カリスマ性は邪魔でしかない ミドル層こそ身につけたい2つのリーダーシップとは

「理想的なリーダー」と聞いて思い浮かべるのは誰でしょうか。
有名企業のカリスマ経営者?
もしかしたら映画やドラマのヒーロー?
それとも、面識があり、実際に関わりをもった上司でしょうか。

理想的なリーダー像は人それぞれであり、リーダーシップ論も多様です。
その中に、「静かなリーダーシップ」と呼ばれるものがあります。それは、従来の「ヒーロー型リーダーシップ」の対極ともいえるコンセプト。*1

明確で強固な価値観をもち、勇敢で、高邁な理想のためなら自己犠牲も厭わず、人々が称賛せずにはいられないような模範となって、世界を改革する―それがヒーロー型リーダーです。
ヒーローは勇気と教訓を与えてくれます。

しかし、一方で、リーダーシップを発揮すべき真の課題とは何かに目を向けると、それとは異なるリーダーシップの在り方が見えてきます。
解決すべき課題は日常の業務の中にあり、リーダーシップとは、主にミドル層が直面するような問題を日々解決していくプロセスでこそ必要とされるものなのではないか、と。

日常的に生じる小さな課題は目立たず普通に見えても、その実、厄介で複雑で、放っておけば重大な問題になり得るようなものが案外多いものです。

強力な対策や英雄的行為は最後の手段だと考え、細部にわたる準備を怠らずに慎重に行動を練り上げ、粘り強く対応する。

カリスマ性も権力もなく、表舞台に立たず、犠牲者を出さず、忍耐強く良識をもって行動する人のアプローチ。用心、気配り、注意力、柔軟性、自制心・・・。
これが、「静かなリーダーシップ」と呼ばれるものです。

同じように、リーダーにカリスマ性は必要ないと考える人の中には、リーダーにこそフォロワーシップが必要だと説く人もいます。

本記事では、特にミドル層にとって有益な2つのリーダーシップ論をご紹介します。

「静かなリーダーシップ」とは

最重要タスクは日常的倫理問題の解決

静かなリーダーシップを最初に唱えたハーバードビジネススクールのバダラッコ教授は、静かなリーダーの最終目標は、「日常の倫理問題を解決するために、実行可能な責任ある方法を考案すること」であるといいます。*2

そして、そのためには次のようなステップが必要だと述べています。

  • 現実を直視する
  • 時間を稼ぐ
  • 違法行為はせずに、規則を拡大解釈する
  • 具体的に掘り下げる
  • 影響力を最大限に活かす
  • 探りながら少しずつ行動する
  • 妥協策を考える

バダラッコ教授の著書『静かなリーダーシップ』に掲載されている典型的な事例をみながら、以上のことについて考えていきましょう。

慎重に粘り強く現実的に

ご紹介するのは、ある大都市の公衆衛生局に勤務する職員、Sの事例です。*3

アメリカの事例なので、日本には当てはまらない状況もあるものの、かえってそれが寓話的な効果をもたらし、汎用的なナレッジが得られるのではないでしょうか。

ことのはじまりはフロリダの大きな市民病院で、正月にわずか1,800グラムの赤ん坊が生まれたことでした。
母親も赤ん坊もコカイン中毒だったため、地元新聞は大きく報道しました。

すると市長は部下であるSに新しいプロジェクトを提案します。
それは、薬物を使用した妊婦を逮捕するという強硬路線を採り、検察側がその妊婦を児童虐待の罪で告訴できるような法律を制定するというものでした。

この市は薬物使用率が高く、乳児死亡率も上昇中だったため、すぐになんらかの改善策を講じなければならないというプレッシャーが市長にのしかかっていました。

Sは一旦は、市長の新しいプロジェクトに協力することを承諾しました。
彼女は市長の支持者であり、市長の再選を望んでいました。
また、薬物使用者は、誰であっても薬物取締法によってその責任を問われるべきだとも思っていました。

しかし、Sはすぐに市長の計画は支援できないと悟ります。
なぜなら、市長のいうような強硬策を実施すれば、麻薬中毒の妊婦は逮捕を怖がって病院や保健所に寄り付かなくなってしまうからです。
そうなると、妊婦や生まれてくる子どもの健康が損なわれます。
それは、保健専門家の大方の見解と一致するものでした。

一方、市長にとっては、政治力を維持することが最も重要であることも彼女にはわかっていました。

Sにはいくつかの選択肢がありました。
たとえば、市長にもう一度会って、その計画に反対だと伝えることでした。
しかし、そうすればSの影響力は低下し、Sの代わりに別の誰かが市長の計画に協力することになるだけです。

抗議して辞職するという選択肢もありました。
そうすれば、Sは個人的な信念と職業的判断に忠実でいられ、さらに世間が目を向けてくれる可能性があります。
ただし、注目される期間は限定的でしょう。

市長と会って考えを改めるように説得するという選択肢もありましたが、市長が自ら考えを改める公算は低いとSは考えました。

結局、彼女は上のどのアプローチもとりませんでした。

彼女は市長のブレーンたちと会い、市長の計画のリスクを訴えたのです。
皆、正月に生まれた赤ん坊に注目している。そんなときに、手錠をかけられ警察に連行される妊婦の姿が報道されたら、世間はどう思うだろう、と。

さらに、逮捕される可能性が高いのは黒人やラテン系の妊婦ですが、市長は彼女たちの民族コミュニティから強い支持を得ています。
強硬路線を採れば、市長の支持基盤が危うくなってしまうという側面も訴えました。

Sの話を聞いたブレーンたちは、市長に働きかけます。
その結果、市長は当初の計画を中止し、記者会見を開くことを決めました。
「強力に医療支援できるような新しい政策の立案を直ちに開始する」と発表するためです。

彼女は新たな政策立案の責任者となりました。
この任務は難しいものでしたが、彼女にとって大きなチャンスでもありました。
これまで20年間にわたって培ってきたスキルと経験が活用できますし、成功すれば、アメリカの大都市が抱える非常に困難な問題が解決し、多くの妊婦と子どもが救われるのです。

ただし、この変革が成功すればそれは市長の功績になり、一方、失敗すれば非難は自分に振りかかってくることをSは察していました。

Sは問題を深く掘り下げ、状況を探りながら、少しずつ行動し、時間をかけて立案に取り組みました。

最大のネックは、強硬路線派の検察長官でした。彼は次期市長の座を狙っており、そのために強硬路線が役立つと考えていたのです。
Sはさまざまな理由を挙げながら、検察長官を説得しました。

これ以上、この都市で人種的な憎悪を引き起こすのは、どのような政治的立場にあっても得策ではない。新政策では、医療関係者が患者を警察に引き渡さなくてもいいようにする。薬物中毒の妊婦とその子どもには、投獄ではなく治療こそが必要である、と。

Sはその後も多くの当事者たちと交渉を重ね、スタートから10か月後、スタッフたちと練り上げた「恩赦プログラム」がようやく完成しました。

しかし、苦難は続きます。
すぐには効果が出ず、大幅な見直しや修正が必要でした。
さまざまな困難に遭い、ときには彼女自身、絶望感に苛まれながらも、ネガティブな感情と闘いました。そうすることで、多くの支援者たちに、確信をもって行動するリーダー像を見せ続ける必要があることを知っていたからです。

Sは倫理観を大切にしながらも、倫理の観点だけから問題解決を図ろうとはしませんでした。
データを収集して、多くの当事者の話に耳を傾けながら、時間をかけて妥協案を探り、交渉に当たりました。

その過程で、激しい倫理表現や自己犠牲を避けてもいます。
白黒つけずに、忍耐強く、静かに、ときにはずる賢く、成功を引き寄せたのです。

逆に、正々堂々と真正面から各組織に戦いを挑んでいれば、跳ね返されてうまくいかなかっただろうとバダラッコ教授は分析しています。

リーダーに必要なフォロワーシップ

次のリーダーシップ論に移りましょう。

最近は世界のトップクラスの組織がフォロワーシップ型人材育成へとシフトしつつあります。*4
そうした動きに先駆けて、10数年前から「リーダーにとってのフォロワーシップ論」を唱えてきた人がいます。

それは、ラグビー界に数々の金字塔をうちたててきた中竹竜二氏。
早稲田大学ラグビー蹴球部の監督時代に同部を2年連続で優勝に導き、その後、日本ラグビーフットボール協会初代コーチングディレクターに就任。U20日本代表ヘッドコーチ、日本代表ヘッドコーチを歴任・・・。

中竹氏は大学卒業後、イギリスに留学して社会学を専攻し、民間のシンクタンクに勤務していた経験もあります。

フォロワーシップは何のため?

中竹氏は、リーダーこそフォロワーシップを発揮することが重要だと考えています。

そのフォロワーシップとは、「部下が自律的に考えるためのサポートを、リーダーの役割として果たすこと」。*5
もっと言えば、「リーダーにしかできないことをゼロにすること」です。*6

中竹氏はラグビー部の部長としては、選手やスタッフ、他のコーチ陣にさまざまなことを任せ、委ねています。
もちろん、彼らが失敗しても怒りません。それは、彼らに委ねた自分の責任だからです。

中竹氏の実践と成果

中竹氏の著書には、リーダーにとってのフォロワーシップについて示唆に富む方法論が展開されていますが、ここでは彼自身の実践と成果をご紹介しましょう。*7

中竹氏が日本ラグビーフットボール協会の初代コーチングディレクターに就任したときのことです。
協会からのオーダーは「全国共通で早く浸透できる指導システムや強化方針を打ち出して、トップダウンで各地に広めてほしい」というものでした。

中竹氏はひと月ほど考えた末に、「ボトムアップ型のフォロワーシップでやっていきたい」と申し出ます。

ところが、全国各地のラグビーチームの現場を回ってみると、歓迎されるどころか、
「協会の指針はないのか」
「決めてくれないと動けないよ」
と、ずっと年上のベテランコーチが口々に責め立てるのです。

中竹氏は、根気よく説得しました。
「唯一の指針は、自ら考え、自ら勝てる選手を育てるために、自ら考えるコーチを育成することです。まずは我々が成長しましょう」

地道に地方を回り、2年が経過した頃、次第にコーチ同士が学び合い、選手に指示を与える代わりに、選手自身に考えさせるための問いかけの言い回しを工夫するようになってきました。

「私が皆さんと交わす対話、プロセスを選手と一緒にやってみてください」
中竹氏はステップを進めました。

その後、協会に所属するコーチの1人ひとりの力が終結し、全国的に非常に強い基盤が整っていきました。

年輩の先輩たちの上に立つという経験は中竹氏にとって初めての経験でしたが、背伸びをせず、身の丈のまま「知見を貸してください」というスタンスで臨んでいいのだということがわかりました。
この学びはシニア雇用に際しても応用できるのではないかと中竹氏は考えています。

静かなリーダーに欠かせない資質

バダラッコ教授は、静かなリーダーには、謙虚と自制、粘り強さの3つが欠かせないといいます。

ものごとを進展させるための要素は多く、自分の意思や理想、努力、能力は、その要因の1つに過ぎないとわかっている。それが謙虚さです。

ドラスティックに変革しようとせずに、時間を稼ぎながら複雑な状況を見極め、最も重要な価値観を守るために、妥協策を探る。それが自制です。

しかし、謙虚と自制はいわばブレーキで、それだけでは前に進むことができません。それで、粘り強さというアクセルが必要になるのです。

一方、中竹氏は、リーダーにとって重要なのは、「アティチュード(姿勢・態度)」だといいます。
そして、彼はリーダー候補にも、自分自身にも、いつもこう問いかけています。*8

「自らが素直に学んでいるか」
「選手や部下の成長を信じているか」
「成果も失敗も自分の責任として受け止めているか」

解決すべき課題は日常の業務の中にあります。
リーダーシップとは、そうした問題を解決していくプロセスでこそ必要とされるもの。
ご紹介した2つのリーダーシップはそのための重要なヒントを提供してくれているのではないでしょうか。

この記事を書いた人

横内美保子

博士。元大学教授。総合政策学部などで准教授、教授を歴任。専門は日本語学、日本語教育。
Webライターとしては、各種資料の分析やインタビューなどに基づき、主にエコロジー、ビジネス、社会問題に関連したテーマで執筆、関連企業に寄稿している。

*1:ジョセフ・L・バラダッ 著、高木春夫 監修、夏里尚子 訳(2002)『静かなリーダーシップ』翔泳社 p.174、p.236

*2:ジョセフ・L・バラダッ 著、高木春夫 監修、夏里尚子 訳(2002)『静かなリーダーシップ』翔泳社 p.9、p.13、p.15、p.17

*3:ジョセフ・L・バラダッ 著、高木春夫 監修、夏里尚子 訳(2002)『静かなリーダーシップ』翔泳社 pp.176-179、pp.183-184

*4:中竹竜二(2018)『新版 リーダーシップからフォロワーシップへ カリスマリーダー不要の組織づくりとは』株式会社CCCメディアハウス(Kindle版)No.50-58

*5:一般財団法人 国際ビジネスコミュニケーション協会「グローバル人材育成プログラム Global Frontline~グローバルな舞台でチャレンジする人たち~ 中西竜二氏:リーダーの「フォロワーシップ」と「スタイル」の確立が、チームを強くする

*6:中竹竜二(2018)『新版 リーダーシップからフォロワーシップへ カリスマリーダー不要の組織づくりとは』株式会社CCCメディアハウス(Kindle版)No.1241-1247

*7:中竹竜二(2018)『新版 リーダーシップからフォロワーシップへ カリスマリーダー不要の組織づくりとは』株式会社CCCメディアハウス(Kindle版)No.2413、No.2302-2346

*8:一般財団法人 国際ビジネスコミュニケーション協会「グローバル人材育成プログラム Global Frontline~グローバルな舞台でチャレンジする人たち~ 中西竜二氏:リーダーの「フォロワーシップ」と「スタイル」の確立が、チームを強くする