アルツハイマー型認知症に期待の治療薬。エーザイの「レカネマブ」が承認取得。

9月25日、エーザイとバイオジェン・インクが共同開発したアルツハイマー病治療薬「レカネマブ」が厚労省より承認されました。国内承認に先駆けて、米国では7月に、アルツハイマー病の進行を抑制し、認知機能と日常生活機能の低下を遅らせる、世界初かつ唯一の治療薬としてFDAのフル承認を取得しています。年内にも保険適用での投与が可能になるとされるレカネマブについて解説します。

岸田文雄首相もレカネマブへの期待を言及。薬価などの課題も指摘

9月27日に開催された「認知症と向き合う「幸齢社会」実現会議」では、岸田文雄首相も「画期的な新薬であり、認知症の治療が新たな時代を迎えました」とレカネマブの薬事承認を報告。

期待値の高いレカネマブですが、米国での価格は年間26,500ドルと高額です。1,500億円を超える市場規模となる可能性が指摘されており、年内には決定する国内での価格が注目されます。日本では、2022年度の薬価制度改革で年間1,500億円を超える市場規模が見込まれる医薬品が承認された場合には、通常の薬価算定手続きに先立ち中医協総会に報告し、薬価算定方法を議論するというルールが定められており、目下議論が進んでいます。

レカネマブは、投与対象が軽度認知障害(MCI)か軽度の認知症であることや検査を受けられる施設が限られることから、実際の投与対象者は当面は限定的と考えられますが、エーザイは医学的価値に加え、介護の負担軽減といった社会的観点からもレカネマブを評価する必要があると提言。福祉面からの評価に関しては、実際に臨床で広く使用された後の話にはなるでしょうが、医療の観点からのみならずトータルで評価していく姿勢が、今後の新薬においては問われてくるであろうことが示唆されます。
岸田首相の「高額医療費についても国民皆保険の持続性とイノベーションの推進の両立の観点から薬価制度の改革も含めた対応を検討してもらいたい」の言葉にあるように、抗体医薬等の開発が進む中、高額な薬価と保険財政とのバランスは、レカネマブに限らず、近年の創薬の課題と言えます。

認知症薬の歴史

アルツハイマー病は、高齢者の認知症の半数以上を占めています。認知症とは、認知機能の障害により生活にさまざまな支障をきたし、「独立した生活を営むのが困難になった状態」を指します。大脳皮質などの神経細胞が死滅し、脳神経の回路が機能障害をきたします。
高齢になる程多く発症し、加齢が最大の危険因子です。

神経原線維変化(タウ)や老人斑(アミロイドβ)がアルツハイマー病の発症に関連していることは30年前から知られていました。そこで、「アミロイドが溜まらないようにするにはどうしたらよいか?」を基軸に、アミロイドβに関わる2種類の分解酵素βセクレターゼとγセクレターゼをターゲットとするセクレターゼ阻害薬の開発が進められるようになりました。γセクレターゼ阻害薬においては、2005〜2010年頃に2000名の軽症・中等症アルツハイマー認知症患者を対象に治験を行い、第Ⅲ相試験までいきました。しかしながら、 症候改善が統計学的に確認できず、副作用も出てしまったために、2010年8月に開発中止となりました。2010年代半ばには、βセクレターゼ阻害薬が次々と開発され、第Ⅲ相試験までいきましたが、アミロイドβは抑えるが記憶障害を生じるという逆説的な副作用により2018年頃に相次いで中止となりました。このように、アルツハイマー病の治療薬は苦戦を強いられてきました。

アルツハイマーは急に発症するわけではなく、前駆段階の症状が軽い時期があり、軽度認知障害(MCI)といいます。MCIの時期には自立した生活を送ることはできますが、物忘れなどの記憶障害の程度は進んでいるというような状況です。従来の薬は、認知症の軽症から中等度の段階を対象としてきましたが、レカネマブなど病気のメカニズムに働きかける新しい薬では、認知症期からMCIを含む「早期AD」期(後期MCI期+軽症AD)に移行しています。

図表1:アルツハイマー秒進行の時間経過

「アミロイドが原因なのであれば、認知症期よりもMCI期、MCI期よりもプレクリニカル期、神経細胞がよく保たれている間に抑えてしまったほうがよい、という理論が成立しますが、これが難しい。治療薬の効果を評価するには症状自体が進行していくスピードを抑える効果を見なくてはなりませんが、MCIなどの時期には進行も緩やかで症状も軽いため、精密な評価をするのは困難。そこで、治療薬の効果を早期に評価するために重要になってくるのが補助診断です」と、東京大学大学院医学系研究科神経病理学分野の岩坪威教授。

レカネマブなどの新薬においては、脳PET画像診断や体液バイオマーカーを併用、駆使して、MCI期など早期の脳病理変化(アミロイドの蓄積)を正確に評価することが必須となってきています。これまでバイオマーカーとして不安定とされてきた血液も近年は急速に進歩し、将来的にはバイオマーカー診断の鍵になると考えられています。

症状を改善する薬から、病気自体を改善する薬へ。

アリセプトを始め現在使われているアルツハイマー病治療薬4種類はすべて症状を改善する薬で病気自体の進行を止める働きはありませんが、レカネマブは病気の根本的なメカニズムに働きかけ、アルツハイマー病による軽度認知障害及び軽度の認知症の進行抑制の効能・効果が期待されます。

一方で、レカネマブを含むアミロイドβ抗体薬ではARIAと呼ばれる副作用(浮腫を生じるARIA-E、出血を生じるARIA-H)が懸念されます。レカネマブでは大部分が無症状ですが、12.6%で画像上ARIA-Eが認められ、2.8%では頭痛やめまいなどの症状が見られました。MRI検査によりARIAを発見し、軽症であれば経過観察、中等症以上でも休薬で多くは回復しますが、治験では少数例ではあるものの重篤な合併症も見られたことから、レカネマブの投与は、検査・診療を十分に行うことのできる設備の整った施設で開始されてゆくでしょう。

また、レカネマブは、早期アルツハイマーより早い、無症状のプレクリニカル期での治療で最も高い効果が得られると予想されることから、岩坪氏を主任研究者として、全国7カ所の臨床研究施設が協力して、プレクリニカル期の人を評価するJ -TRC研究も進んでいます。認知症発症前に認知症を予防する超早期治療薬の早期の開発に期待がかかります。

図表2:有効な超早期治療薬の早期開発

期待の新薬登場でも、変わらず大切なのは専門医の診察。

レカネマブは、最初は経験豊富な認知症専門医に限ったスタートになり、対象となる患者数も絞られることが予測されますが、待望の新薬といえるでしょう。一方で、岩坪教授は次のように語ります。 「新しい治療薬が登場してきても、一番大切なことは専門医による問診です。何がその方に起きているのか、日常生活や認知機能にどの程度の影響が生じているのか。患者さんの進行度は、MCIを含む早期ADなのか、認知症レベルにある場合は軽度なのか中等度に入るのか。バイオマーカーやPETの前に、入口の認知症専門医によるスタンダードな診療が重要なことに変わりはありません。」

メカニズム始め、ARIAといった副作用や高額な薬価など、従来の認知症薬とはまったく異なる新しい経験となることが予測されるレカネマブ。広く認知症を治す夢の新薬の登場とはまだ行きませんが、認知症の治療・予防に大きな一歩が踏み出されたことは間違いなさそうです。

この記事を書いた人

今村美都

がん患者・家族向けコミュニティサイト『ライフパレット』編集長を経て、2009年独立。がん・認知症・在宅・人生の最終章の医療などをメインテーマに医療福祉ライターとして活動。日本医学ジャーナリズム協会会員。