厚生労働省による医師の働き方改革。2024年4月からは新制度もスタート。

時間外・休日長時間労働や過重労働から後を絶たない医師のバーンアウトや過労死。これまでも医師の長時間労働によって支えられてきた日本の医療ですが、今後、後期高齢者人口のピークの到来、少子化による医師の人材不足、医療の高度化や医療ニーズの変化など、医師一人ひとりに求められる負担はさらに増加することが考えられます。医師の集団退職のニュースも後を絶たない中、医師の働き方における変革が、現代社会の中で急務となっていることも事実です。2024年4月からは厚生労働省による働き方改革の新制度もスタート。働き方改革は、医師の働き方に、私たちの医療にどんな影響をもたらすのでしょうか。本記事では、医師の働き方改革について考察していきたいと思います。

医師の置かれた現状と働き方改革が目指すもの

医師たちは常に患者の健康を守り、命を救う重要な役割を果たしています。しかし、その一方で長時間労働、厳しいシフト制、極端な労働条件がバーンアウトや時に過労死を引き起こす原因となっています。最終的には、私たちが受ける医療の質にも悪影響を及ぼす可能性があります。

一方で、医師が医師として成長し、質の高い医療を提供するためには、医療技術の向上や経験の蓄積、研究や論文執筆、学会発表といった「自己研鑽」も必要不可欠であり、また、24時間365日医療を提供する医療機関では患者の容態の急変や急患など、単純に9-17時勤務で区切ることのできる職業ではないという側面もあります。

厚労省では、現状と目指す姿を下記のようにまとめています。

現状
医師の長時間労働 病院常勤勤務医の約4割が年960時間超、約1割が年1,860時間超の時間外・休日労働。特に救急、産婦人科、外科や若手の医師は長時間の傾向が強い。
労務管理が不十分 36協定※が未締結や、客観的な時間管理が行われていない医療機関も存在。
業務が医師に集中 患者への病状説明や血圧測定、記録作成なども医師が担当。

※法定労働時間を超えて労働者に時間外労働(残業)をさせる場合には、労働基準法第36条に基づく「労使協定(36協定)の締結」「所轄労働基準監督署長への届出」が必要です。36協定では、「時間外労働を行う業務の種類」や「1日、1か月、1年当たりの時間外労働の上限」などを決めなければなりません。

目指す姿
労務管理の徹底、労働時間の短縮により医師の健康を確保する。
+
全ての医療専門職それぞれが、自らの能力を活かし、
より能動的に対応できるようにする。

質・安全が確保された医療を持続可能な形で患者に提供。
<参考:医師の働き方改革概要|厚労省資料>

法改正で時間外・休日労働時間の上限を規定

4月からスタートする制度では時間外・休日労働時間の上限を定める法改正が実施されます。

診療に従事する医師の場合、法律で認められる年間の時間外・休日労働時間の最大の上限が定められ、A水準、連携B水準、B水準、C-1水準、C-2水準のいずれかの水準が適用されます。また、各水準ごとに、36協定で定めることができる時間外・休日労働時間についても、年単位での上限が設けられます。複数の医療機関に勤務する医師の場合、それぞれの勤務先での労働時間を通算します。さらに、どの水準が適用されても、月単位で100時間未満という時間外・休日労働の上限が設けられます。しかしながら、月100時間以上が見込まれる場合は、“面接指導”を実施することで、例外的に適用されません。

水準 長時間労働が必要な理由 年の上限時間
A水準 (臨時的に長時間労働が必要な場合の原則的な水準) 960時間
連携B水準 地域医療の確保のため、本務以外の副業・兼業として派遣される際の労働時間を通算すると長時間労働となるため 1,860時間
(各院では960時間)
B水準 地域医療の確保のため、救急医療や高度ながん治療など自院内で長時間労働となるため 1,860時間
C-1水準 臨床研修・専攻医の研修のため 1,860時間
C-2水準 専攻医を卒業した医師の高度な技能の修得のため 1,860時間

※連携B、B水準は2035年度末を目標に終了予定。

<参考:医師の働き方改革~患者さんと医師の未来のために~|いきいき働く医療機関サポートWeb>
<参考:医師の働き方改革概要|厚労省資料>

また、十分な睡眠時間を確保するために、医師の勤務間のインターバルのルールが設定されます。臨床研修医以外の医師は、始業から24時間以内に9時間の連続した休息時間を確保することを原則とします。C-1水準が適用される臨床研修医については、指導医の勤務に応じて24時間の連続勤務時間の必要がある場合は、始業から48時間以内に24時間の連続した休息時間を確保するシフトを組むことが求められます。その上で、研修における必要性から、勤務間インターバル中に緊急の業務が発生した場合には、代償休息が与えられます。その代償休息は、「ローテーション中の診療科の研修期間の末日」か、「翌月末」までのいずれか早い日までの間に付与されます。

医師に過集中する業務を分散「タスク・シフト/シェア」

医師の過重労働対策として、タスク・シフト/シェアも進められています。医師が医師の専門性を活かしてパフォーマンスを最大化できるよう、医師以外にも役割分担を拡大していくことで効率化を図ります。

その一つが、特定行為研修を受けた看護師へのタスク・シフト/シェアです。特定行為研修を修了した看護師は、医師の作成した手順書に従い、医師の判断を待たずに38の特定行為が実施可能になります。特定行為研修修了者は年々増加しており、医師の負担軽減とともに、医療・看護の質の向上につながっています。

このほかにも、臨床検査技師の病棟や外来での採血業務、薬剤師の病棟や手術室での薬剤の管理薬物療法に関する説明、医師事務作業補助者等の診断書等の書類の下書き・症例データの登録・患者さんの搬送など、それぞれの専門性を活かしたタスク・シフト/シェアが進んでいます。

目指すゴールの実現のために

新制度に対して、「血は流れるかもしれないけれど、スタートする以上、正しいゴールのための改革だと信じて協力するしかないと思っています」と語るのは、聖マリアンナ医科大学横浜市西部病院救命救急センターに勤務する救急救命医・総合内科医の北村夕佳医師です。

救急救命は診療科の中でもとりわけ負荷が大きいことが指摘される科の一つですが、「現場の医療が回るのかという懸念はもちろんあります。しかしながら、制度として守られることで、人道的なレギュレーションのための追い風になる可能性はあります。大きすぎる負荷は医療ミスにもつながりかねない。医療の質を担保するには、根性論だけでは対応できません。バーンアウトする医師の軽減にはつながるのではないでしょうか」

大学病院や地域の中核病院といった大病院で、経験と実績のある医師が働き続けるために、ひいては質の高い医療を維持するために、働き方改革が一役買ってくれることが期待されます。

今回の改革に対してよく耳にするのが、現場の医療が回らなくなることもさることながら、研修医・若手医師の育成の観点からの懸念です。現在活躍するベテラン医師たちの多くは、厳しい下積み時代を経験したからこそ医師としての成長や高度なスキルにつながっていることを自覚しています。働き方改革はその貴重な機会の損失になるのではという指摘には理解できるものがある一方、バーンアウトや過労死は避けなくてはならない現実です。厚労省もまた労働時間の規制と医師のプロフェッショナリズムの両立を目指すことを示しています。

北野医師は米国ヴァージニア・メイソン医療センターで内科レジデントとして勤務していた際の経験を元に次のように語ります。

「米国では、研修医も時間内に勤務を終えて帰宅することが当たり前。時間外労働は厳しく指導されます。ですが、要求される仕事のタスクは決して楽ではありません。時間内に想定されるタスクを一所懸命にこなすことで胆力がつく。ここにヒントがあるのではないでしょうか。」

また、仕事よりプライベート、タイムパフォーマンス重視・効率主義とされるZ世代の医師・研修医たちの価値観と働き方改革は一致するとも指摘します。

「若手の医師に自分たち世代の価値観を求めてバーンアウトされるよりも、医師になりたいという純粋な思いを持って医師になった彼らを育てずしては誰も残りません。働き方改革の中で、将棋の駒を一コマ一コマ置いていくように、トータルで正しいゴールを実現できるように試行錯誤するしかない。」

医師の働き方改革。
実現までの道のりの最中には、混乱が生じることも考えられます。しかしながら、現状維持で医師の自己犠牲で成り立つ医療はいずれ破綻することも想像に難くありません。最悪の状況を避けるためには、必要以上に医療機関にかからないこと、予約した診療時間を守ること、かかりつけ医を持つこと、そして日本の医療の現状を知ることなど、患者側にも意識と行動改革が求められます。

医師と患者、双方にとって納得感のある、質の高い医療を提供し続けることと次世代の医療者を育てること。ゴールの実現のために、風穴を開けてくれる「改革」となることを期待したいと思います。

取材協力:
聖マリアンナ医科大学横浜市西部病院救命救急センター
救急救命医・総合内科医 北村夕佳医師

この記事を書いた人

今村美都

がん患者・家族向けコミュニティサイト『ライフパレット』編集長を経て、2009年独立。がん・認知症・在宅・人生の最終章の医療などをメインテーマに医療福祉ライターとして活動。日本医学ジャーナリズム協会会員。