WebサイトとCMSにおけるパーソナライゼーション最前線
パワー・インタラクティブ マーケティング推進室(文責)
現代のデジタルマーケティングにおいて、パーソナライズされた体験の提供は不可欠となっています。例えば「Amazon」では、顧客の商品購入の約44%がパーソナライズされたレコメンド経由とも報告されており*1、一人ひとりに合わせたコンテンツ提供がビジネス成果に直結しています。
本記事では、WebサイトとCMSを取り巻くパーソナライゼーションの最新トレンドについて、技術的な進化や業界別事例、主要CMSの新機能、そして成功のポイントや課題をまとめます。
技術的な進化:AI・データ統合・リアルタイム化
AI(人工知能)の活用による高度化
近年、AIの進歩によりパーソナライゼーションは新たな局面を迎えています。
生成AIを使ってユーザー個々に最適化したコンテンツ(商品レコメンドやメッセージなど)を自動生成したり、予測分析によってユーザーのニーズを先回りして提案することが可能になりました。たとえばチャットボット等の会話型AIはユーザーの意図や文脈を理解し、より適切な応答や商品案内をリアルタイムで返すことができます。こうしたAI駆動のパーソナライズにより、2024年時点で企業は顧客ごとの嗜好に合わせた超個別化(ハイパーパーソナライゼーション)を実現しつつあり、顧客エンゲージメントやコンバージョン率の向上に繋げています。
同時に、AI活用にあたってはプライバシーやバイアスへの配慮といった倫理的AIの観点も重要視され始めています。
データ連携の進化と統合基盤
効果的なパーソナライゼーションにはデータの統合が欠かせません。
CRMやマーケティングオートメーション、Web解析など様々なプラットフォームに散在する顧客データをクリーンかつ信頼できる形で統合し、一元管理することが求められます。
実際、多くの企業が社内に散らばるデータの扱いに苦労しており、ある調査では10社中7社がデータのサイロ化に課題を感じているといいます*2。この課題に対し、近年はカスタマーデータプラットフォーム(CDP)などを導入してオンライン・オフラインを問わず顧客接点のデータを集約し、CMSやパーソナライゼーションエンジンと連携する動きが進んでいます。データ統合基盤の進化により、チャネルをまたいだ一貫性のある体験(オムニチャネルパーソナライゼーション)を提供しやすくなりましたが、その反面システム連携の複雑さや運用コストの増大といった課題も指摘されています。
リアルタイムパーソナライゼーションの実現
従来の事前セグメントに基づく画一的な配信ではなく、リアルタイムでユーザーの行動や状況に応じて内容を最適化する取り組みも広がっています。
リアルタイムパーソナライゼーションとは、「それぞれの顧客に合わせたコンテンツやオファーを瞬時に差し出す能力」を指し、瞬間ごとのユーザーの興味・ニーズに応える手法です。これによりサイト訪問中のユーザーに対し、今この瞬間”最も響く情報を提供でき、エンゲージメントの向上や離脱防止に寄与します。例えば、動画配信サービスのNetflixでは視聴履歴や評価データをもとにユーザーごとにホーム画面のコンテンツをリアルタイムに最適化し、視聴時間の増加と満足度向上に繋げています。ECのAmazonも閲覧履歴や購入履歴にもとづき「今このユーザーが買いそうな商品」を即座におすすめすることで売上増加を実現しています。
このようにリアルタイム対応を可能にするため、バックエンドでは高速処理が可能な分析基盤や、セッション中の行動データを即座に反映できるCMS/エンジンの採用が進んでいます。
また、位置情報や天候、時間帯などのコンテキストデータまで組み合わせて瞬時に最適化を図るハイパーパーソナライゼーションも登場しており、文字通り「一人ひとりに唯一無二の体験」を提供する段階に入りつつあります。
業界別のパーソナライゼーション活用事例
(1)BtoB企業における活用例
BtoB領域でもパーソナライゼーションの重要性が高まっています。
BtoBの購買プロセスは複数の意思決定者が関わり長期化する傾向がありますが、それぞれのステークホルダーの関心に合わせた情報提供をおこなうことで関係構築や案件創出を促進できます。実際、BtoBバイヤーの73%が「企業側には購入前に自分たちのニーズを理解しておいてほしい」と感じているとの調査もあり*3、的外れな汎用コンテンツではなく業種・役職にマッチしたコンテンツ提供が求められています。
具体例として、業務効率化ツールを提供するSaaS企業のClickUpは、自社サイトのランディングページを訪問者の業界に応じて動的に出し分けています。たとえば営業職向けにはヘッドラインを営業現場に響く文言に変え、グラフなど業務関連の画像をヒーローイメージに表示するなど、トップページのファーストビューから業種別にカスタマイズしています。一方でマーケティング職の訪問者にはマーケター向けのユースケースを訴求するページを見せるなど、業界・職種セグメントごとに最適化したコンテンツで興味喚起し、離脱を防いでいます*4。
また、法人向けサービスのサイトではチャットボットにもパーソナライズを取り入れる例が増えています。例えばデータ提供SaaSのClearbitでは、サイト来訪時に表示するチャットメッセージを訪問者の属性や閲覧ページに応じて変化させ、適切な提案や資料案内につなげています*5。このような取り組みにより、BtoB企業は見込み顧客それぞれに響く体験を提供し、コンバージョン率や商談化率の向上を図っています。効果として、パーソナライゼーションにより新規獲得コストが50%削減できたという報告もあり*6、限られたマーケティング予算を効率化する手段としても注目されています。
もっともBtoBでは、BtoCに比べサイト訪問者数が少なくA/Bテストなどの検証サイクルを回しづらい、またマーケ組織のリソースが限られ細やかな運用が難しい、といった課題も指摘されています。そのためBtoB企業のパーソナライズ施策では、闇雲にシナリオを増やすのではなく重点セグメントに絞った施策設計や、営業部門との連携によるアカウント単位での最適化(ABM: Account-Based Marketing)が成功の鍵となるでしょう。
(2)SaaS業界での最先端CMS活用事例
自社が提供するサービスそのものがオンラインで完結するSaaS企業にとって、Webサイト上で見込み客との関係を深めることは事業成長の要です。そのためSaaS各社は自社サイトやコンテンツ管理(CMS)の分野でも最新のテクノロジーを取り入れ、ユーザー体験の最適化を図っています。
先述のように、多くのSaaS企業はBtoB向けでもあるため業界別・企業規模別のパーソナライズを実践していますが、その手法は多岐にわたります。例えばサイト上のナビゲーションメニュー自体を訪問者ごとに出し分けるケースがあります。製造業のユーザーには「ソリューション(製造業向け)」メニューを強調表示し、金融業のユーザーには別の業界ページを優先表示するといった具合に、メニュー階層やCTAボタンを動的に調整することで、ユーザーが自身に関連深い情報へ辿り着きやすくする工夫です。調査ではBtoBバイヤーの約3/4が「自分向けにカスタマイズされたサイトナビゲーション」を求めているとの結果もあり*7、こうした取り組みはユーザビリティ向上につながります。
またSaaSでは、他社事例や顧客の声のパーソナライズも有効です。
あるソフトウェア企業のサイトでは、訪問者の属する業界に合わせて「〇〇業界の導入事例」をトップページに表示する試みがされています。これにより見込み客は自分に近い事例をすぐに見つけられ、サービスへの信頼感を高めることができます。さらにパーソナライズされたポップアップを活用し、閲覧中のコンテンツに応じて最適な資料ダウンロードやケーススタディを案内することでリード獲得率を上げた例も報告されています。例えば、あるマーケティングSaaSのブログ記事を読んでいる訪問者には関連する事例資料へのポップアップを表示し、興味のあるタイミングでスムーズにコンバージョンにつなげています。このようにCMS上のあらゆる要素(ヘッダー画像、テキスト、CTA、ポップアップ等)を動的に変化させることで、SaaS企業はサイト訪問から製品トライアル登録・問い合わせに至るまでの顧客ジャーニーを最適化しています。
技術面では、ヘッドレスCMSの活用もSaaS業界で進んでいます。従来型のCMSにとらわれずコンテンツをAPI経由で配信できるヘッドレスCMSを採用することで、自社サイトだけでなくアプリ内や別サービス上でも一貫したコンテンツ提供が可能になります。たとえばドキュメントやナレッジベースの記事をヘッドレスCMSで管理し、Webサイト・アプリ・チャットボットで共通利用するといった使い方です。これによりチャネルを横断したパーソナライズ(例:サイトで資料請求したユーザーにはアプリ内でも関連チュートリアルを表示)がしやすくなり、シームレスな顧客体験を実現できます。
総じてSaaS企業はコンテンツ管理の最新トレンドを積極的に取り入れながら、自社プロダクトへの顧客誘導やリテンション最大化を図っていると言えるでしょう。
(3)ECサイトにおけるパーソナライゼーション成功事例
ECサイトの領域では、パーソナライゼーションは既に競争優位の必須条件となっています。おすすめ商品の表示や関連コンテンツの提示は当たり前になりつつあり、各社が創意工夫を凝らした施策で顧客体験の差別化を図っています。
世界的な成功例としては前述のAmazonが挙げられます。Amazonでは過去の閲覧履歴や購入履歴にもとづくレコメンデーションエンジンに長年投資しており、その結果サイト内の購買行動の約44%がレコメンド経由で発生しているとされています*8。このような高度なパーソナライゼーションが売上を大きく押し上げている好例です。
また、動画ストリーミングのNetflixや音楽配信のSpotifyも、ユーザーごとの視聴履歴・再生履歴を分析して「あなたへのおすすめ」コンテンツを提示することで、視聴時間の増加や解約率の低減といった成果を上げています。これらは厳密にはECサイトではありませんが、レコメンデーションによるエンゲージメント向上という点で共通しており、多くのEC事業者にとって示唆に富むモデルでしょう。
国内のEC事例も見てみます。ファッションや雑貨を扱う通販サイトのフェリシモでは、自社の基幹システムに蓄積された購買履歴・会員情報など膨大なデータをパーソナライズに活用し、キャンペーン利用率向上や有料会員継続率アップを達成しています*9。具体的には、会員ごとの購入履歴に基づいて次に買いそうな商品やコーディネートをサイト上で提案したり、閲覧履歴から興味関心を分析してクーポンや特集ページを出し分けたりしています。その結果、キャンペーン利用率の向上やロイヤル顧客の増加といった成果が得られ、LTV(顧客生涯価値)の向上にも繋がっています。
ワイン販売のエノテカでは、「オンライン上でも実店舗のソムリエのようにおすすめを提示したい」という発想から、ワインの味わいを数値化するアルゴリズムを開発しパーソナライズドレコメンドを実現しました*10。ユーザーの好みや過去購入したワインの傾向を分析し、一人ひとりに合った銘柄をおすすめすることで、サイト内の「おすすめ枠」経由のワイン購入数が前年比約1.5倍に増加する成果を上げています。これは専門性の高い商材においても、適切なレコメンドが購買意欲を大きく刺激しうることを示す好例です。
また、ふるさと納税サイトのさとふるでは、ユーザーを「初回訪問」「非会員」「未利用の会員」「リピート会員」の4セグメントに分類し、それぞれに異なるバナーやコンテンツを表示する施策をおこないました。例えばリピート利用のある会員にはおすすめの高額返礼品を、初回訪問者には使い方ガイドを目立たせるといった形で出し分けたところ、該当バナーからのコンバージョン率が2.07倍に向上しています*11。ユーザーの利用ステータスに応じた情報提供が的確にハマった成功例と言えます。
さらに化粧品販売のSABON Japanでは、来訪者の会員ステータス(新規/既存等)に合わせてトップページに表示する内容を変える施策をおこない、平均で41%ものCVR向上を達成しました*12。加えて、ユーザーの好みの「香り」に着目したレコメンド機能を導入し、こちらも他の汎用的なレコメンドより30%高いCVRを記録しています。店舗での体験価値をオンラインでも再現したいという狙いのもと、ユーザーの嗜好データを細やかに反映した施策が功を奏したケースです。
このようにEC分野では、データ活用×創意工夫によるパーソナライゼーションで顧客体験と売上の双方を高めた事例が数多く生まれています。一方で、レコメンドの精度向上には商品マスタやユーザーデータの整備が不可欠であり、機械学習モデルの継続的なチューニングも求められます。また、顧客の購買履歴や閲覧履歴といった個人データを扱うため、後述するようなプライバシー配慮も重要です。
成功事例に学びつつ、自社の商材や顧客層に適したパーソナライゼーション戦略を描くことが肝要でしょう。
主要CMSプラットフォームの最新機能とトレンド
(1)Adobe Experience Manager (AEM)
エンタープライズ向けCMSの代表格であるAdobe Experience Manager (AEM)は、近年クラウドサービス化とともに機能強化のスピードを増しています。特にAIとパーソナライゼーションの領域で顕著な進化を遂げており、Adobe独自のAIエンジンであるAdobe Senseiや新たに統合されたGenerative AI機能を活用したコンテンツ支援機能が追加されています。
例えば最新のAEMでは、アップロードした画像に自動でタグ付けをおこなうスマートタグ機能や、記事コンテンツの内容に応じて関連コンテンツをレコメンドするコンテンツインテリジェンスが実装されており、自然言語処理によるメタデータ付与でコンテンツ管理の効率が大幅に向上します*13。
さらに2024年には生成AIを用いて既存コンテンツからバリエーションを自動生成する新機能もリリースされ、マーケターがボタン一つで別パターンのコピーや画像を作り出せるようになりました*14。
これらのAI機能により、コンテンツ制作と最適化の自動化が進みつつあります。
パーソナライゼーションに関しては、AEM単体というよりAdobe Experience Cloud全体でのソリューション提供がトレンドです。AEMはAdobe AnalyticsやAdobe Target(パーソナライズ/テストツール)と緊密に連携し、セグメント作成からコンテンツ出し分けまでワンストップで実現できる統合プラットフォームを形成しています。具体的には、Adobe Analyticsで得たユーザー行動データや属性データに基づきオーディエンスセグメントを作成し、Adobe TargetでそのセグメントごとにAEM上のコンテンツを動的に差し替える—といった仕組みです。これにより、マーケターはコードを書くことなくAEM上で高度なパーソナライズキャンペーンを展開できます。Adobe自身も「92%のマーケターがカスタマイズされた体験の提供が必要だと認識している」と指摘しており*15、AEMはそうしたニーズに応えるハイパーパーソナライゼーション基盤として進化を続けています。
また、オムニチャネル対応も強化されており、AEM Sitesで作成したコンテンツをWebやモバイルアプリはもちろん、デジタルサイネージやIoTデバイスにまで配信するといったユースケースも可能になっています*16。
総じてAEMは、AI活用・マルチチャネル・パーソナライズの各分野で最新トレンドを取り込み、「顧客体験マネジメント(CXM)のプラットフォーム」として包括的な進化を遂げていると言えるでしょう。
(2)HubSpot CMS (HubSpot Content Hub)
近年急速に存在感を高めているHubSpot CMSは、2024年4月の大型アップデートで「HubSpot Content Hub」へと進化しました。もともとマーケティングオートメーションやCRMと一体化したCMSとしてパーソナライズ機能を備えていましたが、今回のリニューアルでは特にAI機能の強化が目玉となっています。HubSpot社は「Breeze(ブリーズ)」と総称されるAI機能群を発表し、200以上の新機能をプラットフォーム全体に実装しました。これには、コンテンツ作成を支援するAIコパイロット(文章の下書き生成や要約、画像の自動生成など)、マーケティングや営業プロセスを自動化するAIエージェント、顧客データを分析してインサイトを提供するAIインテリジェンスといった機能が含まれます。例えばブログ記事の自動生成や多言語翻訳、メールのパーソナライズドraft作成などが可能になっており、マーケティング担当者の生産性向上と施策の高度化を支援しています。
HubSpot CMSがユニークなのは、CRMデータと直結している点です。Webサイトに訪れた見込み客の行動はそのままHubSpot CRMに蓄積され、逆にCRM上の属性データや行動履歴を使ってサイト上のコンテンツを動的に出し分けることができます。具体的には、HubSpotのスマートコンテンツ機能を用いると、訪問者ごとに表示するテキストやCTA、フォーム内容を変えることが可能です。たとえば既知のコンタクト(過去にフォーム入力したユーザー)には名前を差し込んだ挨拶文や、興味分野に基づく製品おすすめを表示し、初回訪問の匿名ユーザーには一般的な紹介コンテンツを表示するといった柔軟な対応ができます。スマートコンテンツで作成されたパーソナライズ要素は訪問者のデータに基づき自動的に調整されるため、コーディング不要でパーソナライズされた体験を提供できる点がマーケターにとって大きな利点です。
また、HubSpot Content Hubではコンテンツとマーケティング施策の一元管理がより進んでいます。前述のMarketing Hubとの統合プラン「Marketing+」が登場したことで、CMS上のコンテンツ運用からメール配信・ワークフロー・広告連携までシームレスに連動させることができます。これにより、サイト上の行動に応じて即座にメールをトリガー送信したり、閲覧ページに関連するリターゲティング広告を出稿するといったクロスチャネルで統合されたパーソナライゼーションが実現しやすくなっています。HubSpotは中堅・中小企業からエンタープライズまで幅広く利用が拡大しており、「オールインワン型」プラットフォームの強みを活かして今後も進化が期待されます。
他方でHubSpot CMSはカスタマイズ性ではオープンソースCMSに劣る面もあり、大規模サイトでは他のCMSとの使い分けや連携を検討するケースもあります。しかし「使いやすさとパーソナライズ性能の両立」という点でもっとも注目すべきCMSの一つであることは間違いありません。
(3)WordPressの最新機能・プラグイン動向
世界で最も普及しているCMSであるWordPressも、近年のアップデートでパーソナライズ体験の強化につながる機能拡充がおこなわれています。まず注目すべきはフルサイト編集(Full Site Editing, FSE)の本格導入です*17。WordPress 5.9以降、テーマのヘッダーやフッター、ウィジェットなどサイト全体の構成要素をブロックエディタで直感的に編集できるようになり、ノーコードでサイトデザインを個別最適化しやすくなりました。これにより開発者でなくとも各ランディングページを柔軟に作り込み、ユーザー層に応じたレイアウトやメッセージ変更が可能です。
例えば特定のキャンペーン期間中だけトップページの構成を変えたり、モバイルユーザー向けにコンテンツ配置を調整するといった対応がブロック操作で実現できます。FSEの進化によって、「パーソナライズされたサイト体験 = 特別なコーディングが必要」というハードルが下がりつつあると言えます。
さらに、WordPressでもAI機能の活用が広がっています。プラグインを通じてChatGPTのような生成AIを記事執筆に利用したり、SEO提案をおこなうツールが登場しており、コンテンツ制作や最適化を支援する形でパーソナライズに貢献しています。例えば訪問者の行動データを分析して「次に読むべき記事」をAIが判断しおすすめ表示する、といった仕組みも可能になっています。また、WordPressサイトにチャットボットを組み込みユーザーごとに応対を変える例も増えており、プラグイン経由で手軽にAIチャットを導入できるサービスも登場しています。
今後はWordPress本体や主要テーマへのAI統合が進み、より洗練されたパーソナライズが標準機能化していくことが予想されます。
とはいえ、WordPressコア自体には高度なパーソナライズ機能はまだ組み込まれていません。その代わりに豊富なプラグインエコシステムを活かしてニーズに対応しています。
現在、コンテンツパーソナライゼーション用のプラグインも多数公開されており、例えば訪問者の属性や行動に応じて表示内容を出し分ける「If-So」や「Logic Hop」といったプラグイン、ポップアップやバナーを個別化する「OptiMonk」などが人気です。これらを使えばコーディング不要で「日本からの訪問者には円表示・英語表記にする」「リピーターには前回閲覧商品の関連アイテムをトップに表示する」といった対応が容易に実現できます。
さらに大規模サイト向けには、WordPressを拡張したDXP(デジタル体験プラットフォーム)も登場しています。例えばHuman Made社の提供するエンタープライズ版WordPress「Altis」では、訪問者ごとのパーソナライゼーション機能やA/Bテスト機能が標準で備わっており、マーケターがダッシュボード上で直接コンテンツ最適化をおこなえるようになっています。Altisではページやブロック単位でコンテンツの効果測定をおこない、自動でパフォーマンスの高いバリエーションに最適化する仕組みも開発されており、WordPress系CMSでも高度なパーソナライズが可能であることを示しています。
このように、WordPressはオープンソースコミュニティ主導の拡張によってパーソナライゼーションの波に応えています。依然としてコードフリーで導入しやすい利点から中小規模サイトでの利用が多い一方、プラグイン選定やセキュリティ管理を適切におこなえばパーソナライズも十分実現できます。
今後もWordPressは基本機能の拡充とプラグインの進化により、「手軽さ」と「高度な体験提供」の両立を図っていくでしょう。
パーソナライゼーション成功のポイントと課題
データ統合とリアルタイム活用における課題
パーソナライゼーションの効果を最大化するには、データ戦略とそのリアルタイム活用が鍵となります。前述したようにデータのサイロ化は大きな障壁であり、まずは顧客データを統合管理して単一の顧客ビュー(Single Customer View)を確立することが出発点です。しかし現実には、組織内の様々なシステムに点在するデータを統合するのは容易ではありません。適切なテクノロジーに投資し、確かなデータ戦略を持ち、リアルタイム分析によって瞬間ごとに最適な体験を提供する—この一連の流れを実現する必要があると指摘されています*18。言い換えれば、パーソナライゼーション成功のためには統合データ基盤とリアルタイム処理基盤の両方が重要です。
特に近年はCookie規制やプライバシー保護の強化により、サードパーティデータに頼らずファーストパーティデータをいかに統合活用するかが問われています。顧客の合意を得た上で自社収集したデータを活用することが求められるため、透明性のあるデータ収集と管理も課題です*19。例えばGDPRをはじめとするプライバシー法規制が世界的に拡大しており、2024年には世界人口の75%が何らかの現代的プライバシー法の適用下に置かれるとも予測されています。そのような環境下でパーソナライズをおこなうには、ユーザーに対してデータ利用目的を明示し許諾を得ること、収集したデータを厳格に保護・管理すること、そして必要に応じて匿名化やセグメントレベルでの分析に留めるといった配慮が不可欠です。
このプライバシーとパーソナライゼーションの両立は今後ますます重要度を増す課題と言えるでしょう。
さらに、データ統合後の分析と意思決定のサイクルもポイントです。
パーソナライズ施策は一度作って終わりではなく、配信後の効果測定とチューニングを繰り返すことで精度が向上します。そのため施策ごとにKPIを設定し、A/Bテストや多変量テストを通じてどのバリエーションが有効か検証し続ける体制が必要です。リアルタイムに近い形で結果をフィードバックしPDCAを回すには、分析ツールとCMS/配信ツールの連携もさることながら、それを運用する人材とプロセスが欠かせません。
組織体制と運用プロセスの成功要因
パーソナライゼーションを社内で「うまく回す」ためには、技術やデータ以上に組織横断的な取り組みと明確なプロセスが重要です。マーケティング部門だけでなく、セールスやカスタマーサクセス、IT部門とも協調し、顧客体験を統合的に最適化する視点が求められます。適切なガバナンスのもと、アイデア出しから優先順位付け、キャンペーン設計、実行、効果分析に至るまでのプロセスを整備できれば、パーソナライゼーション施策は組織横断で最大限の効果を発揮します。逆に言えば、部門ごとに断片的に施策をおこなっていては一貫性のある体験は提供できません。例えば、Webサイト上のメッセージと営業担当者からのフォローアップメール内容がチグハグでは顧客に不信感を与えてしまいます。そうならないよう、カスタマージャーニー全体を見渡した調整役(時には「パーソナライゼーション担当」や「CXリーダー」といった役割を置くことも有効)が必要でしょう。
さらに、成功している企業では継続的なテストと学習文化が根付いています。パーソナライゼーション施策の効果測定結果をチームで共有し、なぜうまくいったのか/いかなかったのかを分析して次の施策に反映するフィードバックループを高速で回しています。このようにデータに基づく意思決定をおこなう文化があると、施策の精度が向上するとともに組織内の理解・協力も得やすくなります。
言い換えれば、「顧客理解」を軸に部門を超えて協働するカルチャーこそがパーソナライゼーション成功の土台と言えます。
最後に、トップマネジメントのコミットメントも見逃せません。
パーソナライゼーションは短期的な成果以上に中長期的な顧客ロイヤルティ向上やLTV最大化につながる戦略投資です。その価値を経営層が正しく理解し、人材・予算を適切に配分して支援することが、長期的な成功には欠かせません。適切な技術基盤への投資、データ戦略の策定、リアルタイム分析体制の構築といった経営判断レベルのサポートがあって初めて、現場のマーケティング施策が十分に効果を発揮します。逆に経営層の理解不足から属人的・断片的な取り組みに留まってしまうと、大きな成果には結び付きにくいでしょう。
まとめ
WebサイトとCMSにおけるパーソナライゼーションの潮流は、テクノロジーの進化(AI・リアルタイムデータ活用)とデータ主導の戦略、そしてそれを活かしきる組織力の三位一体で進んでいます。海外・国内の数多くの事例が示すように、適切に実践できれば顧客体験の質が飛躍的に高まり、結果として売上や顧客ロイヤルティの向上といった明確な成果が得られます。
一方でデータ統合やプライバシー対応、組織横断の運用といった課題もありますが、これらは技術投資と社内体制整備によって克服可能なものです。幸い主要なCMSプラットフォーム各社もパーソナライゼーション機能を強化しており、以前に比べ必要な道具立ても揃えやすくなっています。
マーケティングの世界では「顧客体験こそが新たな競争軸」と言われます。
パーソナライズされた顧客体験を提供できる企業は、そうでない企業に比べ顧客から選ばれる可能性が高まるでしょう。実際、マーケターの92%がパーソナライズされた体験の提供が重要だと認めているとの調査結果もあります*20。今後もAIの発展や環境変化によりパーソナライゼーション手法は進化し続けると考えられます。
常に最新動向をキャッチアップし、自社にとって最適な活用方法を模索・実践していくことが、デジタル時代における持続的な成長の鍵となるでしょう。
パワー・インタラクティブ マーケティング推進室(文責)
<参考文献・出典>
*1、*8 Webサイトのパーソナライゼーションへの理解とトップブランドの事例5選|実践ノウハウ解説 - Repro Journal
*2 2024年版 HubSpotのアップデート情報|TURBINE INTERACTIVE
*3、*4、*5、*6、*7 6 Powerful B2B Website Personalization Examples in 2024 | Amply | Amply Blog
*9、*10、*11、*12 【業種別】パーソナライズの成功事例10選!活用方法と効果を解説 | Rtoaster
*13、*15、*16、*20 Navigating The Future: Exploring The Top Trends (In AEM) Shaping Digital Experiences In 2024 - EnFuse Solutions
*14 Adobe Experience Manager as a Cloud Service 2024.9.0 リリースのリリースノート。 | Adobe Experience Manager
*17 The Future of WordPress: Trends and Features to Watch in 2024 - Nextbrick, Inc
*18 パーソナライズされた顧客体験がビジネスの成長を促進するMedallia
*19 Top Trends in Personalized Customer Service in the Age of AI - Custify Blog