが突出していることがわかった。
そこで、2006年春にはこの「楽しさ」を徹底的に追求するために、企業メッセージを刷新し「遊び心」を前面に押し出したのだった。

同社のウエブサイトには、以下のように「あそびましょ。」の文字が。

「突き抜けた『ガリガリ君』25周年実行のために企業メッセージ、HP、社章までもチェンジし、全社員を巻き込むことで、逃げ道をなくしました」と萩原氏は述べている。

「言える化」がつくる「強小カンパニー」

同社のHPに載っている社長のメッセ―ジには、規模は小さくても強い会社である「強小カンパニー」を目指してきたとある*5
そのためにどのような取り組みをしたのだろうか。

「異端」の思想と「言える化」

「強小カンパニー」を目指すために大切にしてきたことのひとつが、「異端」の思想だ*6
他社の真似をしたり、業界の慣習にしばられたりすることなく、 赤城乳業ならではの技術や新機軸をどんどん打ち出してきた。

たとえば、創業当初から定評のあった冷凍技術や、他社に先駆けて取り組んだコンビニエンスストアでの販売―今では業界のスタンダードとなったこれらのことも「異端」の思想が産み出してきたものだ。

「言える化」は、前社長にして現会長の井上秀樹氏(以降、「秀樹氏」)がつくった言葉だ*7
社員が何でも闊達に言えるような会社になるという意味である。

簡単そうに思えて実は難しい「言える化」が実現しているのは、経営者や管理職、そして社員たちがそうした土壌を丁寧に根気よく耕してきたからに他ならない。

「社員が主役」

強小カンパニーの基礎は、社員1人ひとりのモチベーションの高さだと社長は言う。社員教育にかける費用は一般的な企業のおよそ3倍だ*8
「働く人の満足なくして、お客様の満足なし」と考え、社員が夢とあそび心をもって仕事に取り組めるような体制を整えてきたという。

「社員が主役」という同社の信念は筋金入りだ。

ベストセラー『ガリガリ君の秘密 赤城乳業・躍進を支える「言える化」』の著者・遠藤功氏はこんなエピソードを明かしている*9

2013年に同書を刊行した際、出版記念イベントを開催した。
遠藤氏は当初、当時社長だった秀樹氏との対談を構想していた。メディアにほとんど登場しない秀樹氏から赤城乳業の経営について直々に語ってもらいたいと考えていたのだ。
しかし秀樹氏はそれを固辞し、代わりに若手社員たちに思う存分語らせてほしいと依頼する。

そのトークショーにお忍びで来ていた秀樹氏は隅っこで若手社員の様子を見守っていた。トークショーは大成功だった。
遠藤氏が、「最後にひと言お願いします」とマイクを向けると、秀樹氏は静かに立って、こう言ったという。

「すべては社員たちの頑張りのお陰です。本当にありがとう!」

「コンポタ」の誕生物語

ガリガリ君を語る上でどうしても避けて通れないのが、大ヒット商品「コンポタ」こと、「ガリガリ君リッチ コーンポタージュ」についてだ。

2013年3月12日に赤城乳業のウエブサイトに次のようなお知らせが掲載された(図2)*10

図2:「コンポタ」販売再開のお知らせ

「コンポタ」は2012年9月4日に発売したが、当初の販売予測を大きく上回る人気で、2日後の9月6日には商品供給が間に合わず販売休止となっていた。
この9月6日には、ツイッターのリツィートランキング・トップ10のうち5つが「コンポタ」がらみだった*11

しかも、同社のマーケティングコストは、ニュースリリース配信代の15万円のみだったという。それがSNS上で話題の連鎖を呼び、広告宣伝費に換算すると5億円以上もの効果を産み出したのだ。

これほどのヒット商品はどうやって生まれたのだろうか。

20代コンビの冒険

「コンポタ」を産み出したのは、入社3年目と5年目の20代コンビだった*12

発売30年を迎えたガリガリ君はソーダ味というロングセラーだけでなく、毎シーズン話題の新商品を売り出して、市場を活性化させ、売り上げを伸ばしてきた。
その中でも単価が少し高いリッチシリーズは2006年の発売以来、さまざまな異色フレーバーを開発して、人気を博してきた。

ところが、その頃、ある小売業の担当者から厳しい指摘があった。
リッチシリーズに、赤城らしい「遊び心」や「冒険心」が感じられず、守りに入っているのではないかというのだ。

「ガリガリ君プロジェクト」の8名のメンバーに火がついた。
新商品のアイディアを出し合うと、40ものアイディアが集まり、そこから最終候補を5種類に絞りこんだ。

その1つが「コンポタ」だ。
それは「うまい棒」から思いついたアイディアだった。めんたい味やチーズ味などさまざまなフレーバーがあり、子どもたちに絶大な人気がある。 「これだ!」

試作を重ね、完成度の高い試作品ができた。
ただし、試作品が商品化されるまでには、BDC(Brand Driving Committee)と呼ばれる委員会での決定を経なければならない。

BDCの構成メンバーは15名で、営業本部、開発本部、生産本部から機能横断的に選ばれ、社長や専務などに加えて、係長クラスも名を連ねている。役職ではなく、適任者で構成されているのだ。

会議では否定的な意見も多かった。
特に、営業部は慎重だった。ユニークなだけに、売れるか売れないかまったく読めない。売上に責任をもつ部門だけに、慎重になっても当然だ。

では、その会議で、社長だった井上秀樹氏は何を考えていたのだろう。

「みんながいいぞっていうのは、たいして売れない。“失敗してもいいから好きにやってみろ”と社長が覚悟を決めれば、みんな自由に動き出す」

試作品の味見をした秀樹氏は、たったひと言、こう言った。 「ベリーグッド!」

ガリガリ君のマーケティングとは

赤城乳業は順調に売り上げを伸ばしている(図3)*13

図3:赤城乳業の売上高

<出典:COMPANY 会社概要|赤城乳業株式会社>

最後に、ガリガリ君のマーケティングの特徴をみていこう。

株式会社顧客時間の岩井琢磨氏と株式会社博報堂の牧口松二氏は、共著「4億本を売り上げる、赤城乳業の 『ガリガリ君』マーケティング」の中で、そのマーケティングには以下のような3つの特徴があると分析している*14

1つ目は、話題発信の「多量性」。ガリガリ君というキャラクターを軸にして、夏場を中心に大量の小ネタを展開している。

2つ目は、話題作りの「多面性」。「ガリガリ君」というキャラクターをアイコンとして、プロモーション・プレイス・プライス・プロダク トというマーケティングの4Pすべての領域で話題を作り出している。

小ネタは広報や広告展開といった「プロモーション」領域だけでなく、アイス売場や各種のイベント、コミュニティサイトなどの「プレイス」領域にも投下される。

また、2016年春に「ガリガリ君」の価格を60円から70円へと値上げした際は、「プライス」をも話題化した。経営陣が全員で謝罪するというTVCMを展開して話題となり、ニューヨークタイムズにも掲載されて、大きな注目を集めたのである。

さらに近年では 「コンポタ」のようなユニークな新味を展開して「プロダクト」自体でも話題を作り出している。

3つ目は、話題づくりと発信の「継続性」。ガリガリ君は、2004年以降、話題作りと発信を絶え間なく続けている。

多量かつ多面的な話題を継続して発信し続けることによって、ガリガリ君が絶えず生活者の目に触れ、その蓄積が消費者の期待をつくり、発信される話題への反応を良くしている可能性があると両氏は指摘する。

また、話題化が売上本数に直結するのは、赤城乳業が氷菓カテゴリーの代表企業であり、全国に幅広い配荷網を持っているからでもある。話題に触れた消費者はコンビニなどの身近な店舗で気軽にその商品を体験できる環境があるのだ。

以上みてきたように、ガリガリ君は経営者やマーケターにとって学びの宝庫である。

好みのフレーバーのガリガリ君を齧りながら、ガリガリ君を産み出してきた人々、会社、マーケティングに想いを馳せるのも悪くないかもしれない。

この記事を書いた人

横内美保子

博士(文学)。総合政策学部などで准教授、教授を歴任。専門は日本語学、日本語教育。
高等教育の他、文部科学省、外務省、厚生労働省などのプログラムに関わり、日本語教師育成、教材開発、リカレント教育、外国人就労支援、ボランティアのサポートなどに携わる。
パラレルワーカーとして、ウェブライター、編集者、ディレクターとしても働いている。

*1:岩井琢磨・牧口 松二「4億本を売り上げる、赤城乳業の 『ガリガリ君』マーケティング」|Japan Marketing Journal Vol. 40 No. 1 (2020)p.108

*2:会社案内|赤城乳業株式会社

*3:岩井琢磨・牧口 松二「4億本を売り上げる、赤城乳業の 『ガリガリ君』マーケティング」|Japan Marketing Journal Vol. 40 No. 1 (2020)p.108-110

*4:岩井琢磨・牧口 松二「4億本を売り上げる、赤城乳業の 『ガリガリ君』マーケティング」|Japan Marketing Journal Vol. 40 No. 1 (2020)p.110-111

*5:メッセージ|赤城乳業株式会社

*6:メッセージ|赤城乳業株式会社

*7:遠藤功(2019)『ガリガリ君の秘密 赤城乳業・躍進を支える「言える化」』|日本経済新聞出版社 No.278, No.288

*8:メッセージ|赤城乳業株式会社

*9:遠藤功(2019)『ガリガリ君の秘密 赤城乳業・躍進を支える「言える化」』|日本経済新聞出版社 No.31, No.42

*10:赤城乳業株式会社「ガリガリ君リッチ コーンポタージュ 販売再開

*11:遠藤功(2019)『ガリガリ君の秘密 赤城乳業・躍進を支える「言える化」』|日本経済新聞出版社 No.302-No.309

*12:遠藤功(2019)『ガリガリ君の秘密 赤城乳業・躍進を支える「言える化」』|日本経済新聞出版社 No.309-No.351

*13:COMPANY 会社概要|赤城乳業株式会社

*14:岩井琢磨・牧口 松二「4億本を売り上げる、赤城乳業の 『ガリガリ君』マーケティング」|Japan Marketing Journal Vol. 40 No. 1 (2020)p.115-116