ジョブズもこれで起死回生を! 視点を変え問題を捉え直すリフレーミングとは

リフレーミングとは、新たな観点(フレーム、枠組み)で、状況をとらえることです*1

問題の設定を誤ったまま解決策を見出そうとしてもうまくいきませんが、視点を変え、問題そのものを捉え直すと、驚くほどの成果がもたらされる可能性があります。

たとえば、スティーブ・ジョブズがアップルに復帰し起死回生を遂げたとき、それを支えたのはマーケティングのリフレーミングでした。

リフレーミングとはどのようなもので、ジョブズはそれをどのように行ったのでしょうか。

リフレーミングとは

リフレーミングを理解するためには事例をみるのが手っ取り早いかもしれません。
高名なコンサルタントであるトーマス・ウェデル=ウェデルスボルグ氏の著作からみていきましょう。

解決すべき「よりよい問題」を探す

リフレーミングの重要なポイントは「真の問題」を見出すことではなく、「解決すべきよりよい問題がないか」を探ることだと同氏は述べています*2
問題の原因はふつう多層的なので、さまざまな方法で対処することができるからです。

たとえば、「ビルにある古いエレベーターがなかなか来なくて、待ち時間が長すぎる」とテナントが苦情を言ってきたとします。
そのときの解決法は何でしょうか。

エレベーターを新型のものに取り替える、モーターを交換する、エレベーターのアルゴリズムをアップグレードする・・・。
誰でもすぐにさまざまな解決法を思いつくでしょう。
しかし、ビルの管理会社は、それとは全く異なる解決法を示したというのです。

それは「エレベーターの横に鏡を取り付ける」というものでした。

人間は思わず見入ってしまうようなものを与えられると、時がたつのを忘れる傾向があるからというのです。

この事例は、解決法を変えたのではなく、「問題の捉え方」を変えたというところがポイントです。
鏡を取り付けたからといって、エレベーターが速くなるわけではありません。
「エレベーターを速くする」という問題から、「待ち時間が長いと感じる」という問題へのリフレーミングなのです。

ただ、新しいエレベーターを設置しても問題は解決できるのですから、「エレベーターを速くするにはどうしたらいいか」という問題設定が間違っているというわけでもありません。

繰り返しになりますが、大切なのは「よりよい問題」を見出すことです。
したがって、上述の方法以外にもリフレーミングは可能です。

たとえば「需要がピークに達したときに同時にエレベーターを使いたい人が大勢いる問題」とリフレーミングすることもできます。
そうすれば、昼休みの時間をずらすといった解決方法も導きだされるかもしれません。

このように、問題を別の側面から捉え直すと、思いもしなかった方法で改善がもたらされる可能性があるのです。

問題を別の側面から捉え直す

事例をもう1つみてみましょう。

それは犬の里親探しの問題です*3
アメリカでは犬は非常に人気があるだけに負の側面も深刻で、毎年300万頭ほどの犬が保護され、次の飼い主を待っています。

その一般的なソリューションは、悲しげな犬の写真を使って同情を誘い、「命を救うために犬の里親になってください」というようなコピーを添えることです。
こうして犬の保護団体は毎年140万頭の犬の里親を探していますが、引き取り手のみつからない犬は100万頭を超えており、これは数十年にわたって解決されない問題でした。

ところが、リフレーミングによってこの問題に根源的なソリューションをもたらした女性がいます。
それはどのようなものでしょうか。

シェルターに保護される犬の30%は飼い主が手放したものです。
そうした飼い主は、犬を捨てたとして非難されることが多く、多くのシェルターは満杯の状態であるにもかかわらず、保護犬が2度とそのような飼い主の元に行かないように、里親候補の念入りな身元調査を義務付けています。

しかし、彼女は、犬の飼育を断念するのは飼い主の人間性の問題ではなく、貧困の問題であるとリフレーミングしました。

そこで、彼女はあるシェルターと協働し、2013年に新たなプロジェクトを立ち上げます。飼い主がシェルターに来てペットを手放そうとしたら、スタッフはシンプルにこう問いかけるのです。
「できることならそのペットを飼い続けたいですか」

もし飼い主が頷けば、スタッフは自分たちのネットワークや知見を活かして、ペットを手放さなくてもよくなるように支援します。

こうした取り組みの結果、立上げ初年度に、はやくもめざましい成果が上がりました。
ペット救助のコストが下がり、さらにシェルター内に保護が必要な動物のためのスペースを確保することもできたのです。

このプログラムを通じて、支援を受けることができれば75%の人々が実際にはペットを手放したくないことがわかりました。

その後、2018年頃までに、このプログラムによって5,000組のペットと飼い主が救われ、ASPCA(アメリカ動物虐待防止協会)から正式な支援が得られるようになったということです。

このように、リフレーミングによって問題を捉え直せば、長年解決しなかった問題に画期的な解決法をもたらすこともあるのです。

マーケティングとリフレーミング

マーケティングとの関連で筆者がすぐに思い浮かべる事例をご紹介したいと思います。
それは、スティーブ・ジョブズによるものです。

背水の陣

1997年9月、彼は上層部のマネジャーとスタッフをアップル本社の講堂に集めました。
そこで行われた15分間のスピーチは今も語り草になっています。

自ら創業したアップル社を1985年に追放されたジョブズは、スピーチの8か月あまり前にアップルに復帰*4。 しかし、当時、アップルの経営は危機的状況に陥っていました。

1980年代末に16%だった市場シェアは下がり続け、1996年には4%に低迷。テクノロジーバブルで他企業の株価が急高騰するなか、1991年に70ドルだった株価は14ドルに暴落し、10億ドルの赤字を抱えていたのです。

ジョブズは復帰当初からアップルを立て直すために奔走します。
1997年8月、マイクロソフトとの提携を発表すると、ジョブズが積極的に経営に参画するというメッセージが期待感を呼び込み、株価は33%急騰して26ドル31セントをつけ、この日1日で時価総額は8億3,000万ドル増加しました。

ただし、この時点ではまだ黒字転換を果たしていません。
まさに背水の陣でした。

そうした状況で行われたスピーチは、彼の iCEO(暫定CEO)就任と新しい広告の完成を祝うとともに、幹部社員に経営の方向性と展望を示すためのものでした。

テーマは「マーケティングとは」。
そこで彼は何を語ったのでしょうか。

マーケティングとは価値観である

それは、ジョブズにとってのマーケティングの意味でした。

自分にとってマーケティングとは価値観である。
私たちは私たちのことを顧客に明確に知ってもらう必要がある。
知らせるべきは製品の性能ではない。Windowsより優れている理由でもない。
アップルとはなにか、自分たちはどういう人間か、だ。

ジョブズは語り続けます。

顧客が知りたいのは、アップルとは何者で、何を支持していて、この世にどうフィットするかです。私たちの目的は、人が仕事をするための「箱」を作ることではありません。アップルはそれ以上のものを目指しています。

アップルの中心となる価値観は、「情熱を持った人々が世界をよりよく変えることができる」ことだと考えています。私たちは人間がこの世をよくできると信じています。

こうした彼の価値観が反映されているのが伝説的なキャンペーン「シンク・ディファレント」です。

焦点は「コンピュータになにができるのか」ではなく、「コンピュータを使ってクリエイティブな人々にはなにができるか」でした*5
テーマは「プロセッサーのスピードやメモリー」ではなく、「創造性」。

それは「マーケティングとはなにか」に関する鮮やかなリフレーミングです。

そしてこのリフレーミング以降、ジョブズ率いるアップルは、iPodや音楽業界のビジネスモデル、iPhone、iPad、等々さまざまなイノベーションを産み出していきます。

マーケティングを先取りする

マーケティング学の権威、フィリップ・コトラー博士のマーケティング理論は時代の変化とともにアップ・デートを繰り返しています*6

博士によると、「マーケティング1.0」は「生産主導」、「マーケティング2.0」は「顧客中心」、そして、それに続く「マーケティング3.0」は「人間中心」で、ここに至るまでに70年かかっています。

「マーケティング3.0」では、顧客は自分の選ぶブランドから機能的・感情的満足だけでなく精神的充足も得ることを期待し、企業は自社の価値観に基づいて差別化を図ります。

博士がこの「マーケティング3.0」を書いたのは2009年のこと。
その後、博士のマーケティング理論はさらに進展してきていますが、博士はこの「マーケティング3.0」を伝統的マーケティングの究極段階だと捉えています。

そして、「人間中心」というマーケティングの妥当性は、Y世代やZ世代の人口が主流になっている今日の時代にあってさらに明白だと述べています。

つまり、ジョブズは、マーケティングの権威が著した究極の伝統的マーケティング理論を、リフレーミングによって10年以上、先取りしていたということになります。

視点を転換してものごとの本質に迫り、問題をより的確に把握すれば、時代の先を行くマーケティングを開拓することもできる―これこそリフレーミングの威力ではないでしょうか。

この記事を書いた人

横内美保子

博士(文学)。総合政策学部などで准教授、教授を歴任。専門は日本語学、日本語教育。
高等教育の他、文部科学省、外務省、厚生労働省などのプログラムに関わり、日本語教師育成、教材開発、リカレント教育、外国人就労支援、ボランティアのサポートなどに携わる。
パラレルワーカーとして、ウェブライター、編集者、ディレクターとしても働いている。