「北欧、暮らしの道具店」がCRMに活用する“ライフカルチャープラットフォーム”とは

通常、Eコマースサイトは広告を使って顧客を獲得することが一般的ですが、「北欧、暮らしの道具店」はユニークな手法を採用しています。既存の顧客や潜在顧客に向けて魅力的なコンテンツを積極的に提供し、顧客が楽しむことを通じてエンゲージメントを促進しています。

このアプローチは独自の「ライフカルチャープラットフォーム」を活用することで行われています。その手法とマーケティング上の効果について考えてみましょう。

スマホアプリ300万DL突破、売上比率65%へ

「北欧、暮らしの道具店」を運営するのは、株式会社クラシコム(以下、クラシコム)です。

「フィットする暮らし、つくろう。」というミッションのもと、北欧を中心としたさまざまな国の雑貨やアパレルを販売するほか、Web記事や音声メディア、ドラマ作品などを通じて独自の世界観で情報を発信しています。

2019年11月にiOSアプリをリリースし、2020年4月からAndroidアプリの提供を開始しました。

SNSだけに頼らないリピートユーザーの獲得と、多様なコンテンツ(商品ページ、コラム、動画、ポッドキャストなど)をスムーズに提供する独自のプラットフォーム化を目的としています。

その結果、「北欧、暮らしの道具店」のスマホアプリは、約1年で100万ダウンロード、2023年6月には300万のダウンロードを達成しました*1

■「北欧、暮らしの道具店」スマホアプリが3年で300万DL突破

スマホアプリの提供はクラシコムの売上に大きな影響を与えており、2019年7月期の売上高は27.4億円でしたが、アプリ提供後の2021年7月期までの年間売上高は45.3億円と約1.7倍に増加*2

さらに、2022年7月期には年間売上高が51億円に達し、着実な伸びを示しています。

EC(電子商取引)におけるスマホアプリ経由の購入比率はWebサイト経由よりも高く、2023年5月には65%がスマホアプリ経由となっており、その比率は年々高まっています*3

なぜ公式アプリがこれほど支持され、売上に大きな影響を与え、リピート率も高いのか、その理由を見ていきましょう。

強みは独自の「ライフカルチャープラットフォーム」

クラシコムは、「北欧、暮らしの道具店」を「ライフカルチャープラットフォーム」と位置づけています。お客様との関係を保つ上で、ライフカルチャー(世界観)が大きな役割を果たす、独自のプラットフォームです*4

■ライフカルチャープラットフォーム構成図

通常のECサイトでは、広告を通じて最初の接点が生まれ、そこから顧客の最初の購入が始まります。

しかし、ライフカルチャープラットフォームでは、現在の顧客だけでなく、未来の顧客も興味を持ちそうなコンテンツを数多く提供しており、顧客との最初の接点は「コンテンツを楽しむ」段階で生まれます。

そして、コンテンツを楽しみたい人がフォローやダウンロードでコンテンツに関わり、日々新しいコンテンツが届くことで、購買動機が生まれるのです。

通常のCRM(Customer Relationship Management:顧客との良好な関係の構築と促進)では購買行動が起点となりますが、クラシコムではコンテンツの発信からCRMを行い、顧客との関係を維持しています。

こういったアプローチは、多くの人が考えるアイデアかもしれません。実店舗がないために参入のハードルが低く、拡張性が高く、幅広い顧客にリーチできるEコマースの利点を生かしたものだからです。

加えて、リアル店舗よりも言語的なコミュニケーションが頻繁にできるため、それが商品販売につながります。クラシコムのアイデア自体に目新しさはありませんが、上手くいっている企業は多くありません。

オウンドメディア戦略で失敗する企業が多い中、クラシコムはそれをほぼ完成させ、「北欧、暮らしの道具店」はまさにライフカルチャープラットフォームとなっています。

追求するのはエンゲージメント数

通常のEコマースでは、訪問者数や購入金額などを業績評価の指標(KPI)として重視していますが、クラシコムはそうした指標に重点を置いていません*5。おもな関心事は、訪問者がオウンドメディアの記事を楽しむことにあります。

購入の発生は結果に過ぎず、購入金額をKPIにすることは、むしろライフスタイルカルチャープラットフォームの魅力を損なう可能性があります。

彼らが真に追求しているのはエンゲージメント数です。これが他のEコマースとの違いなのです。

ここで言及されるエンゲージメント数とは、例えばSNSのフォロワー数、YouTubeチャンネルの登録者数、アプリのダウンロード数などです。

北欧の暮らしの道具店のLINEには78万人の登録者がおり、Instagramでは140万人のフォロワーがいます*6。YouTubeチャンネルには57万人が登録し、ポッドキャストは累計1500万回再生されています。公式アプリも300万回ダウンロードされています。

これらを追求することで顧客の生涯価値(LTV)が増加し、顧客の購入金額が持続的に伸びており、ビジネスの売上につながっています。

ユーザーファーストなコンテンツを育てる

魅力的なコンテンツを継続的に生み出すことは容易ではありません。

クラシコムの青木社長は、「とにかく、お客様のニーズに合わせて何でも取り組むこと」の重要性を強調しています*7。自社の顧客が興味を持ちそうなものは可能な限り試し、受け入れられたものを育てることの重要性を説いています。

■思いを伝えることへのこだわりが随所に散りばめられているアプリ

「北欧、暮らしの道具店」は、一般的なECサイトとは異なり、優れたコンテンツの量が圧倒的です。これらは量だけでなく、心に響く高品質なものです。言葉の表現力だけでなく、ユーザーに対する丁寧な配慮が特に魅力的です。

ユーザーを最優先に考えたコンテンツ作りによって、メディアへの信頼感が高まります。そして、共感を生み出し、強固な関係を築いていくのです。「このメディアは私のことを理解してくれる」「このメディアには私が求める情報がある」という感情が育まれます。

コンテンツマーケティングは単なるトレンドや話題性だけでなく、企業やブランドの真実を率直かつ飾らずに伝え続けることが肝要です。着実な積み重ねこそが、成功への確かな近道なのかもしれません。

この記事を書いた人

Midori

総合広告代理店のアカウントエグゼクティブを経て、国際結婚を機にイタリアに移住。取材・撮影コーディネーターのほか、フリーランスライターとして主にマーケティングやビジネスに関する記事を執筆しています。