日本歯科医師会主催「歯と口の健康シンポジウム2023〜腸に到達する歯周病菌を防ぐ!歯周病のリスクとオーラルケア〜」イベントレポート

日本歯科医師会による歯と口の健康シンポジウム2023が「腸に到達する歯周病菌を防ぐ!歯周病のリスクとオーラルケア」をテーマに開催されました。

日本歯科医師会は、国民誰しもが「健康で長生きをし、人生の最期の日まで自分のお口でおいしく食べられるようにすること」を目指し、歯と口の健康の大切さの普及に取り組んでいます。シンポジウムは、歯とお口の健康への意識を変えようという活動の一環ですが、テーマである歯周病は、ネアンデルタール人の旧石器時代には見られたとされ、医学の父といわれたヒポクラテスも歯周病に関する記述を残すなど、人類とは長い歴史があります。健康寿命の延伸にも関わる歯周病は決して高齢者だけの病気ではなく、医学の発達によりがんや認知症といったさまざまな病気と関連していることがわかってきました。近年話題の腸活や腸内細菌叢(腸内フローラ)とも密接な関係のある歯周病について、イベントのレポートをお届けします。

成人の約7割が歯周病?!

イベントは、タレントの上村まりえ氏をMCに、日本歯科医師会会長高橋英登氏の挨拶から始まり、大阪大学大学院歯学研究科予防歯科学講座教授の天野敦雄氏と、内科医・認定産業医の桐村里紗氏を迎えてのトークセッション。

まずは、予防歯科学の専門家である天野氏の患者さんの事例からスタートしました。自身では磨けていると自信を持っている患者さんでも実際は磨き残しが少なくありません。磨き残したプラーク(歯垢)が溜まって硬い歯石になると、歯茎が剥がれて歯周ポケットができ、そこにプラークや歯石が溜まると炎症を起こし、歯周病になります。

歯周病が厄介なのが、痛みなく静かに長い時間をかけて進行するSilent Deseaseである点。気が付けば、骨がやせて歯がグラグラする、口臭がすると、大変な状況に陥ってしまっているというわけです。日本人には多く見られる病気で、成人の約7割が歯周病ともいわれています。日本歯科医師会が行った15歳から79歳までの1万人の男女へのアンケートでは、全身の健康のためにお口の健康にはとても注意していると答えた方が9割以上、8割の方が口を健康に保つためにケアに気を付けていると回答し、意識の高さが伺えるにも関わらず、歯周病は年々増加しているのが現状です。

歯の汚れが溜まるところは、歯の表面、歯と歯の間、そして歯と歯茎の間の3箇所ですが、歯間ブラシやデンタルフロスを使っても2割は残ります。いかにセルフケアでの歯磨きが難しいのかがわかります。そこで、プロによるケアが必要不可欠です。

【歯周病が疑われる症状】
・歯ぐきに赤く腫れた部分がある
・口臭が気になる
・歯ぐきがやせてきた
・歯と歯の間にものがつまる
・歯を磨いた後など歯ぐきから出血をする
・歯ぐきがブヨブヨしている
・歯が浮く感じがある
・指で触るとグラグラする歯がある
・歯ぐきから膿が出る

いずれにも該当しない場合、1年に1回歯科クリニックで定期的に診てもらうだけでも大丈夫。1つ以上該当する場合は歯周病になりやすい、あるいは歯周病の可能性がありますので、1つでも該当すれば歯医者クリニックを受診しましょう。該当項目が多ければ多いほど歯周病である可能性が高まりますので、早めの治療と予防が大切です。

歯周病菌が腸内細菌叢を乱し、万病のもとに。大腸がんの原因にも。

20世紀には歯周病は歯を失う病気、骨をやせさせる病気と認識されていましたが、21世紀になると万病のもとであることがわかってきました。現在は、骨がやせるほどの歯周病は、メタボリックシンドローム、がん、糖尿病、動脈硬化、関節リウマチ、認知症など100以上の全身疾患との関連性が報告されています。また、女性の早産や不妊の原因となっていることもあります。

歯周病が全身疾患につながる原因として挙げられるのが、腸内細菌叢(腸内細菌フローラ)の乱れです。

腸内細菌叢といえば、最近メディアでもよく耳にするのが腸活です。腸活というと食生活を改善することで腸内環境をよくしようと考えがちですが、「腸の手前には口があります。ですから、腸内環境をよくするためには、口のケアをしっかり行うことが大切。忘れがちですが、口が体の入口なんです」と、桐村氏。

人は1日1〜1.5Lの唾液を飲み込んでいます。歯周病があると、唾液と一緒に歯周病菌も飲み込み、腸内細菌叢が乱れます。すると、食生活に気を付けても効果がなくなってしまいます。

重度の歯周病患者では、最強の歯周病菌で吸血菌とも呼ばれるジンジバリス菌を、唾液ととともに1日に10〜100億個飲み込むことになります。ジンジバリス菌以外の菌も含めると、1日に1〜10兆飲み込んでいます。

胃酸はほとんどの菌を殺菌するといわれていますが、胃酸を抑制する薬を長期に服用している方、ピロリ菌に感染している方、ストレスなど、胃酸が抑制されている場合、また水を飲んでも胃酸は薄まり、殺菌力が弱まります。さらに、菌が塊になってバイオフィルム状になっている場合、つまり口の中がベタベタになっている場合、酸に強い状態になっており、ph3の胃酸に2時間浸しても7割が生き残ったという研究結果も報告されています。

歯周病菌が胃を一部通過してしまって腸に届くと、腸内細菌叢(腸内細菌フローラ)が乱れます。すると、腸の周りには私たちのからだを外敵から守る働きをする免疫細胞が集中しているため、免疫細胞が外敵が来たと認識し、体内に戦争のような状態が引き起こされます。こうして全身の臓器、脳や腎臓、血管などに炎症が起き、全身の疾患の原因となります。

強い口臭を起こすフソバクテリウム・ヌクレアタムという歯周病菌は、大腸がんのすべてのステージに関連していることもわかっています。3ヶ月の口腔ケア後に歯周病が改善した大腸がん患者で、便中のフソバクテリウム・ヌクレアタムが減少していたという研究結果も報告されています。

腸内細菌の乱れは、初期には自覚症状があまり感じられず、気が付きにくいのが困ったところ。腸に歯周病菌を届けないためにも、毎日のセルフケアの歯磨きと、歯科医院での定期健診がとても重要です。

歯科医院でのプロフェッショナルケアは、セルフケアでは落としきれない汚れを除去したり、病気の早期発見・早期治療したりすることを可能にします。また、自身の歯を残し、健康的な口を維持することで、人生の最後までおいしく食べられること、ひいては健康に生きられることにつながります。

超高齢社会に突入した日本において、医療費・介護費の持続可能性が危ぶまれる中、歯の健康を維持することは医療費・介護費の削減にもつながる可能性を秘めています。むし歯の治療の時代から歯周病も含めた予防の時代へ、また高齢者歯科や訪問歯科は着目すべきテーマとなっています。

この記事を書いた人

今村美都

がん患者・家族向けコミュニティサイト『ライフパレット』編集長を経て、2009年独立。がん・認知症・在宅・人生の最終章の医療などをメインテーマに医療福祉ライターとして活動。日本医学ジャーナリズム協会会員。