大丸松坂屋百貨店のDX戦略がおもしろい インフルエンサー事業やアバター販売も

消費者の購買スタイルが大きく変化するなか、老舗の大丸松坂屋百貨店は既存事業の提供価値を見直し、積極的な事業アップデートをしています。

従来の百貨店が、店舗だけに頼らない新たなビジネスモデルやテクノロジーを導入することで、どう変革しているのか。3つの事例を参考に見ていきましょう。

百貨店、売上増にもかかわらず市場規模縮小続く

日本百貨店協会によると、2022年の全国百貨店における既存店売上高は前年比13.1%増加となりました*1。 これは、2022年3月以降のコロナ対策緩和や行動制限解除により、来店客数が大幅に回復したことによるものです。

百貨店業界の成長は容易ではありません。百貨店は大都市圏では競争力を維持しているものの、地方や郊外では大型ショッピングセンターやネット通販に顧客を奪われています。

経済産業省の統計によると、百貨店の売上高は1991年の9.7兆円をピークに減少しています*2

百貨店売上額の推移

<出典:第1回百貨店研究会事務局説明資料(百貨店の現状と課題)|経済産業省 商務・サービスグループ p3>

昨年10月、小田急百貨店は新宿店本館を閉館し、売り場面積を大幅に縮小しました。今年1月31日には東急百貨店本店が閉店し、都市型店舗でも魅力の向上が急務となっています*3

激変する経営環境の中で、百貨店は社会的ニーズに応えながら事業を発展させるために何をすべきか、これまで取り組みが進まなかった分野で何ができるかを考える必要があるでしょう。

百貨店初のファッションサブスクリプション

百貨店が直面している課題は、大型ショッピングセンターやオンライン通販の台頭による競争激化だけではありません。消費者のライフスタイルの変化やデジタル化への対応不足等も問題となっています。

こういった状況において、大丸松坂屋百貨店(以下、大丸松坂屋)は新たな成長を目指し、DX(デジタルトランスフォーメーション)(以下、DX)に注力しています。

その一環として、2021年に立ち上げた新事業「ファッションの定額サブスク」AnotherADdressが注目を集めています。会員数は20,000人で、累計レンタル数は100,000着を突破し、着実な成長を遂げています*4

このサービスでは、国内外の高品質なブランドのアイテムが提供され、ユーザーは自分の好みに合わせて1ヶ月間のレンタルが可能です。

プランは月5,500円から22,000円の3つあり、洗濯・クリーニングは不要で、着用後は専用のガーメントバッグにアイテムを入れて返却するだけです。気に入ったアイテムは割引価格で購入もできます。

メンズラインの投入でジェンダーレスファッションも提案

ユーザーからの要望が多かったメンズアイテムの取り扱いも開始し、2027年度には売上高約75億円、有効会員数約45,000人を目指しています*5

AnotherADdressの展開にあたり、「服のリサイクル」「水を汚さないクリーニング法」「ゴミを減らす梱包資材」等、環境負担低減に向けた、積極的な取り組みを実施しています*6

「ファッションの楽しさ」と「持続可能なビジネスモデル」を融合させたDXは、これまでの百貨店にはなかったユニークな事例と言えるでしょう。

百貨店の可能性を広げるインフルエンサー事業

大丸松坂屋は新たな展開として「TikTok(ティックトック)」を導入し、その試みが成功を収めています。

「商品の新しい価値を世界中に広め、楽しい発見にあふれた世界を創り出す」ことを目指し、「人の力」を活かした社員インフルエンサー事業をスタートさせました。

同社は、各商品分野で専門知識や商品に対する情熱を持ったバイヤーや売り場担当者を多数抱えており、これが同社のコアコンピタンス(競争力の源)です。

SNSは商品を売る場所以外で、魅力的な「人」を発信する場となり、新たな顧客との接点となります。

2022年1月に初めて作られたTikTokアカウント「お菓子食べすぎ会社員」は、「オフィスでこっそりお菓子を爆食いする」をテーマにしています。

同アカウントは約1年でフォロワー数15万6000人以上、再生回数1億2000万回(2022年11月30日現在)を突破し、大きな成長を遂げました*7

累計再生回数1億回を突破したTikToker「お菓子食べすぎ会社員」

ただし、社員インフルエンサーを通じて顧客に商品価値を届け、クライアントの新商品のプロモーションを支援するだけではありません。

「お菓子食べすぎ」のクリエイティブチームとスターバンク社は連携し、企業のTikTokアカウント運用やTikTokクリエイターの協力に基づく動画制作、PR投稿などを含むコンサルティングサービスを導入しました。

これにより、百貨店はDXの一環として社員インフルエンサー事業に本格的に取り組み、店舗の力に依存することなく、「個人が発信する情報によって商品価値を顧客に伝える」新しい収益ビジネスを展開しています。

楽しいコンテンツの提供と高いユーザーエンゲージメントを実現するノウハウはもちろんのこと、大丸松坂屋という信頼性が、インフルエンサー業界の中であなどれない存在となることは間違いないでしょう。

百貨店がメタバースに注力する理由

日本を含む世界中から100万人以上の来場者を誇り、3Dアイテムやリアル商品を売り買いできるメタバースイベント「バーチャルマーケット(Vket)」。大丸松坂屋はこのイベントに継続的に参加し、規模を拡大しています。

そして今回、VRChatのオリジナルアバターを販売することになりました*8

VRChatは、VR技術を活用したVRとSNSを融合させ、世界中の人々とコミュニケーションを図る新しいサービスです。複数のユーザーがアバターを通じて会話するなど、仮想空間でのソーシャルな交流が可能です。

なぜ大丸松坂屋は、メタバースにこだわるのでしょうか?

大丸松坂屋百貨店 アバターのラインナップ 

大丸松坂屋がコロナ禍で従来の店舗ビジネスが難しくなり、新たなビジネスモデルを模索していたとき、担当者は「バーチャルマーケット」を通じてメタバースの存在を知り、VRChatなどを通じてメタバースを楽しむ人々がいることを知りました。

そこで思いついたのが、メタバースユーザーの日常生活を豊かにするサービスの提供だったのです。

もう1つの動機は、インフルエンサー事業の経験です。TikTokなどでのキャスティングやコンサルティングを通じて「クリエイターエコノミー」に触れ、メタバース領域で活躍する様々なクリエイターに出会いました。

クリエイターエコノミーは、クリエイターがネット上で自分の才能や作品を発信し、それを経済的に活かす仕組みです。個人が自由にキャリアを構築し、人々は様々なクリエイティブなコンテンツにアクセスできるようになっています。

同社はメタバースのクリエイターを支援し、成長を共にするモデルを築くべく、メタバース向けアバターを制作・販売する事業に挑戦するのです。

もともと百貨店は、上質で優れた商品を集め、それを生活者に提供する場所でした。その結果、消費者は豊かなライフスタイルを享受できるようになったのです。こうした百貨店の強みは、メタバースの世界でも生かせるのではないでしょうか。

大丸松坂屋は、百貨店の課題に真正面から向き合い、強みを活かしながら、まったく新しいデジタルの舞台で新たなビジネスを展開しています。百貨店とデジタルの融合に無限の可能性があることを示していると言えます。

デジタル技術を基に、顧客に「あたらしい幸せ」を提供する新しい百貨店へと進化を続ける大丸松坂屋の挑戦から今後も目が離せません。

この記事を書いた人

Midori

総合広告代理店のアカウントエグゼクティブを経て、国際結婚を機にイタリアに移住。取材・撮影コーディネーターのほか、フリーランスライターとして主にマーケティングやビジネスに関する記事を執筆しています。