寝具ブランド「NELL」の評判に学ぶ 顧客との接点を生むマーケティングとは

時代の変化とともに、消費者の意識や行動も大きく変動しています。ブランドが消費者の支持を得るためには、市場のトレンドに素早く対応する意思決定が不可欠です。

競争が激化する中、スタートアップ企業はどのようにマーケティング戦略を立て、実践しているのでしょうか。

睡眠領域のブランド「NELL」(ネル)を立ち上げたスタートアップ企業Morght(モート)の戦略から、インフルエンサーやオウンドメディアなどを活用したマーケティング手法についてご紹介します。

Morghtの寝具市場参入と市場のトレンド

まず、Morghtが参入した寝具市場について見ていきましょう。

2022年の寝具市場の規模は7,010億円であり、高性能商品と汎用商品の二極化が進んでいます*1

高性能商品は通気性や吸水性などの性能を重視し、大手メーカーが開発に注力しているため製品価格を押し上げているのが現状です。

他の業界からも参入が相次いでおり、スポーツ用品メーカーのミズノも寝具ブランド「ミズノスリープ」を立ち上げています*2

ミズノは、スポーツ用品の開発でつちかったノウハウを活かし、「エアウィーヴ」や「西川」と差別化を図り、寝具分野での売上目標10億円を掲げています。

「エアウィーヴ」や「西川」は、フィギュアスケートの浅田真央氏や米大リーグの大谷翔平選手を起用し、高機能マットレスで大きな注目を集めているブランドです。

新型コロナの影響で睡眠への需要が増加し、これがミズノの市場参入の動機となっています。寝具市場では今後も激しい競争が予想されます。

差別化戦略で急成長するNELLブランド

注目の市場である寝具市場に異業種から参入したMorghtの成長には、NELLブランドの差別化戦略が大きく寄与しています*3

2020年、Morghtは寝具市場にNELLブランドを投入し、わずか1日で1億円という驚異的な売上を達成しました。現在、Morghtは2025年までに300億円の売上を目指し、海外展開も計画しています。

寝具市場では、高価格帯の伝統的な寝具ブランドから、量販店が提供する低価格帯の商品まで、さまざまなブランドが競合しています。しかし、NELLは他のブランドとの差別化に成功しました。

NELLのマットレスは、快適な「寝返り」を重視しており、業界最高水準の1,734個のポケットコイルを使用しています。

さらに、高品質な商品でありながら、直接消費者へ販売するD2C(Direct-to-Consumer)ビジネスモデルにより、実店舗の運営費を削減し、手頃な価格で提供されています。

これにより、NELLは市場で競争力を持つ有利なポジションを確立しました。

強みは「120日フリートライアル」

NELLの魅力は、品質と価格だけではなく、「120日間のフリートライアル」で商品を4ヵ月間試せる点です*4

Morght執行役員VP of Marketingの宮下氏は、実際に体験してみないとマットレスの適合性は分からないと述べています。

通常、実店舗で試すと顧客は柔らかいマットレスが好ましいと考えがちですが、柔らかいマットレスは体が沈み込んで寝返りが打ちづらくなり、体の痛みの原因となる可能性があります。

NELLマットレスの返品率は低く、顧客は体験後に納得して購入しているとされます。

他社の体験サービスと異なり、NELLのフリートライアルは返品まで完全に無料であり、顧客は高額なマットレスを、送料を一切かけずに返品できます。業界全体ではあまり見られない特徴です。

成功の鍵はインフルエンサーとの提携

NELLのInstagramアカウントは、10万人以上のフォロワーを抱えており、その理由の一つはインフルエンサーとの密接な関係です。

NELLは数百人のインフルエンサーと提携し、実際にマットレスを使用した感想を共有したり、キャンペーンを展開したりしています。

Morghtのスタッフが直接、ブランドに適したインフルエンサーを探し、DMでPRを依頼しています。

高額商品のPR案件は珍しいため、実際に商品を使用したインフルエンサーが他のインフルエンサーに紹介することが増えています。

インフルエンサーは正直な感想を投稿し、毎日使用するというマットレス製品の性質から継続的に感想を述べる傾向があります。そのため、発信される情報の信頼性も高まっています。

オウンドメディアの成長と非認知層との接触

NELLはSNSを通じて若年層を中心に認知度を高めていますが、睡眠は全ての人に共通するテーマであるため、NELLのターゲット層はすべての消費者を対象にしています*5

しかし、SNSだけではアプローチしづらい非認知層への接触も必要です。

そのため、NELLはオウンドメディア「WENELL」を活用しています。WENELLは睡眠に関する悩みをテーマにしており、月間ページビュー数が60万を超える成果を上げています。

記事の大半は購入への誘導ではなく、消費者との接点を大切にしています。

Morghtは、普段からマットレスを使っている消費者との接触を継続することで、彼らが買い替えを考えるタイミングを待つ戦略を取っています。焦らずに関係を築きながら、彼らが新しいマットレスを求める時が来るのを待つのです。

宮下氏はNELLマットレスが他のブランドと比較される際に、機能性や価格などの基準で選ばれると自信を示しています。

WENELLの記事による非認知層との接触を通じて、数ヶ月以内に200人以上の顧客がNELLマットレスを購入し、それによる売上への影響は2,000万円にもなります。

オフラインにおける顧客接点の拡大

NELLは、「すべての消費者がターゲット」という考え方のもと、オフラインでも顧客との接点を持つ取り組みをしています*6

具体的には、複数のホテルにNELL製品を導入しており、アウトドアメーカー「スノーピーク」が運営する宿泊施設や「Tabist 銀座」内の「NELLルーム」などがあります。

NELLマットレスを導入した各施設では、客室内にパンフレットが置かれ、消費者は気づかずにマットレスを試せます。Morghtはアピールではなく、消費者が自然に商品の良さに触れることを目指しています。

Morghtは営業担当者を置かず、ホテル側からの問い合わせや紹介によって導入が進んでいます。ホテル側も集客方法を模索しており、SNSで話題のマットレスがあることはアピールポイントとなり、Morghtとホテルの両者にメリットが生まれる関係です。

一貫したアプローチとチャネル活用

Morghtは日本国内だけでなく、3年以内に海外売上60億円という大きな目標を掲げています。主にアジアの各国にNELLマットレスを販売したい考えです*7

寝具市場には新しいブランドが参入しにくいイメージがありますが、Morghtは独自の付加価値を見いだしました。

市場の特性を理解し、競争力を持つブランドは、飽和状態と思われるD2C市場でもまだ存在感を示せる可能性があることを示しています。これは寝具市場に限らず、他の業界でも同じことが言えるかもしれません。

さらに、Morghtは顧客との接点を強化するために、SNSやオウンドメディア、そしてオフラインといったさまざまなチャネルで一貫性を持ったアプローチを取っています。

異なるチャネルの特性を理解し、それぞれを活用することで、効果的な顧客とのタッチポイント(顧客接点)を構築しているのです。

お客様のニーズを理解し、最適な方法でコミュニケーションをとることで、顧客満足度や業績が向上した事例として参考になるのではないでしょうか。

この記事を書いた人

Midori

総合広告代理店のアカウントエグゼクティブを経て、国際結婚を機にイタリアに移住。取材・撮影コーディネーターのほか、フリーランスライターとして主にマーケティングやビジネスに関する記事を執筆しています。