
時間潰しに店に入ったら、たまたま気に入るものがあったのでつい買ってしまった。
このような経験をお持ちの方は多いことでしょう。中には、それが一生モノの出会いになるということもあります。
あるいは、たまたまバーで居合わせた人と話してみたら、その人がビジネスパートナーになった。そんなこともあります。
近年「セレンディピティー」という言葉が注目されています。
セレンディピティーとは、このような「偶然の出会いやひらめき」という意味です。
人とモノとの偶然の出会いが思わぬ商機を生み出したり、人と人との偶然の出会いが新しいアイデアを生み出したりするというのはよくあることです。
こうした「偶然」を味方につけ、イノベーションや消費喚起につなげようという動きが出始めています。
コロナ禍を機に再度注目
「セレンディピティー」という言葉が日本でよく使われるようになったのは10年くらい前のことですが、定着には至らず、あまり話題にのぼることもなかったといいます*1。
しかしそれが再び大きな脚光を集めるようになったのは、新型コロナウイルスのパンデミックです。
外出の自粛、リモートワークの導入によって、人と人、人とモノが直接出会う機会が大幅に減り、職場での何気ない雑談やウィンドウショッピングの機会が減りました。それと同時に職場では新しいアイデアが生まれにくく、また、消費者の行動としてはリアル店舗から足が遠のいたために目的以外の買い物をしてしまう機会も減り、ビジネスにおいて2つの意味で「偶然」が生まれにくくなったのです。
いまは人流は戻りつつありますが、失われたセレンディピティーを取り戻すきっかけとなりそうなトライアルも始まっています。
人が動かないなら、店を動かす
ひとつは、三井不動産の「移動商業店舗プロジェクト」です。
ヒト・モノ・サービスの「移動」に着目したこのプロジェクトでは、多様な商品やサービスを扱う事業者に移動販売車をリースし、マッチングして人がいる場所に配置していくというものです(図1)。
人が動かずとも、店が動くことで消費喚起をはかる試みです。
しかもこの場合、移動するのは特定のジャンルの店舗だけではありません。牛めし店に雑貨、包丁研ぎ、整体、オーダースーツの店舗が一同に集まり、「商店街」「商業施設」がまるごと移動していると言えるでしょう。
昼食を買いに行ったら、「偶然」隣に雑貨店があり、のぞいてみたら良いものが置いてあったので「ついでに」買ってしまった。
これは商店街や商業施設での体験そのものです。セレンディピティーを生み出す場所を意図的に作るのです。
さらに、場所や曜日、時間帯によって異なるニーズを事前にとらえ、適切な店舗を配置していきます(図2)。
これにより、効率的に売上を伸ばせることになります。
ニーズの少ない時間にも家賃が発生し続ける商業施設での「待ち」の商習慣ではなく、ニーズのあるところに効果的に店を動かせるのです。
また、ECとの連動も期待されます。
「バーチャル雑談所」で交流と新しいアイデアを生む
また、テレワーク下でも他部署の社員との交流を促進しているケースとして、サイボウズの事例に注目したいと思います。
オフィスでは休憩室や喫煙所(今は減りましたが)で偶然居合わせた他部署の人と会話を交わし、それがきっかけで新たな気づきやアイデアを得るセレンディピティが生じることがあります。
しかしリモートワーク下では、必要な時に必要な人としかコミュニケーションを取らなくなってしまいました。
サイボウズのテレワーク環境は少し変わっています。
社内のチャットツールに多くの「スペース」を設置しています。部門ごと、プロジェクトごとのスペース、という実務的な場所は当然のことですが、特徴的なのは「分報」と呼ばれるスペースです*2。
「疲れた」「お腹減った」。
分報とは、そのようなちょっとしたつぶやきを投稿できる場所です。Twitterのような雑談場所です。
しかしこうした雑談専用のスペースがあることで様々な社員どうしの交流が生まれます。
もとはテレワーク下の社員のストレス解消が狙いではありますが、テレワークであっても「偶然の会話」が生まれやすい環境とも言えます。
また、「新しいアイデア」スペース「お金の話」スペースといった多種多様なスペースが存在しています。これはむしろ、オフィスでは移動距離に限りがあるという物理的な制約を超えて、より多くのセレンディピティを生み出しそうです。
「予期せぬこと」を味方にする
さて、セレンディピティというと最近生まれた概念のように感じるかもしれませんが、実は過去にも存在してきました。
有名な事例は「ポスト・イット」です。 接着力の強い糊を開発しようとしていたのに、「よくつくけれど、簡単にはがれてしまう」ものができあがってしまいました。しかし、その偶然を有効に使う方法を考えた結果、現在ではあらゆるところで便利な道具となっているポスト・イットが生まれたのです。
「予期せぬこと」。それは、イノベーションに必須のことであるとドラッカーも説いています。
「予期せぬ成功」「予期せぬ失敗」がイノベーションを生むというのがドラッカーの主張です。また、「外部の予期せぬ変化」もまたイノベーションのきっかけになりうることなどを著書「イノベーションと企業家精神」で紹介しています。
また、近代で言えばTwitterで生まれる人と人との繋がりもセレンディピティの一種です。そこで偶然に同じ趣味を持つ人と出会い、「オフ会」に発展することもあるのです。
私たちは、偶然というのはコントロールできないものと考えがちです。
しかし、「偶然が生まれる土壌」を作ること、あるいは「偶然から何かを生もうとする姿勢」を持つことは可能なのです。
消費についての価値観が多様化する中、ビジネスやマーケティングには新しい着眼点が求められています。
「偶然」の力をどこまで味方にできるかも、企業の持続のためには重要になっていきそうです。
*1:「『ひらめき』の作り方 コロナで消えた2つのセレンディピティー」日経クロストレンド