マネジメントの奥義は「自己開示」にあり? 熱烈虎ファンの愛され上司が取っていた手法

マネジメントのひとつの課題として、「上司と部下の距離感」について考える人は多いのではないでしょうか。

今の若い世代は「飲ミュニケーション」を好まない、上司と仕事以外では関わりたくない、そのような傾向がある中で、上司として適切な距離感のもとに親しみを持ってもらうにはどうすれば良いのか。

筆者が会社員時代にお世話になった、ある上司の話をご紹介します。

「片思い上司」と「仮面部下」!?

龍谷大学が2022年3月に公表した上司と部下のコミュニケーションについての調査結果によると、上司と部下の関係にはこのような傾向が見られるといいます(図1)。

図1:上司と部下の関係にみられる傾向

うなずける傾向でしょうか。

この調査では、職場の上司や部下に「ギャップを感じているか」との問いに、部下の 51.6%、上司の 44.8%が「とても感じている」「やや感じている」と回答しています。その理由は以下の通りです(図2)。

図2:上司と部下が感じているギャップ

なお、お互いが何を考えているかわからない、という割合は上司・部下ともに高い水準にあります(図3)。

図3:上司・部下の互いへの理解

しかし「相手を理解したい」と考えている割合は上司の方が多いこともわかります。 この傾向を龍谷大学は、冒頭のように「片思い上司と仮面部下」と表現しているわけです。言い得て妙かもしれません。

熱烈虎ファンの上司の思い出

さて、筆者が会社員のとき、上からも下からも愛される名物部長がいました。

彼の特徴は「明確さ」と「自己開示」です。

彼の部下になったとき、部内ではGoogleカレンダーを利用して全員の予定を共有していました。
そして最初にそれを見た時、筆者は吹き出しそうになりました。

というのは、彼が熱烈な阪神ファンであることは知っていましたが、彼は阪神戦の予定を全て公開カレンダーに書き込んでいたのです。

そして、定時になると「解散!」と宣言する人でした。もちろん仕事が残っていれば続けても構いません。
そして、阪神戦がある日は18時になると堂々とテレビをつけて観戦を始めます(周囲に配慮して無音ではありましたが)。さらに神宮球場に行く時は、定時と同時にユニフォームに着替えて、すたこらさっさと職場を出ていくのです。

野球観戦だけでなく多趣味な人で、演劇や落語を見に行く予定まで共有カレンダーに書き込んでいました。

彼はこれをわざとやっていたのだと筆者は感じています。
というのも、まず、管理職が自ら定時を守ることで部下は気楽になります。また、昨夜何をしていたかがわかるため、翌朝、部下から話題を切り出しやすいのです。

そして、仕事でも意思決定がはっきりしている人でした。理由も簡潔に話すのです。ですから部下としては「誰かに忖度して曖昧なことを言っているのではないか」という憶測をせずに済むのです。

この「人間性が明確に見えること」「わかりやすいこと」によって、彼は上からも下からも好かれる人だったのです。
また、自らの日常生活を開示して見せることで、部下をリラックスさせ、会話の糸口を提供しているのです。部下からしても自分の事情を話しやすくなります。昼休みには銀行に行きたい、病院に行きたい、だから遅くなるかもしれないといったことを言いやすくなるのです。

日中でこのようにしていれば、何も飲ミュニケーションの必要はないのです。
むしろ、夕食はほぼ自宅で家族と共にしていました。自らが「理想的な働き方」の模範になり、その姿を見せているのです。

「ヤマアラシのジレンマ」

上司と部下との距離感について、「ヤマアラシのジレンマ」というものがあります。このようなものです*1

寒い冬のある日、2匹のヤマアラシがその凍てつく寒さを凌ぐため、ピッタリとくっついて温め合おうとしました。
 ところが、自分の体を覆う鋭い針毛が相手を刺してしまいます。ヤマアラシたちは、繰り返し試しながら、互いの針毛で刺して痛みを生むことなく、温まり合うことができる絶妙な距離を見つけていきました。

上司と部下はヤマアラシ同志なのか?といった疑問は別としても、同じ世代を生きた同質の人間ではありません。
よって心理的距離は非常に重要なのです。ギャップがあるという事実は認めなければならないのです。テレパシーなどありません。

では、上司と部下の心地よい距離感とはどのようなものでしょうか。

冒頭にご紹介した調査では、上司・部下に感じているギャップについて自由回答も得ています。それによると、部下は

「オンオフの切り替え」
「ワークライフバランスに対する考え方」
「親睦会や飲み会などの必要性」
「プライベートと仕事の両立の仕方」

など、仕事とプライベートの境目が曖昧な上司に違和感を持っているということです*2

無理にギャップを埋めようとして土足で踏み込んでくるのではなく、一定の距離や線引きが明確な上司のほうが好かれるというわけです。

そういった意味では、先ほどご紹介した筆者の上司の行動は的確だったといえるでしょう。自分自身がまず仕事とプライベートに明確な線を引いています。
そして、忘年会や歓送迎会といった機会以外では、部下と飲みに行く、ということをしない人でした。ランチすら、持参した弁当を食べていたくらいです。

とにかく線引きがはっきりしているのです。

「前向きな諦め」も適度な距離感を保つカギに

また、ここでご紹介している調査の中には、興味深い数字もあります(図4、5)。

図4:酒席に対する上司・部下の意識
図5:業務に対する上司・部下の意識

オレンジ、黄色は「とても感じている」「やや感じている」という答えの割合を示しています。上の2つの項目について見ると、部下は「気配り」の意識がやや高いことがわかります。意外に思われる方もいらっしゃるでしょう。

上司と部下の距離感について、龍谷大学の心理学部に就任予定の水口政人教授は、「前向きな諦め」が必要だと説いています*3

もともと人間は皆違います。上司と部下は育った時代も受けた教育も囲まれている文化も異なる存在です。無理に理解したり操ったりしようとするのではなく、価値観の違いを「前向きに諦め」て、自分の成長の糧にする姿勢が大切だというわけです。

また、水口教授は価値観の違いで相手を肯定・否定するのではなく、「この人はこういうものなのだ」ということを全て受け入れることの必要性にも触れています。

これまでより一段上のレベルから人を眺め、「人とはこういうものなのだ」と認識することが重要ともいえるのです。

この記事を書いた人

清水沙矢香

2002年京都大学理学部卒業後、TBSに主に報道記者として勤務。社会部記者として事件・事故、テクノロジー、経済部記者として各種市場・産業など幅広く取材、その後フリー。
取材経験や各種統計の分析を元に多数メディアに寄稿中。