「リスキリング」という言葉を聞く機会が増えました。意味をきちんと理解しておきたいところです。
「再教育、学び直し」の日本語訳が使われるために、「復習、おさらい」のニュアンスでとらえる方も多いのですが、本来の意味はそうではありません。
リスキリングのカギを握るのは、「今までに学んだことのない、新しいスキルの習得」です。
本記事では、リスキリングの背景にある概念を含めて、重要ポイントや事例をご紹介します。
リスキリングとは何か?基本の知識
最初にリスキリングの基本の知識から見ていきましょう。
リスキリング(Reskilling)=新しいスキルの再教育
リスキリングは英語の「Reskilling」のことで、「従業員の(高度で新しいスキルを獲得するための)再教育」という意味を持ちます。
たとえば、
「営業事務のスタッフが、プログラミングを学ぶ」
「マーケティング担当者が、人材開発を学ぶ」
といった具合に、これまで従事してきた職務とは別の、“新しいスキル”を習得するところに重点があります。
経済産業省の検討会で使用された資料では、次のとおり解説されています。
▼ リスキリングとは?
「新しい職業に就くために、あるいは、今の職業で必要とされるスキルの大幅な変化に適応するために、必要なスキルを獲得する/させること」
近年では、特にデジタル化と同時に生まれる新しい職業や、仕事の進め方が大幅に変わるであろう職 業につくためのスキル習得を指すことが増えている*1
リスキリングに注目が集まっている理由
下図は、Googleトレンドの「リスキリング」の検索動向です。2021年の後半から、急速に関心が高まっていることがわかります。
景にあるのは、国策として「リスキリングの強化」が進められようとしていることです。
たとえば、2021年2月より経済産業省が実施している「デジタル時代の人材政策に関する検討会」では、リスキリングの重要性と具体的な施策が、検討されてきました。
以下は、2021年2月4日に行われた第1回検討会の資料からの引用です。
岸田首相が「5年で1兆円」のリスキリング支援を所信表明
さらに、2022年10月3日に行われた所信表明演説で、岸田首相は、
「個人のリスキリング(学び直し)の支援に5年で1兆円を投じる」
と表明しました*2。
今後、リスキリングは、企業および働く人たちにとって、重要なカギとなることが予想されます。
リスキリングを理解する2つの重要ポイント
一方で、
「今さら学び直しと言われても、なぜそれほど注目されているのか、釈然としない」
という方もいるかもしれません。
リスキリングを理解するためには、重要な2つのポイントがあります。
(1)アップスキリングではない
1つめは「アップスキリングではない」という視点です。
英語圏では、「リスキリング:Reskilling」を、「アップスキリング:Upskilling」と区別する意図で使うシーンが多く見られます。
2つの違いを理解すると、リスキリングが持つニュアンスを明確に理解しやすいでしょう。
▼ アップスキリングとリスキリングの違い
アップスキリング (Upskilling) |
現在従事している職務・職業において、専門知識やパフォーマンスを向上させるための、継続的な教育やトレーニングのこと。 |
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リスキリング (Reskilling) |
現在従事している職務・職業とは異なる、新しいスキルを習得することで、ほかの職務・職業に従事できるようにすること。 |
例を挙げると、営業部であれば「営業力を高めるためのスキルアップを図る」のは、アップスキリングです。
これまで、多くの企業で行われてきた従業員教育はアップスキリングであり、リスキリングではありませんでした。
リスキリングでは、営業部以外の部署でも働けるようにするためのスキルを習得します。
たとえば、「システムの専門知識を身につけて、システム部に異動できるようにする」といった具合です。
(2)新規人材を採用せず新規スキルを既存人材が習得する
2つめのポイントは、「新規人材を採用せず、新規スキルを既存人材が習得する」ことです。
政府が国策として、リスキリングを推進しようとしている理由の一端も、ここにあります。
日本は少子高齢化による人材不足が深刻であり、とくにDX人材の確保が、重要課題となっているからです。
企業の視点から見ると、たとえばDX人材を新規採用したいと思っても、人材獲得が難しい状況にあります。
そこで、新しい人材を採用するのではなく、既存の従業員に新しいスキルを獲得してもらうことで、人的リソースを確保しようというわけです。
新規人材の獲得コストを、既存従業員のリスキリング投資に回すことで、企業成長の最大化を図ります。
具体的な事例は、次章で見ていきましょう。
リスキリングの取り組み事例
リスキリングの取り組み事例を、海外と国内に分けてご紹介します。
海外事例
リスキリングを強化する動きは、2010年代に、米国企業からグローバルへと広がった背景があります。
とくに有名なのは、AT&T、Amazon、ウォルマートの3社です。
AT&T | ・2013年に「ワークフォース2020」というリスキリングのイニシアティブをスタート(現在も後継プログラムが続いている)。2020年までに10億ドルかけて10万人のリスキリングを実行。 ・現在、社内技術職の80%以上が社内異動によって充足。 ・リスキリングプログラムに参加する従業員は、そうでない従業員に比べ、1.1倍高い評価、1.3倍多い表彰、1.7倍の昇進を実現。離職率は1.6倍低い。 |
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Amazon | ・2025年までに米アマゾンの従業員10万人をリスキリングすると発表。(一人当たり投資額は約75万円) ・非技術系人材を技術職に移行させる「アマゾン・テクニカル・アカデミー」、IT系エンジニアがAI等の高度スキルを獲得するための「マシン・ラーニング・ユニバーシティ」など。 |
ウォルマート | ・VRを用いて、店舗にいながらにして「ブラックフライデー」などレアイベント、災害対応などの疑似経験を積む。 ・eコマース対応用の機械「ピックアップタワー」の操作をバーチャルに学ぶなど「小売りのDX」に対応できるスキルの習得を店舗従業員に。 |
国内事例
国内でも、リスキリングに取り組む企業が増えています。
サイボウズ*3 | ・2016年に「大人の体験入部制度」を導入。最長3ヶ月、他部署に体験的に移ってキャリアの選択肢やスキルの幅を広げる。 ・自分のやりたい・できることに応じてチームとメンバーのマッチングを検討できる「Myキャリ」、最長6年まで退社しても同じチームに戻れる「育自分休暇」、申請不要で副業できる「複業」などの社内制度の充実。 |
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日立製作所*4 | ・人工知能(AI)を駆使して社員のリスキリングを促すシステムをグループ全体で導入。 米リンクトインが提供する1万6000の講座や、英語を含む10言語の学習プログラムを受講可能。 ・部下のリスキリングを導く部長職など管理者層の強化にも注力。 |
ヤマト運輸*5 | ・2021年4月に社内教育の「ヤマトデジタルアカデミー」を発足。社内から毎回30人ほどを選抜して2カ月間のデータ教育を行う。 ・アカデミーではエクセルの応用からデータサイエンティスト向けの実践的な内容まで10講座を用意し、3年で1000人の専門人材を育てることを目標に掲げる。 |
リスキリングに注力する経営者に共通して見られるのは、
「リスキリングが、生き残りの条件」
という強い危機感です。
学びの成果は一朝一夕では出ませんから、一度、差が付いてしまえば、追いつくのは難しくなります。
今このタイミングで、リスキリングに取り組む重要性が増しているといえるでしょう。
さいごに
本記事では「リスキリング」をテーマにお届けしました。
以前は社員が「ほかの仕事をしたい」と思ったら、会社を辞める選択肢しかありませんでした。
しかし、リスキリングの概念や仕組みが定着すれば、社内の流動化が促進されます。
会社に愛着を持ち、内部事情を熟知している現役社員が、離職することなく、役割を変えて活躍を続けられます。企業にとっても社員にとっても、幸せなことではないでしょうか。
リスキリングへの取り組みを、検討していただければと思います。
*1:出所:経済産業省「第2回 デジタル時代の人材政策に関する検討会」資料 令和3年2月26日 リクルートワークス研究所 石原直子「リスキリングとは」P6
*2:出所:日本経済新聞:リスキリング支援「5年で1兆円」 岸田首相が所信表明
*3:出所:日本経済新聞:サイボウズ流リスキリング 社長「自ら考え学ぶ組織に」
*4:出所:日本経済新聞:日立、リスキリング管理システムを全社員に導入
*5:出所:日本経済新聞:ヤマト、本気のリスキリング デジタル人材1000人目標