社員の「個人事業主化」にメリットはある?タニタに見る働き方改革の成果とは

「フリーランス」「個人事業主」という言葉に、皆さんはどのような印象を持つでしょうか。 自由そうでうらやましい、大変そう… フリーランスである筆者が周囲から聞く声は両極端です。

そのような中、希望する社員を個人事業主化させることで話題を呼んだのがタニタです。

せっかく採用した社員を個人事業主にするとはどういうことなのか? その意図と概念を見ていきましょう。

タニタの「個人事業主化」制度とは

タニタは2017年から、希望する社員を「個人事業主(フリーランス化)」するという人事制度を開始しました。 希望者にいったん退職してもらい、フリーランスとして最低でも3年間はタニタの仕事を請け負えるように助走期間を設けたうえで、その後自由に活動してもらうというものです。

当初8人だった利用者は2021年には31人にのぼり、会社としても制度が回っていることを実感しているところだといいます*1

「人員削減のための制度ではない」

採用した社員を退職させ、個人事業主として関わっていく—

一見、ムダな手続きのように思われるかもしれませんが、タニタの狙いははっきりとしたものです。

最悪の事態に備えるという発想から生まれました。とりわけ重要なのは人です。組織に利益をもたらしているのは、優秀な2割の人であり、会社が危機に陥ると、その2割の人から辞めていくとよく言われます。であればリーダーとして、優秀な人に働き続けてもらえる仕組みを作ろうと考えました。
(中略)
優秀な社員であればあるほど、会社に『働かされている』のではなく、自由に主体的にやりたいと思える仕事に取り組めているかどうかも重視するはずです。

<引用:「デキる社員はフリーランスで タニタ式『働き方革命』」日経 出世ナビ>

「80:20の法則」とも呼ばれるパレートの法則どおり、会社は2割の優秀な人材で回っていることを最初から認め、その2割をあえて囲い込まないという戦略なのです。

フリーランス転向者は何を求めている?

さて、ここで気になるのは「優秀な人材」を囲い込まずにフリーランス化した場合、在籍していた企業への「忠誠心」が気になるのではないでしょうか。 タニタのこの制度は、フリーランスとどんな相性を持つのでしょうか。

フリーランスの「生態」

内閣府がフリーランスで働く人について調査したものがあります。 フリーランスを選択した理由については、下のような結果が得られています(図1)

図1:フリーランスという働き方を選択した理由

<出所:「フリーランス実態調査結果」内閣府>

「自分の仕事スタイル」「働く時間や場所を自由にする」というのが多くなっています。収入面を改善する、というよりもライフスタイルを追求していると言えるでしょう。この面では、タニタの「働く場所や時間を選ばなくて良くなる」フリーランス化はありがたい制度でしょう。

しかし、フリーランスの内面はこのような統計に表れてくるものだけではありませんし、このアンケート結果は、タニタの考えるように「優秀な」人だからできることとも言えます。

フリーランスの「本音」

では実際、フリーランスはどんな働き方や仕事に魅力を感じるのでしょうか。そう綺麗事では済まされないというのが筆者の実感です。

フリーランスである筆者の経験から言えば、重要なのはやはり「単価」「収入」です。 いくら自由な働き方ができるといっても、先立つものがなければ始まりません。

フリーランスである筆者が述べるには手前味噌ではありますが、フリーランスの多くは「形のないもの」を複数の取引先に「商品」として販売できるほどに特定分野での能力を持っている人です。また、経験の多いフリーランスほど「相場」が固まっています。

そして「縛られるでもなく、しかし一定の収入源になる」クライアントは最大の魅力を持っています。タニタの「3年はタニタの仕事を請け負える」制度は、忠誠心を生む要素のひとつになり得ます。

かつ、タニタのフリーランス化には特徴があり、これは魅力的な制度と感じます。

「フリーランスになるのに一番ちゅうちょするのは、社会保障が心もとない点だと思います。そこで社員時代に会社が負担していた社会保険料も含めた『人件費』の総額をキャッシュで支払う形にしました。そうすれば、個人でさまざまな保険や年金に入ることも可能です」

フリーランスには厚生年金やボーナス、退職金がありませんので、このように社会保障面で面倒をみてもらえるクライアントには、一定の忠誠心が生まれるのは必然です。

こうした待遇でフリーランス化した社員と適度な繋がりを持つことによって、まさに「会社の危機の時に助けてくれる」存在になり得るのです。

社員のフリーランス化のもうひとつのメリット

そして、社員のフリーランス化は、うまくいけばシニア層の社員を支える制度にもなる可能性を秘めています。

いま、50代の社員について「50代シンドローム」というネガティブな言葉があります*2。 役職定年制度が大きく影響していると考えられます。

リクルートマネジメントソリューションズの調査によると、役職定年などによる「ポストオフ」後の仕事に対するミドル・シニアの意欲ややる気はこのようになっています(図2)。

図2:ポストオフ後の意欲・やる気について

「ポストオフ後、意欲・やる気が下がったまま」とする人が課長職では約4割にのぼっているのです。

近年、「令和の大リストラ」として話題になるほど、大企業のリストラが相次ぎました。多くは40代〜50代を対象にしたものです。 同時に、「ジョブ型採用」がトレンドになり、「特定分野で必要なときに能力を発揮する人材」の存在が重要視されています。

これらのアンケート調査や出来事は、ひとつの企業に勤め続けたミドル・シニアの置かれた環境の厳しさを感じさせます。

一方で、ポストオフに向けて必要な準備として以下のようなものが挙げられています(図3)。

図3:ポストオフに向けての準備について

部長職に多い「専門性の高い知識やスキル」「最新の知識を学び続ける」、課長職に多い「プレイヤー業務を手放さない」といった要素は、実はフリーランスの素質として必要なものばかりです。

逆に言えば企業としては、ポストオフで給与が下がった人員を嫌々働かせるよりも、ポストオフ前にフリーランスでもやっていける能力をつけさせることがひとつの選択肢になり得ます。 リストラに至らなくてもポストオフ後の人材と良い関係を築きながら、その人の経験を戦力にできる可能性があるのです。

「元社員」との柔軟な関わりがカギに

タニタの谷田社長は、このようにも語っています。

「会社が危機の時にも、一緒に乗り越えようと思ってもらえるかどうか。その鍵を握るのは『報われ感』です。報われ感とは、自分の能力がしっかりと評価され、貢献に見合った報酬が十分に得られていると実感できること。さらに優秀な社員であればあるほど、会社に『働かされている』のではなく、自由に主体的にやりたいと思える仕事に取り組めているかどうかも重視するはずです。働く人が主体性を発揮できるようにすることこそが『真の健康経営』だと考えています」

「報われ感」は当然、個人によって異なります。 会社への所属意識を「報われ感」と感じる人もいれば、谷田社長が述べるように「自由に主体的にやる」ことを「報われ感」と感じる人もいることでしょう。

その個性を認め、多様な人材を生み出してそれぞれの立場から能力を発揮してもらう。

タニタの制度について知ることは、働くことへの価値観や能力を発揮する環境は人それぞれであるという基本を考え直すきっかけになりそうです。

この記事を書いた人

清水沙矢香

2002年京都大学理学部卒業後、TBSに主に報道記者として勤務。社会部記者として事件・事故、テクノロジー、経済部記者として各種市場・産業など幅広く取材、その後フリー。取材経験や各種統計の分析を元に関連メディアに寄稿。