加速化する製薬業界のM&A最新動向

製薬業界におけるM&A(合併・買収)の活況は、その戦略的重要性と共に、グローバルヘルスケアの未来形成におけるキーファクターとなっています。直近では、スイスを本拠地とする世界的製薬企業であるロシュによる米カーモットセラピューティクスの27億ドルでの買収や、米イーライ・リリーによる米バーサニス・バイオの最大約19.3億ドルでの買収など、大型取引が注目を集めています。これらの動きは、単に企業規模の拡大や収益の増加を目的としたものではなく、業界内での競争力強化、イノベーションの加速、そして特許切れに伴う収益減少への対策として、戦略的に行われています。

収益減少への対応策としてのM&A

製薬業界は、ブロックバスターと呼ばれる大ヒット医薬品の特許切れに直面しています。これにより、ジェネリック医薬品の市場への流入が加速し、元の製品の売上は大きく減少します。このような状況下で、多くの製薬企業は、収益の確保と将来の成長を目指し、新たな治療薬や技術を持つ企業の買収に目を向けています。買収先の革新的な製品や研究開発能力を獲得することで、自社の将来的製品ラインナップの強化を可能とします。

イノベーションの加速

新しい治療法や医薬品の開発には、膨大な時間とコストを要します。M&Aによって、すでに有望な研究開発を進めている企業を取り込むことで、大手製薬企業は開発プロセスを大幅に短縮し、また合併・買収された企業側も資金繰り始め強力なバックアップ体制の下、双方がイノベーションを加速させることが可能になります。また、異なる企業間の技術や知識の融合によって、新たな治療法の創出につながることも期待されています。

糖尿病治療薬・肥満症治療薬市場の現状

新しい糖尿病治療薬として登場した「GLP-1受容体作動薬」は、肥満にも有効性が認められ、肥満治療薬の市場は2030年には1,000億ドルに達するとの予測も出ています。そんな肥満治療薬の市場を2分すると考えられているのが、イーライ・リリーとデンマークのノボノルディスクです。糖尿病治療薬であるインスリン製剤から始まった歴史ある2社ですが、イーライ・リリーは第2相臨床試験中のビマグルマブを開発したバーサニスを買収することで、さらなる勢力強化を狙います。
この2社に対して、カーモットの買収によりロッシュが市場でどこまで存在感を示していくかも注目されます。糖尿病・肥満症治療薬の開発に注力してきたカーモット社は、臨床および前臨床段階にある3つのGLP-1受容体作動薬を資産とするバイオテクノロジー企業です。

一方で、予測を上回る需要による急激な市場拡大と、一部製造拠点による生産が追いつかず、出荷停止や調整出荷などが余儀なくされる状況も生まれています。また、肥満症治療薬を使用する患者が急増したことで、米国では企業の健保が財政圧迫される懸念を生じ、今後全額負担の見直しや制限などの必要性も論じられています。

プライベート・エクイティ・ファームの役割

近年、未上場企業への投資を行うプライベート・エクイティ・ファームも製薬業界への関心を強めています。彼らは、製薬業界の持続的な成長やマクロ経済環境の変化を背景に、新たな投資機会を模索しています。プライベート・エクイティは、資本の提供はもちろんのこと、経営改革や戦略的再配置を通じて、買収した企業の価値を最大化しようと試みています。製薬業界全体の競争力向上にも寄与するプライベート・エクイティも業界の勢力図を考える上で着目したい存在です。

最後に

製薬業界におけるM&Aの活況は、単に経済的利益を追求する動きではなく、医薬品のイノベーションを促進し、肥満といったグローバルな健康問題への対応能力を高めるための戦略的な選択としても捉えられています。特許切れ、新薬開発の高コストと長期化、そして疾患治療への新たなアプローチの必要性を背景に、製薬企業はより積極的なM&A戦略を採用しています。また、プライベート・エクイティ・ファームの参入は、業界に新たな資本と視点をもたらし、さらなる成長と発展を促しています。これらの動きが、未来のヘルスケア業界の姿をどのように変えていくのか、今後も注目したいところです。

参考:

Carmot Therapeutics Announces Completion of Acquisition by Roche

週1回皮下投与のGLP-1受容体作動薬「ウゴービ® 皮下注」〔一般名:セマグルチド(遺伝子組換え)〕、発売のお知らせ

https://medical.lilly.com/jp/answers/218192?redirect-referrer=https%3A%2F%2Fwww.google.com%2F

Lilly to Acquire Versanis to Improve Patient Outcomes in Cardiometabolic Diseases

この記事を書いた人

今村美都

がん患者・家族向けコミュニティサイト『ライフパレット』編集長を経て、2009年独立。がん・認知症・在宅・人生の最終章の医療などをメインテーマに医療福祉ライターとして活動。日本医学ジャーナリズム協会会員。