買うかどうかの一番の決め手は「好き・嫌い」 人はなぜ「感情」で決めたがるのか?

今まで人は、商品やサービスを購入する際に、さまざまな情報をもとに合理的な判断を下しているというのが多くの学問の前提でした。
しかし最近の研究では、人は従来から考えられてきたほど合理的な思考に基づいて判断をくだしているわけではないということが明らかになってきています。

とりわけ判断にあたって重要になる要素が「好き・嫌い」の感情です。
特に一般の消費者を相手にする場合には、消費者の感情と向き合う必要性が出てきます。

マーケティングにおいて、どうして「感情」が重要になってくるのでしょうか。

事実で人を動かせるとは限らない

商品やサービスがいかに優れているのかを示して消費者に納得してもらうために、データや科学的な根拠を引用するというのは、よくあることです。

疑い深い消費者が相手であれば、「ちゃんと裏付けがあるなら安心だ」と不安を払拭することができ、購入につなげることができるでしょう。

しかし、このように客観的な根拠によって購入に至るというケースは、実は少ないのです。「人が何かを決める時に科学的な知識に頼るということは実際には少なく、仲間の意見や自分の価値観が重要な決め手になっている」との指摘もあります*1

「まわりの人が、みんな持ってるから」や「知り合いから勧められた」といった理由で商品の購入を決めるというのが、その一例です。

多くの人は、意外にも合理的ではないのです。

提供する商品やサービスは、相手の価値観に合ったものであることが重要になります。
もし相手の価値観とは真逆のものを提供してしまうと、反発が起きてしまう可能性があります。

人は、自分の意見を否定されるような情報を提供されると、反論を思いつき、強く反発してしまうことが知られており、「ブーメラン効果」と呼ばれています*2

価値観は人それぞれということもあり、全ての人に受け入れられるものにするというのは、なかなか難しいものです。

自分が正しいと信じていることと一致するデータばかりを集め、それとは反対のデータは見ようとしない傾向は、一般に「確証バイアス」と呼ばれています。

この確証バイアスが強いほど、その人にとって真逆の意見を受け入れさせるのは困難になります。
それどころか、認知能力が優れている人ほど、情報を合理化して都合の良いように解釈する能力も高くなり、ひいては自分の意見に合わせて巧みにデータを歪めてしまうということも知られています*3

信用できるデータや科学的な根拠を示し、相手がメリットを感じるように丁寧に説明すれば受け入れてもらえると思いがちですが、現実はそうもいかないことも多くあります。

重要なのが、相手が持っている「価値観」です。

人は価値観に合った情報しか取り入れようとしない傾向が強いということを考慮に入れながら、「どのようにすれば、相手の価値観を満たせるのか?」を考えることが重要になってきます。

理想と現実がぶつかり合う状況をうまくマーケティングに利用する

自分に都合の良いことしか受け入れられない人が多いとはいっても、現実には思うようにはいかないことも出てきます。
心の中に葛藤が生じてしまい、なかなか前に進めないということにもなるでしょう。

そうなった場合に、人はどのような行動を取るのでしょうか。

理想と現実がぶつかったときに起きること

理想と現実がぶつかってしまうケースとして、身近なものの一つがダイエットです。

「健康のために、やせなければならない」という気持ちと、「目の前の甘いものを我慢したくない」という気持ちがぶつかり合います。
結局我慢できずに食べてしまい、罪悪感や後悔を抱えてしまうことも多いものです。

このように自分の思考や行動に矛盾があるときに生じる強い不快感や不安感は「認知的不協和」と呼ばれています*4

人にとって、強い不快感や不安感を持った状態というのは、耐えがたいものです。

そこで、「今日は甘い物食べても、明日から運動をがんばれば大丈夫だ!」というように、見方を変えることによって、認知的不協和を解消しようとします。

この作用は「合理化・知性化」と呼ばれており、認知的不協和からくるストレスが大きいほど、認知を変容させる圧力(自己正当化の動機づけ)も大きくなるとされています*5

認知的不協和をマーケティングに活用した事例

日常生活において、認知的不協和出るケースというのは多くあります。

通常は、合理化・知性化によって認知的不協和が解消されるものです。
この合理化・知性化をする代わりに、認知的不協和をマーケティングに上手く取り入れ、商品やサービスによって解消できるようにすると、ヒット商品につなげるということも可能です。

その事例が、食品メーカーの新進が開発した「手間いらず大根おろしシリーズ」です*6
この商品は大根おろしがパウチに入ったもので、主婦層が抱える以下のような認知的不協和に焦点を当てて宣伝が行われました。

(理想)魚といえば、大根おろしと食べたい。食べさせたい。大根おろしアートを作ってSNSにアップしてみたい。

(現実)大根をおろすのは手間。大根おろしのために大根1本を買うのは重いし、無駄になる。

この認知的不協和を解消できるのが、パウチに入った大根おろしです。
大根をおろす手間が無く、欲しい時に必要な分だけをすぐに使え、余った分は冷蔵庫に保存することも可能です。

この商品は、群馬県に拠点を置く中堅食品メーカーが開発したものでありながら、全国的に出荷されるようにもなり、ヒット商品に与えられる賞なども獲得しています。

感情が重要になる理由は「判断スピード」と「脳への負荷」

感情で判断せずに理性的に考えたほうが、間違いが少なくていいように思えます。

しかし実際には、ろくに考えずに感覚だけで判断してしまうというケースは多くあります。

そうなってしまう理由を説明できるのが、人間の意思決定に関わる2つの思考システムです。

意思決定に関わる2つの思考システム

人間の意思決定には、システム1とシステム2と呼ばれる二種類の思考システムがあることが知られています。

その特徴をまとめると、以下のようになります。

参考:「ファスト&スロー(上)」、ダニエル・カーネマン著、P41の内容をもとに筆者が作表

この特徴を見ると分かるように、論理的な思考を行うシステム2は、決断を下すまでに時間がかかり、脳への負荷も大きいものです。

一方のシステム1は、脳への負担が少なく、瞬間的に情報を処理します。

このため、日常生活の判断のほとんどは、システム1が担っています。

システム1の判断は、直感的、感情的であるため、少ない労力でスピーディーな判断ができる反面、時として不合理な判断をしてしまうこともあります。

消費者の感情が重要になることを示す事例

システム2は判断のスピードが遅く、脳への負荷も大きいため、一般の消費者の多くは、システム1を使って判断を下しています。

そのことを示す事例が、2009年にショッパーマーケティングの第一人者であるハーブ・ソレンセン博士が、米国のスーパーで買い物客の行動データを分析した調査です*7。 この調査によると、
「買い物客のほとんどは、文字ではなく色や形、画像、映像に反応し、選び、買う」 ということが分かりました。

つまり多くの消費者は、パッと見た感じで、好きか嫌いかをもとに判断を下しているのです。

このことを考慮すると、BtoBとBtoCとでは、アプローチの仕方を変える必要性があると言えます。

BtoBにおける判断では、契約するのに即断即決ということは少なく、時間をかけて検討されることが多いものです。
つまり、論理的な思考を行うシステム2がメインに使われます。

このような状況下では、確証バイアスに注意しながら、相手の価値観を満たすように論理を組み立ててアピールしていくのが有効です。

一方、BtoCになると、先ほども紹介したように消費者はシステム1を使って直感的に判断します。
一目見たときにポジティブな感情が出るかどうかが、買う・買わないに大きく影響してきます。

進化の歴史から見た「感情」の重要性とは

そもそも「感情」というものが存在するのは、なぜでしょうか。

それは、生存確率を高めるためであるとされています*8
恐怖や不安がなければ、それに対処することができず、すぐに淘汰されてしまいます。
また、喜びがなければ報酬を獲得することができません。
報酬を得るためにはそれなりの高いハードルを越える必要があることが多いため、対価としての喜びによって行動を促されなければ、うまくできないのです。

快・不快の感情についても、生存にプラスに働くものは快く感じ、逆に命を脅かすものは不快に感じるというようになっています。

そして快・不快の感情を伴った情報は、生命を維持していくために必要な情報として記憶されやすいという特徴があります。

こうして必要な情報が感情を伴って記憶されていれば、例えば危険な生物と遭遇した際に、すぐさま不快な感情が呼び起こされて、逃げたり退治するといった素早い判断が可能になります。 もし感情というものが無く、冷静に状況を分析して判断するなどということをしていたら命に関わるということにもなりかねません。

このことからも分かるように、感情は素早く行動を起こすためのスイッチという側面があります。

とりわけ一般の消費者を相手にする場合には、いかに感情に訴えかけるのかというのが重要になってきます。

「人間は論理的思考ではなく、感情で動いている」とは、ノーベル経済学賞を受賞したリチャード・セイラー教授の言葉です。

多くの消費者はシステム1を使って直感的に判断を下していることを考えると、購入を決める際の消費者の感情は無視できません。

消費者の感情に焦点を当て、感情に訴えかけることで購入につなげる手法は一般に「感情マーケティング」と呼ばれています。

生物の進化の歴史から見ても、感情は意思決定に重要な要素です。

人は論理的に考えて一番合理的な判断を下すのではなく、感情的に決めたがることの方が多いのだということは、マーケティングに関わる人であれば知っておくべきことでしょう。

この記事を書いた人

黒田貴晴

キャリア系マーケター、心理カウンセラー
脳科学や心理学に強いマーケターとして、主にキャリアに関する分野で活動しているほか、心理カウンセラーとしても、コミュニケーションに問題を抱えた方へのサポートも行っています。就職・転職系のメディアやビジネス心理学のメディアでの執筆実績多数。

*1:参考:「ルポ 人は科学が苦手」、三井誠著、P49

*2:参考:「事実はなぜ人の意見を変えられないのか」、ターリ・シャーロット著、P24、32

*3:参考:「事実はなぜ人の意見を変えられないのか」、ターリ・シャーロット著、P24、32

*4:参考:「マーケティングの本質 「心理」に関する「真理」」、ADEX SYNRIラボ編著、P2、150~154

*5:参考:「マーケティングの本質 「心理」に関する「真理」」、ADEX SYNRIラボ編著、P2、150~154

*6:参考:「マーケティングの本質 「心理」に関する「真理」」、ADEX SYNRIラボ編著、P2、150~154

*7:参考:「マーケティングの本質 「心理」に関する「真理」」、ADEX SYNRIラボ編著、P2、150~154

*8:参考:「「こころ」はいかにして生まれるのか」、櫻井武著、P69